焦点:ほころぶ北朝鮮包囲網、「孤立化戦略」への逆戻り困難に

Brenda Goh and Josh Smith
[丹東(中国)/ソウル 10日 ロイター] - シンガポールで12日に開かれる米朝首脳会談を控え、北朝鮮の当局者は中国に出向き、経済開発について協議している。一方、投機筋は北朝鮮との国境沿いの不動産買いに走り、韓国は北方の孤立した隣国への関与を高める方法を模索している。
核兵器を放棄するよう「最大の圧力」を北朝鮮にかけるというトランプ米大統領の作戦は、米朝首脳会談を前にアジアのそこかしこでトーンダウンしている兆候が見て取れる。
トランプ大統領は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領などの指導者と同様に、国際制裁と政治的孤立、そして軍事的脅威を組み合わせた圧力作戦により、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長を交渉のテーブルに着かせることに成功したと考えている。
だが、北朝鮮が大きな挑発、もしくは核・ミサイル実験の再開に踏み出さない限り、最大の圧力が再び同国に向けられる可能性は低い、と戦略家や学者は言う。
「トランプ氏の作戦は終了した」と、韓国国立外交院のキム・ヒョンウク教授は指摘。「北朝鮮との外交再開が、すでに圧力最大化作戦をむしばんでいる」と語った。
トランプ大統領自身も、北朝鮮との関係が改善しているため、「最大の圧力」という言葉をもう使いたくないと語っている。
米国のジョセフ・ユン前北朝鮮担当特別代表は5日、上院公聴会で次のように語った。「敵対国と対話をしているときに最大の圧力をかけ続けることは事実上、不可能だ。最大の圧力をかけつつ、その国に対して真剣に関わることができるとは思わない」
北朝鮮と国境を接する中国や韓国、ロシアでは、国際的に孤立する北朝鮮との関係改善に向け、すでに準備が進行中だ。
韓国当局者は8日、現在閉鎖されている北朝鮮との協力事業である開城(ケソン)工業団地を訪問。制裁緩和に備えての動きとみられる。
また、予期せぬ政治的状況に陥る可能性を警戒しながらも、韓国企業の代表者と北朝鮮の専門家は7日、南北協力を話し合うためソウルで開かれた会議に集まった。
「企業の立場から言えば、米朝首脳会談がまもなく実現し、経済発展を目指す金正恩氏の意思が明らかであることを考えれば、それ(圧力最大化作戦)はもう消え去ったかもしれない」と、ある韓国建設大手の参加者はロイターに語った。
<関係改善>
北朝鮮と接する中国の国境沿いでは、制裁がまもなく緩和されるとの期待から、投機筋が土地を買い、貿易業者は北朝鮮産の安い石炭を買いだめしている。
「北朝鮮が開放すれば状況は良くなる」と、北朝鮮と接する中国遼寧省丹東市で帽子を売るヤンさんは言う。「北朝鮮の国民はとても貧しい。まるで1980年代の中国のようだ」
丹東の他の住民も、北朝鮮人の労働者が戻ってきており、一部のレストランやホテルが再開していると話す。
北朝鮮と取引した疑いで2016年に店のオーナーが捜査され、閉店していた「Liuji Restaurant」は、金委員長が3月、北朝鮮の指導者となって初の外国訪問となった訪中後に再開した。
国有の中国国際航空(エア・チャイナ)は5日、北京と平壌を結ぶ定期便を再開すると発表。同便は昨年11月、需要低迷を理由に無期限に停止されていた。
再開された同便最初の乗客はわずか20人程度だったが、旅行会社は多くの中国人観光客がバスで平壌を訪れていると語った。緊張緩和を受け、その数はここ数週間で急増しているという。
「(平壌の)鉄道駅に行ったが、かつて見た中で一番混雑していた」と、丹東で北朝鮮ツアーを運営する旅行会社「INDPRK」の創設者でグリフィン・チェと呼ばれている人物は語る。「今日は約100人の中国人観光客が列車で到着したと思う。これまでは多くて30─40人だった」
アイテム 1 の 3  6月10日、シンガポールで12日に開かれる米朝首脳会談を控え、すでにその後をにらんだ北朝鮮との外交や経済活動が動き始めている。北朝鮮が大きな挑発、もしくは核・ミサイル実験の再開に踏み出さない限り、最大の圧力が再び同国に向けられる可能性は低い、と戦略家や学者は言う。写真は、会談する北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席。中国・大連で撮影。KCNA提供(2018年 ロイター)
米国の議員らは中国の貿易業者がすでに制裁を回避していると懸念を高めているが、北京に拠点を置く外交官らは中国が国連安全保障理事会の制裁決議を破っているとの証拠は見当たらないと話す。
<政治的孤立>
ロシア、中国、韓国など、全ての主要関連国は、国連制裁に今後も従うと外交官らは予想する。制裁以外では、北朝鮮との外交関係を抑制もしくは停止するよう、20カ国以上を説得することに成功したと米当局者は言う。
しかし、金委員長が中韓首脳と会談したことで、さらにトランプ米大統領と今週会談することで、そうした政治的孤立は弱まりつつある。
ロシアのラブロフ外相は5月末に訪朝し、金委員長と会談。国家元首として金氏がロシア要人と公式会談を行ったのはこれが初めてであり、ラブロフ外相は金委員長をロシアに招待した。
ロシアはずっと北朝鮮に対する制裁について懐疑的な態度を示してきた。また韓国の文大統領は、シベリアと朝鮮半島をつなぐ鉄道やガス・電力を含む共同プロジェクトの可能性について、韓国、ロシア、北朝鮮の3者間で研究することを提案している。
「首脳会談が失敗に終わり、米朝間の緊張が再び高まっても、ロシアが北朝鮮に対する新たな制裁を支持する可能性は低い」と、ウラジオストクにある極東連邦大学のアルチョム・ルーキン教授は指摘。
「過去に採択された制裁が効力を持ち続けるのであれば、ロシアはそれに従うが、できるだけ厳しくはならないように合法的な手段や抜け穴を見つけるだろう」と同教授は語った。
金委員長は、過去数カ月の間に中国の習近平国家主席と2度会談。北朝鮮に対する圧力レベルを昨年並みに維持する意向は中国で弱まっていると、専門家はみている。
<通常営業>
シンガポールのバラクリシュナン外相も7日、平壌を訪問し、米朝首脳会談に向けて協議を行った。
同外相はその後、記者団に次のように語った。「シンガポールで行われる米朝首脳会談で突破口が見つかれば、和平が訪れるなら、それは大きな収穫だろう。朝鮮半島にとってということは言うまでもないが、シンガポールを含む他の世界にとっても、だ」
東南アジアでは昨年、多くの国が対北朝鮮貿易の大半を縮小あるいは完全停止する措置を講じたが、中には営業を続ける北朝鮮の国営レストランもある。そうした店は、わずかながら北朝鮮政府のキャッシュ供給源になっている可能性がある。
インドネシア首都ジャカルタでは、北朝鮮レストラン2店が閉店した。
ベトナムでは、ホーチミン市にある同レストラン2店が昨年10月に閉店したが、ベトナム人実業家がオーナーである首都ハノイの店はいまだに営業している。この実業家は輸送会社も経営している。
かつて緊密だったベトナムと北朝鮮の関係は、金委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏が昨年2月にマレーシア首都クアラルンプールの空港で殺害された事件で、北朝鮮がベトナム人の女を実行犯に使った疑いが浮上して悪化した。
ベトナムは3月、北朝鮮に対する制裁を「常に完全履行」しているとする報告書を国連に提出した。
米国の圧力を受け、タイは対北朝鮮貿易が年94%減少したと明らかにした。ただし、首都バンコクにあるレストラン2店舗を含む一部の北朝鮮ビジネスは同国で活動を続けているという。
その1つである「Pyongyang Haemaji Restaurant」では、店はいつも満席で、客のほとんどは日本人だと北朝鮮人ウエートレスは言う。
タイ当局から店を閉めるよう圧力を受けたか尋ねると、「いいえ、ビジネスはいつも通りだ」と、このウエートレスは答えた。
(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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