焦点:フィリピン麻薬戦争1年、死者数千人でも見えない勝利

Clare Baldwin, Andrew R.C. Marshall
[マニラ 25日 ロイター] - フィリピンのドゥテルテ大統領による苛酷な麻薬撲滅戦争が開始されて1年、死者数は数千人に上る。しかしその一方で、マニラでの麻薬の末端価格は下落。世論調査でも、国民は犯罪に対してこれまで同様に不安を抱いているという結果が出ている。
ドゥテルテ氏は昨年6月30日、大統領に就任。その際に「社会的疫病の症状」である麻薬乱用と無法状態に終止符を打つと宣言した。
政府当局者は、同大統領の取締り作戦のおかげで、犯罪発生件数は低下し、数千人の麻薬密売業者を収監、麻薬常用者100万人が要治療者として登録されたと指摘。フィリピンの将来世代は麻薬禍から守られると胸を張った。
「数千人の死者が出ているのは確かだ」とマニラ首都圏警察のオスカー・アルバヤルデ署長は、ロイターの取材に語った。「しかし、ここには生きている人間が何百万人もいる、そうだろう」
しかし、人権活動家や弁護士、そして国内で大きな影響力を持つカトリック教会などからの批判はますます高まっており、当局が主張する成功に対して異論を唱えている。
こうした懐疑派は、警察が正規手続きを踏まずに麻薬犯罪容疑者を射殺しているのに何ら罰せられることなく、貧困層のコミュニティを恐怖に陥れ、克服すべき無法状態をさらに悪化させている、と主張する。
「(ドゥテルテ)大統領は自分が法律よりも上位にいるかのように、自分自身が法律であるかのように振る舞っている」。率直さで知られるフィリピン人神父のアマド・ピカルダル氏は、フィリピン・カトリック司教会議の出版物に最近寄稿した記事でそう批判した。「彼は法の支配と人権を無視している」
「麻薬撲滅戦争」に伴う正確な犠牲者数は激しい議論の的となっている。警察は、麻薬に関連した殺害や、警察の作戦中に射殺された容疑者は5000人と見ているが、懐疑派によれば、犠牲者数はこれを大幅に上回っているという。
大統領による容赦のないやり方を批判する人々は、犠牲者の大半は小物の麻薬常用者や密売人であり、大きなうまみのある麻薬ビジネスの背後にいる黒幕はほとんど知られておらず、逮捕されてもいないと指摘する。
もし「麻薬戦争」が成功しているのであれば、経済原則により、依存性の高い結晶メタンフェタミン、いわゆる「シャブ」の末端価格は、供給減少により上昇するはずだが、フィリピン麻薬取締庁のデータでも、マニラにおける「シャブ」の価格はさらに低下している。
麻薬取締庁によれば、2016年7月にはグラムあたり1200─11000ペソ(約2700─2万4500円)で売られていた「シャブ」の価格が、先月は1000─15000ペソ(約2200─3万3400円)だったという。
価格に大きな幅があるのは、出回る量の変動と大きな地域差を反映しているためだ。当局者によれば、マニラにおける末端価格はこの価格帯の最安値だという。そして、わずかだが最安値は下落している。
「価格が下落しているならば、それは法執行機関の行動が効果的でなかったことを示している」と語るのは、麻薬問題を専門とするグローバルな非政府組織、国際薬物政策コンソーシアムのグロリア・レイ氏。
フィリピン麻薬取締庁の広報官デリック・キャリオン氏によれば、問題は、国内の麻薬製造所9カ所に対する手入れがあったにもかかわらず、海外から密輸される「シャブ」により市場の需給ギャップが埋められてしまったことだという。
「麻薬密輸業者が健在なので、需要側に対処しなければならない」とキャリオン氏は言う。
首都マニラでは密輸された「シャブ」により価格が抑えられているが、当局のデータによれば、以前からかなり相場が高かった辺境地域では価格が上昇しているという。反体制勢力に都市を占拠された南部ミンダナオ島もその1つだ。
イスラム系武装組織「イスラム国(IS)」に触発された武装勢力によるマラウィ市襲撃の後、ドゥテルテ大統領は先月、ミンダナオ島に戒厳令を敷いた。陸軍が同市を迅速に奪還できなかったことで、ドゥテルテ大統領の掲げる「法と秩序」という看板には傷がついた。
<夜間外出への恐怖>
マニラを代表する世論調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーション(SWS)の調査によれば、世論はおおむねドゥテルテ大統領の麻薬撲滅作戦を支持しているが、その手法には困惑しており、また効果についても懐疑的である。
SWSはドゥテルテ政権発足後、これまで四半期ごとに3回の調査を行ったが、SWSのレオ・ラローザ上級研究員によれば、毎回、麻薬撲滅作戦については「非常に高い満足」が示されているという。
4月に公表された最新の調査では、92%が「麻薬犯罪の容疑者を生きたまま逮捕することが重要だ」と答えている。
また回答者は、路上強盗や窃盗が6.3%増加したと報告。調査対象者の半数以上は「夜間外出は恐い」と回答しており、ラローザ氏によれば、この比率は麻薬撲滅作戦が開始されて以来ほとんど変わっていないという。
「人々は、自分の近所に関してこうした懸念を依然として抱いている」とラローザ氏。「その懸念は低下していない」
一般の人々と警察の犯罪に対する認識レベルは異なるようだ。
大統領の広報チームが引用した警察統計によれば、ドゥテルテ政権が発足してから最初の9カ月間で、犯罪発生件数は30%減少したという。
マニラ首都圏警察のアルバヤルデ署長によれば、特に麻薬常用者の取締り効果により、主にマニラを中心として人々の安心感は高まっているという。犯罪のほとんどは麻薬常用者によるものだと所長は言う。
警察によれば、ドゥテルテ政権発足から最初の11カ月間に、麻薬撲滅作戦のなかで射殺された容疑者数は3155人に上るという。懐疑派は、これらの多くが司法手続きを経ていない処刑だと主張している。
警察は、さらに2000件の麻薬関連の殺害についての調査を完了したが、これとは別に少なくとも7000件の殺人・致死事件についてはまだ動機が特定できていないとしている。
人権監視団体は、これらの犠牲者の多くはおとり警察官や警察が雇った自警団員によって殺害されたと考えているが、警察はこうした告発を否定している。
マニラの桟橋に近い、粗末な住宅の集まるナボタス漁港の住民にとっては、あまりにも多くの犠牲者が発生している。地元メディアによれば、6月初め、ナボタスでは一夜のうちに9人が殺されたという。
地元住民のメアリー・ジョイ・ロヨさんによれば、銃を持った十数人の男たちがオートバイで乗りつけ、彼女の母と継父を拉致したという。2人の遺体はその後、頭部と胴部に、まるで処刑のような弾痕を残した状態で発見された。
「彼らは麻薬ビジネスの大物を狙うべきだ」とロヨさんは言う。「この麻薬戦争の犠牲者は貧しい人々だ」
<波及効果>
犠牲者数の増加につれ、フィリピン国内だけでなく、国際社会からの怒りも高まっている。
ハーグの国際刑事裁判所は昨年10月、「民間人に対する広範な、あるいは組織的な攻撃の一環として行われたのであれば」、関連の殺害について捜査に踏み切る可能性がある、と述べた。
麻薬取締担当の警察官が昨年、韓国のビジネスマンを拉致・殺害していたことが判明したことを受けて、今年2月には、警察による取締り作戦は一時中断していた。とはいえ、積み上がる死体の数に向けられた人々の怒りによって、「麻薬戦争」による殺害ペースが鈍化、あるいは訴追につながった例はほとんどない。
フィリピン人権委員会は、680件の「麻薬戦争」関連殺害について調査を行っている。チト・ガスコン委員長は、「この国では、罰せられずに済むところが基本的な問題だ」と語る。「最悪の暴力に関して、誰かが責任を取ることがまったくない。これまでに一度もだ」
アルバヤルデ署長は、部下の警察官たちの違法行為については、すべて警察の内部監察局(IAS)が調査しているという。「正統性のない殺害は許容しない」と彼は言う。「誰でも殺すわけではない」
IASはロイターに対し、麻薬関連の事件1912件を調査し、麻薬撲滅作戦中の不適切な行為を理由に159人の警察官について解雇を勧告したが、実際に解雇されたかどうかは承知していないという。
収監されていた2人の麻薬犯罪容疑者を11月に殺害した容疑で告発されていた19人の警察官が、今月保釈された。現在は、もっと軽い致死罪容疑で裁判を受けている。
ドゥテルテ氏大統領は、麻薬犯罪容疑者を殺害するよう繰り返し警察に促しており、もし彼らが有罪判決を受ければ恩赦を行うと公約している。
「この国の首長は『殺せ、殺せ』と言っている。さらに『私は君たちの味方だ』とも言っている」とフィリピン人権委員会のガスコン委員長。「それが波及効果を生んでいる」
(翻訳:エァクレーレン)
*写真を更新しました。

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