コラム:中銀の切り札「量的緩和」、格差是正の観点では劇薬

コラム:中銀の切り札「量的緩和」、格差是正の観点では劇薬
 10月2日、中央銀行の金融緩和手段は、まだ残っているのかもしれない。だが、格差と公平性に関する中銀の戦略見直しに照らすと、その手段をどの程度使うべきかという点で疑問が生じる。写真はワシントンのFRB本部で2019年3月撮影(2020年 ロイター/Leah Millis)
Mike Dolan
[ロンドン 2日 ロイター] - 中央銀行の金融緩和手段は、まだ残っているのかもしれない。だが、格差と公平性に関する中銀の戦略見直しに照らすと、その手段をどの程度使うべきかという点で疑問が生じる。
12年前の世界金融危機以来、投資家は中銀の政策手段が尽き、債務が増える経済と、パニックを起こしやすい市場を支えられなくなる瞬間が訪れると懸念してきた。政策金利はゼロかマイナスまで下がり、バランスシートは膨らんでいるからだ。
しかし、「コロナショック」に対応した大規模な金融緩和を見る限り、政策手段はまだ、たっぷり残っているようだ。中銀幹部らは、必要に応じて使える手段はあると主張している。米連邦準備理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)はいずれも、長期的なインフレもしくは雇用の目標を緩めている。
ただ、金利は既に大幅に下がり、中銀は銀行システムを損なうのを恐れてさらなる金利引き下げには消極的だ。そうなると、景気が再び悪化した際、より漠然としてきた政策目標を達成する現実的な手段としては、国債その他資産の買い入れ拡大しか残されていない。
膨張する政府債務の利払いを抑制したり、債券市場を支えたりする上では、国債購入はなお有用な手段だが、富の格差を助長するリスクもある。エコノミストによると、格差拡大は中銀を現在の袋小路に追い込んだ一因だ。
FRBが9月の戦略見直しで、完全雇用の目標を追求する中で格差を観察していくと強調したことが、注目度を増してくる。
CPRアセット・マネジメントのストラテジスト、バスティエン・ドラット氏は、格差縮小への取り組みは、雇用、賃金、物価の関係を、より良いものへと再構築することにつながり、長期的にFRBの裁量余地を広げる狙いがあると指摘する。
ドラット氏は「格差拡大がもたらす問題の1つは、実質自然利子率の低下を促すことだ」と論述。「近年、自然利子率は既に急低下しているため、格差拡大はFRBの裁量余地を狭める傾向がある」としている。
「自然」利子率の低下に歯止めがかからないことはこの10年間、マクロ経済上の難問の1つだった。自然利子率とは、物価安定と完全雇用が両立する理論上の金利。言い換えれば、政策金利がその水準を上回れば経済活動と物価を抑制し、下回れば押し上げる金利水準だ。
過去10―15年間、先進諸国で失業率が数十年来の低水準に下がったにもかかわらず、大半の労働者の賃金上昇率は頭打ちとなったため、インフレ率と予想物価上昇率も上がらなくなった。理論上の自然利子率は低迷し、多くの推計では昨年段階で既にゼロを下回っている。
その結果、中銀が成長と物価を刺激するには、自然利子率を下回る未曽有の水準までマイナス金利を深掘りするか、国債その他の資産購入を拡大する方法しかなくなった。
「コロナショック」で試練にさらされた中銀は、主に資産購入拡大で対応。急落していた株式・債券市場はおかげで反発したが、失業率はコロナ禍前の2倍以上の水準で高止まりしている。
<コロナ禍で格差拡大>
しかし、総じて見ると、コロナ禍と中銀の政策対応はともに格差を助長する可能性が高く、中銀がこの政策を続けて良いものかと思案するのは妥当かもしれない。
2日までの週に出たFRBのデータによると、米国の所得格差はコロナ禍前の3年間でわずかに縮小したが、資産格差は変化しなかった。最も裕福な25%の家計が国全体の資産の90%を保有し、最下層の25%は1%未満しか保有していない。
今年に入り、所得、資産格差は、ともに拡大している可能性が高い。米政策研究所(IPS)の推計によると、米国の大富豪の資産は9月までの半年間で計8000億ドル超、つまり約30%増えた。一方で、コロナ禍で最も打撃を被ったのは低所得層とされる。小売り、運送、医療などに従事し、リモートワークが不可能な時給労働者や若年層だ。
HSBCのエコノミストらはこのほど、若年労働者が特に影響を受けた結果、賃金上昇率が大きな打撃を被ると主張した。これは過去10年間においては労働者の高齢化が賃金上昇率を抑制した一因だとする研究結果を援用した指摘だ。年齢の高い労働者は所得が高いかもしれないが、雇用主に対する交渉力は弱い可能性があるからだ。
HSBCのエコノミストは「(若年労働者は)株式その他の金融資産を持っていない確率が高いため、中央銀行の量的緩和がもたらした富の分配の恩恵を受けにくい可能性がある」としている。
パウエルFRB議長は今、「完全雇用」目標は単一の数字ではなく、年齢、性別、人種、コミュニティーなどのかい離を考慮した定性的判断になると説明している。これは過去の批判への対応という側面がある。FRBが2017―18年、すべての層が同水準の低失業率を経験していないのに、拙速に金融政策を引き締めた、との批判に対する答えだ。
とはいえ、中銀の資産購入は問題を緩和するだけで、それと同じくらい悪化させてはいないとみるのは無理がある。
格差拡大に対処する手段を持つはずの――必ずしもその意思はなくても――政府の債務を中銀が引き受けるのは、1つの重要な方策だ。
しかし、主義主張と政治が入り乱れるこの世界において、その財政出動余地を政治家にきちんと使わせるのは至難の業。だからこそ、今後の道筋を読み解くのは、一段と難しくなりそうだ。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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