コラム:サウジ記者殺害、企業は世界の「正義」救えるか
Jeffrey Sonnenfeld and Roya Hakakian
[23日 ロイター] - サウジアラビアの反政府記者が死亡した事件で、トランプ米政権がサウジ政府のうさんくさい説明を受け入れる一方で、世界のビジネス界は重大な倫理的空白を埋めようとしている。
米紙ワシントン・ポストのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が2日、イスタンブールのサウジ領事館で死亡した事件を巡り、西側企業トップの多くは、23日から首都リヤドで始まった「砂漠のダボス」と称される投資家向け会議への出席をキャンセルしたのである。
中東地域では、カショギ氏殺害という衝撃的なエピソード以前にも、ビジネスがその影響力を最大限に行使した奇妙な前例があった。
1996年、イランにおける「ニューヨーカー誌」とも呼ぶべきAdineh誌の編集長だったFaraj Sarkohi氏がやはり行方不明になったのだ。テヘラン空港の通関記録によれば、彼は空路でイランを出発したが、家族が待つフランクフルトには到着しなかった。
イラン政府は断固として犯罪行為を否定したが、この失踪は「跡形もなく消える」という表現に新たな意味を与えた。48日間にわたって監禁され、過酷な拷問を受けた後、Sarkohi氏はどこからともなくイランに姿を表し、あっけにとられた報道陣の前に登場したのである。
ドイツ政府当局やアムネスティ・インターナショナル、国境なき記者団、国際ペンクラブは当時、すでにイラン政府に対し、同氏の解放を求める書簡を送り、圧力をかけていた。だが結局、ビジネス面での損失が危ぶまれたことが、イラン情報省の工作員が同氏の解放を決めた最終的な要因となった可能性がある。
Sarkohi氏の回想録によれば、イラン政府が彼が出国したと主張する一方でドイツ側に到着記録がなかったことから、ある国際航空機関が、生存が確認されない限り、イランの航空会社は信頼性が乏しく、保険の対象にできないと警告したという。そうなれば、イランの国営航空会社は運航できなくなり、同国経済にも大打撃となったはずだ。
カショギ氏はイスタンブールのサウジ領事館に入った直後に死亡したとされるため、企業が抗議しても彼を救うことはできなかっただろう。だが、米国で活発化している論議が示すように、企業のアクティビズムは、意見の分かれる政治・社会問題におけるアジェンダを形成する上で、その影響を発揮する可能性がある。
2017年、米国の複数の州でトランスジェンダー(心と身体の性が一致しない人)によるトイレの利用制限を定めた「トイレ新法」が成立したことに対し、AT&T、アップル、スターバックスなどの企業は、法律廃止を求める動きを支援した。
また2月に起きた米フロリダ州パークランドでの無差別銃撃事件が米国全体にトラウマを残すなかで、ディックス・スポーティング・グッズ、クローガー、ウォルマート、などの企業は、銃砲販売に対する既存の規制に加え、今後は21歳以下の顧客に対しては銃器や弾薬を販売しないと発表した。
同盟国サウジによって反体制派の記者が殺害されたことを受けて、米国政府がいまだ行動に踏み切れない中で、ビジネス界の倫理的な声が再び警告を発しつつある。
皮肉なことに、ホワイトハウスが記者死亡事件を批判することに及び腰なのは、サウジに対する1100億ドル(約12.3兆円)相当の武器輸出が失われる可能性を心配しているからだ。
もっとも、米国のビジネス界では、この武器取引のうち契約が締結しているのは約10%程度に過ぎず、残りは拘束力のない覚書で言及されているだけであることは周知の事実だ。実際のところ米国にとって、サウジ向け貿易はスイス向けの規模にも及ばないのである。
カショギ氏殺害が起きた中東地域は現在、非常に緊迫感に満ちた複雑な状況にある。同記者が陥った運命は、他の真実と合わせて、この地域の反体制派が直面する深刻な危険を浮き彫りにしている。
また今回の事件は、中東において長年対立しているイランとサウジについても、善悪の対立ではなく、危険な2つ悪が対立しているのだということを明らかにした。両国とも女性の地位向上を促進していると主張しているが、どちらも代表的なフェミニストは監禁の憂き目にあっている。また、公正なイスラム社会の守護者をもって任じているが、どちらも反体制派を投獄し、拷問・殺害している。
カショギ氏の死は当然ながら私たちの関心を集めているが、それはなんといっても、この事件が米国政府とサウジ政府の緊密な同盟関係に対する疑問を生むからだ。だが残念なことに、米国とイランのあいだでは、そのような関係が全くないため、イランにおける多くの「カショギ氏」の境遇については調査も報道もはるかに少ない。
どちらの国も、「改革」は政治的な外観を取り繕うだけの飾りにすぎない。それは、ほとんどの場合、企業からの投資を自国に呼びこむために西側諸国を釣り上げる「エサ」だった。
サウジとイランの覇権争いが膠着状態にあるのは意外なことではない。国民から見ても国際社会から見ても、両国は本質的にあまりにも似ていて区別ができないのだ。
結局、彼らは同盟国としては信頼が置けない。彼らは米国製の武器を買い、自国産の石油を世界に売ることはできるだろうが、その無法ぶりは遅かれ早かれ、「巻き添え被害」という形で米国にはるかに大きな負担をもたらすだろう。というのも、抑制されることなく拡散することが、暴力の非文明的かつ傲慢な本質だからである。
企業の経営幹部らがこのようにはっきりした見解を表明することはないかもしれないが、彼らは自発的にカショギ氏の死に対応している。
JPモルガン、ブラックストーン、ニューヨーク・タイムズ、CNN、CNBC、ウーバー、ゴールドマンサックスなどのトップ幹部は、今週サウジ政府が開催する投資会議への出席を自発的に取りやめた。不承不承ではあるが、ムニューシン米財務長官や国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事もこれに倣った。
「良心の伝染」は一般的に3段階で進展する。
まず、自らの倫理観に従うリーダーたちが動く。次いで、自分の支持者からのプレッシャーに対応する人々が動く。最後に、風向きの変化を感じ取り、歴史の負け組になることを恐れるグループが、この第1波、第2波に続いて動く。
企業リーダーたちが今回、自らの立場を決めた理由は何であれ、彼らが最近起す集団的な動きは、歴史を変えつつある。中東においても、人権や女性の地位向上に取り組む活動家などの善良な勢力と連携することにより、企業は民主的な変革への地ならしに貢献できるのである。
*ジェフリー ソネンフェルド氏は、イェール大学経営大学院の上級副学部長で著書に「逆境を乗り越えるもの(原題Firing Back)」がある。また、ロヤ・ハカキアン氏は、「Assassins of theTurquoise Palace(原題)」やペルシャ語詩の著者であり、グッゲンハイム財団からノンフィクションで奨励金を受けている。
*本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています。(翻訳:エァクレーレン)
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