焦点:ジャクソンホールの憂鬱、政治に振り回される中銀に無力感

焦点:ジャクソンホールの憂鬱、政治に振り回される中銀に無力感
 8月25日、中央銀行のトップは、経済を順調な軌道に維持するのが自分たちの使命だと百も承知している。写真はパウエルFRB議長(左)とイングランド銀行のカーニー総裁。23日撮影(2019年 ロイター/Jonathan Crosby)
[ジャクソンホール(米ワイオミング州) 25日 ロイター] - 中央銀行のトップは、経済を順調な軌道に維持するのが自分たちの使命だと百も承知している。しかし米カンザスシティー地区連銀がワイオミング州ジャクソンホールでこのほど開催した年次経済シンポジウムではっきり分かったのは、現在の世界経済の命運を握っているのは中銀ではなく別の人々で、しかも彼らの一部はあろうことか、わざと問題を起こす方に全体を向かわせている、という事実だ。
オーストラリア準備銀行(中央銀行)のロウ総裁は24日の討論会で「われわれは一連の大きな政治ショックを経験しつつある。昨日その新たな例が目撃された」と語り、前日に米中両国が互いに新たな報復関税を発表するとともに、トランプ大統領が米国企業に中国からの撤退を呼び掛けたことに言及した。
ロウ氏は、政治的なショックが経済成長を鈍らせている中で「中銀が問題を解決すれば良いとの根強い見方が存在する。(しかし)現実はずっと複雑だ」と強調。金融政策では手直しできない部分があると付け加えた。
同氏はまさに、今回のシンポジウムに漂い続けた不快な真実を言葉にした形だ。中銀当局者やエコノミストがいくら世界経済がどれだけ深く結び付いているかを説明しても、米国発の貿易戦争がそれらをばらばらに引き裂き、世界的な景気悪化の悪夢を生み出しつつあるように思われる。
さらに悪いことに、その種の景気悪化には自信を持って対応できる中銀当局者など存在しない。景気循環の下降や金融システムの崩壊に起因するなら、中銀には処方箋がある。だが企業の先行きに対する見通しを打ち砕く恐れがある政治的な選択がもたらす事態には、手の施しようがない。
ロウ氏や他の中銀当局者は、これは金利引き下げの効果が乏しい問題だと話す。
元米連邦準備理事会(FRB)副議長のスタンレー・フィッシャー氏は23日の昼食会で「問題は米国の大統領に内在している」とトランプ氏が悩みの種だとはっきり口にした上で「世界の貿易の枠組みを破壊しようとする動きを含め、最近起こった出来事を今のシステムがどう乗り切っていくのかは非常に不透明だ。この対処法について私はお手上げだ」とさじを投げた。
シンポジウム参加者のうち、フィッシャー氏のようにトランプ氏を名指しして批判した人は異例だが、トランプ氏は他の発言にも影を落としていた。例えばトランプ氏に指名されながら、今や連日「口撃」されているパウエルFRB議長は冒頭の講演で、FRBは新しい世界貿易システムを築くためのノウハウを持ち合わせていないと漏らした。
<手に余るリスク>
中銀当局者は何年も前から、政治家に財政政策をもっと建設的に活用し、経済を苦しめている構造的問題に向き合うよう求めてきた。
ところが政治家が代わりにもたらしたのは、急速に増大しつつあるさまざまなリスクだ。米中貿易摩擦がその中心だが、ほかにも英国が無秩序な形で欧州連合(EU)を離脱する可能性や、イタリアの政局混乱、香港の政治的緊張の高まり、国際機関や世界的な取り決めへの圧迫などが挙げられる。
こうした一連の大騒ぎに加え、世界中で既に過去に比べて金利水準が下がっている点からすると、金融政策ではもはや手に負えないかもしれない。
イングランド銀行(英中央銀行、BOE)のカーニー総裁は23日、「金融政策の余力はそれほどないのに、現段階でわれわれはいくつもの重大なリスクを全て取り仕切ろうとしている」と指摘した。
FRBとすれば、もし貿易を巡る不確実性が企業投資を落ち込ませ、消費に打撃を与え始めれば、経済が低迷を抜け出せないうちに政策金利がゼロとなり、結局は金融危機や景気後退が起きなくてもそうした際に打ち出していた異例の措置を再開するかどうか検討しなければならなくなるだろう。
中銀当局者にとっての朗報は、ドイツが製造業の不振をカバーするための財政刺激策に前向きな姿勢を見せていることだ。欧州中央銀行(ECB)も追加緩和で景気減速に立ち向かう態勢にある。それでもパウエル氏が率いるFRBは、日々揺れ動く通商政策から超越した立場を堅持したくとも、いずれ行動せざるを得なくなるのではないか。
(Howard Schneider記者、Ann Saphir記者)

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