焦点:米大統領選、バイデン氏頼みの「ラストベルト」から不協和音

焦点:米大統領選、バイデン氏頼みの「ラストベルト」から不協和音
9月17日、民主党のジョー・バイデン氏(写真)は、2020年米大統領選挙に向けた選挙運動を4月に開始した。フィラデルフィアで開かれた労組の大会で撮影(2019年 ロイター/Mark Makela)
Jarrett Renshaw
[フィラデルフィア 17日 ロイター] - 民主党のジョー・バイデン氏は、2020年米大統領選挙に向けた選挙運動を4月に開始した。旗揚げの舞台は、かつて米国鉄鋼産業の中心地だったピッツバーグだ。大統領の座を手にするにはブルーカラー労働者の支持が欠かせない。そうした同氏の思いがこもった、巧みに演出されたショーだった。
「私は何の言い訳もしない。私は、労組出身の人間だ」と彼は宣言した。
バイデン氏にとって、ここは特別な場所だ。同氏の選挙対策本部は、出身州であるペンシルバニア州最大の都市フィラデルフィアに置かれている。長年、この地域には石油精製施設とそこで働く組合労働者が集まっていた。バイデン氏を30年以上にわたって上院議員に選出しているデラウェア州からも近い。
<「労働者の味方」ではないのか>
だが、最近フィラデルフィアでロイターの取材に応じた10数名の現・元労組指導者・組合員は、バイデン氏の労組への姿勢に疑問を投げかける。
この地域の配管工や鉄鋼労働者の多くは石油・天然ガス産業での雇用に頼っている。民主党の候補者選びで最有力とされるバイデン元副大統領は、そうした化石燃料産業の段階的縮小を求める声を支持する立場だ。それゆえ、重要な激戦州において「労働者の味方」という魅力を失うリスクがある、と彼らは話す。
「バイデン氏は、我々が確実に彼に投票すると思い込んでいるのだろう。だが、我々が働くプラントが閉鎖されたとき、彼からは何の言葉もなかった」とライアン・オキャラハン氏は言う。同氏は、すでに閉鎖されてしまったフィラデルフィアの石油精製施設の労組委員長だ。
米国東岸地域で最大・最古の石油精製施設だったフィラデルフィア・エナジー・ソリューションズの精製所は、今年8月に閉鎖された。それに先だって大規模な人員整理が行われ、約650人の組合労働者を含む1000人以上の従業員が解雇された。
重要な激戦州における大量解雇は、バイデン氏にとってブルーカラー労働者に対する誠意を輝かせる絶好のチャンスになるはずだった。この州の主要製油所がなぜ共和党トランプ政権に閉鎖される事態に至ったのか、大統領に弁明を強要することができるからだ。
2016年、トランプ氏はペンシルバニア州において、1ポイントに満たない僅差で民主党のヒラリー・クリントン候補を破った。また伝統的に民主党の地盤である「ラストベルト」地帯のミシガン州、ウィスコンシン州でも、トランプ氏は接戦を制している。
出口調査によれば、組合労働者世帯の有権者に関してクリントン氏がトランプ氏につけた差はわずか9ポイントであり、これは2012年の大統領選でバラク・オバマ大統領がミット・ロムニー候補につけた18ポイント差を大きく下回る。
自動車労組に所属する労働者が、ゼネラルモーターズにおける15日からのストライキを可決した際、バイデン氏は「UAW(全米自動車労組)が組合員のために公正な賃金と待遇を要求することを喜んで支持する。米国の労働者はもっと報われるべきだ」とツイッターに投稿した。
<環境保護の公約が足かせに>
しかし、石油精製所についてはバイデン氏も他の民主党大統領候補と同様に沈黙を守っており、環境保護を推進する民主党の積極的なアジェンダゆえに、彼本来の政治手法と相性のいい問題に手を出せなくなっている様子が窺われる。
民主党の他の大統領候補も、バイデンと同様、化石燃料利用の段階的縮小と、こうした産業で働く組合労働者からの支持獲得を両立させなければならない。
しかし、バイデン氏は、労働者階級の集まるペンシルバニア州北西部スクラントン育ちであることを活かし、多年にわたり労働者階級の代弁者となってきた人物だ。それゆえに、自分こそが、2016年に民主党に見切りをつけてトランプ氏に投票した「ラストベルト」の労働者を呼び戻せる大統領候補であるとの思いがある。
フランクリン&マーシャル大学(ペンシルバニア州ランカスター)の政治学者テリー・マドンナ氏によれば、何人かの急進派ライバルが穏健派を怒らせるような様々な政策を声高に支持できるのに対し、バイデン氏には難しい綱渡りが求められているという。
マドンナ氏は、「今のところバイデン氏は、これまで支援してきたエネルギー産業の労組と、環境保護の『グリーン・ニューディール』を推進する党内左派との板挟みになっている。そして彼にはどちらも必要なのだ」と指摘する。
マドンナ氏によれば、民主党候補にとってフィラデルフィアの労働者からの支持は重要だ。州全体での勝敗を考えた場合、この地域で多くの票を得られれば、州中央部での共和党の優位を相殺できるからだ。
<労組支持の争奪戦>
バイデン氏が、自らのホームグラウンドで労働者からの批判に直面している現実は、彼が抱える課題を浮き彫りにしている。
フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズの石油精製所で働いていた労働者のほとんどは、退職金も医療補助の延長措置も無しに解雇された。ところが経営幹部らは、同社が7月に破産申請を提出する数週間前に450万ドルもの勤続特別手当を懐に収めていたのである。
民主党の活動家で、かつてはフィラデルフィア郊外の別の精製所で労組リーダーを務めていたデニス・ステファノ氏は、「バイデン氏は正しいことを言っている。だが大切なのは言葉よりも行動だ。あのとき彼が精製所のために何か動いたと言えるのか怪しいと思う」と話す。
バイデン氏の選挙陣営は、閉鎖された精製所について沈黙を守っている理由を明確にせず、その一方で、同氏が2008年に自動車産業救済の先頭に立ったこと、労組加入を制限しようという共和党主導の企みに抵抗したことなど、これまでの労働者支援の実績を強調している。
また、選対関係者は、バイデン氏が自らのクリーンエネルギー計画の中で、石油産業の雇用が好条件のグリーンエネルギー雇用に置き換わるよう求めている、と指摘する。
バイデン氏はすでにいくつかの労組からの支持を固めている。国内最大の労組の1つとして約30万人の会員を抱える国際消防士協会(IAFF)は、バイデン氏の旗揚げ初日に同氏への支持を表明した。2016年の大統領選挙では、IAFFは特にどの候補も支持していなかった。
全米食品商業労働組合のペンシルバニア州1776支部は、州内に約3万5000人の組合員を抱えているが、ウェンデル・ヤング支部長はロイターに対し、バイデン氏支持を決めたことを初めて明らかにした。
「バイデン氏はこれまでずっと、一貫して労働者の味方だった。民主党の候補は全員好きだが、私はジョーをよく知っているし、彼がやってきたことも知っている」とヤング氏は言う。
だが、ホワイトハウスをめざし民主党内で20人の候補が競い合うなかで、バーニー・サンダース上院議員やエリザベス・ウォレン氏が掲げる反ウォール街のメッセージや自由貿易協定への反対もブルーカラー労働者に属する有権者に強くアピールしており、大半の労組では、特定候補への支持表明を急ぐことはなさそうだ。
バーモント州選出のサンダース上院議員は8月、組合員数3万5000人強の全米電気・ラジオ・機械労働者連合の支持を取り付けている。同労組は長年にわたってサンダース上院議員を支えてきた。
バイデン氏に関しては、組合労働者のあいだでの分裂の兆候が明らかになっている。
労組連合であるAFL-CIOフィラデルフィア支部を率いるパッド・エイディング氏は、「ジョーが大統領候補に決まれば、もちろん彼は我々の支持を得るだろう」と言う。「とはいえ、フィラデルフィアの石油精製所のことを考えると、あのとき彼が何をしていたのかという当然の疑問は生じる」。
約4万人の組合員を擁し、2016年にはクリントン氏を支持したAFL-CIOデラウェア支部を率いるジェームス・マラベリアス氏は、2020年に向けた民主党の各候補について、労組の支持を受けるべき理由を示す必要がある、と指摘する。
「民主党が、労組の支持を得るのはたやすいと考えているとすれば、大きな間違いだ」とマラベリアス氏は言う。「ジョー・バイデン氏については、我々が直面している問題についてどのような立場なのかがはっきりしない。彼とはずいぶん会っていないから」
(翻訳:エァクレレーン)

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