コラム:不思議の国のウォール街、アリスの見た夢
Edward Chancellor
[ロンドン 9日 ロイター BREAKINGVIEWS] - アリスはCFA協会認定証券アナリスト資格の試験勉強に疲れていました。スプレッドシートに並んだ数字がぼやけ出し、とうとう机に突っ伏すと…
トウィードル・アセット・マネジメントの入社初日は、忙しい1日になりそうでした。オットーという若いスタッフが、アリスを各職場に案内してくれました。最初に訪れたのは債券チームです。債券といえば、アリスが一番興味のある分野。
「債券保有の目的は利息ですか」。アリスが熱心にたずねると、みんなが笑いました。「夢でも見てんの」。無礼に答えたのはデスク統括です。「利札は元本から引かれんの。もらえるものじゃないんだよ。利息が欲しけりゃデンマークで住宅ローンを借りるといい。たっぷりもらえるぜ。それか、スイスフランの短期金利先物を売るんだな」
「でも利息がもらえないなら、なぜ債券を保有するんですか」。シドニー・ホーマーとリチャード・シラの共著書を熟読していたアリスは聞きました。
「たとえマイナス金利でも、利回りが下がり続ける限りはキャピタルゲインのために保有するんだよ。配当が望みなら株のやつらに聞きな」
「なるほどね」、アリスは半信半疑で言いました。株の投資家ならもっと話が通じるはず。だって、将来の収益を現在価値に割り引いてバリューを判断する人たちだから。
けれども「ファンダメンタル・アクティブ・エクイティ」と書かれた扉を開けると、広がっていたのは空っぽのトレーディングフロアでした。
「ああ、このチームは先月閉鎖したんですよ。何十年も成績がふるわなかったので」とオットーが言いました。
「何が問題だったんですか。割高な株を買ったのでしょうか」。経済学者ユージン・ファーマとケネス・フレンチについての知識をひけらかしたくて、アリスは聞きました。
「ありえない!」オットーはばかにしたように答えました。「バリューにこだわったんですよ。そして猿でも分かる通り、バリューは終わってます。アウトパフォームしたければFANG(牙)を見せなきゃ」
なんかおかしい、とアリスは思いました。オットーったら、こんなふうでどうやってCFA試験に受かったんだろう。
「ファンダメンタル投資家を全員クビにしたのなら、だれが株式ポートフォリオを運用しているんですか」
「はっきり言えば、だれも運用してないです。資金は全部、インデックスファンドでパッシブ運用されています。『マーケットに勝てなくても、マーケットを複製することならできる』って言うでしょ」
「でもそれじゃあ、株式の公正価値を評価する人がいないじゃないですか。市場が自動巡回しているような感じ」とアリスは言いました。
「株のことは忘れましょう、アリス」。オットーは親切にアドバイスしました。「もう株式市場は現場ではありません。生の投資家に会いたいなら、VC(ベンチャーキャピタリスト)チームに行くといいですよ」
というわけで1週間後、アリスは回転ドアを抜けてカリフォルニア州シリコンバレーの富裕層地域メンローパークにある、トウィードルのおしゃれなオフィスを訪ねました。そこは何から何まで、アリスの想像した通りでした。ビーンバッグ・チェア(変形するクッション)と、ただで使えるキャンディー販売機が完備されていたのです。
「どんな企業に投資しているんですか」。オフィスを案内してくれた若いVCのアンナに、アリスはたずねました。
「ユニコーンです」。アンナはキリッと言いました。
「それは難しそう。だってユニコーンは神話上の動物ですから」。アリスはジョークで答えました。
「そうね、シリコンバレーにはユニコーンが何百匹もいます。ユニコーンって、単にバリュエーションが抜群の企業ってだけのこと。でもそのビジネスはかなり神話的ね」アンナはにやりと笑いました。
「どういう意味ですか」。アリスは今までで一番面くらいました。
「えーと、ほとんどのユニコーンはただのブラックボックスなんです。箱を開けたら空っぽ」
「賢明なる投資とは言えないようですね」。アリスは澄まして言いました。
「ほんとそれ。でも投機にはもってこいなんですよ。それに私たち、何か役に立つことをやったり、黒字を出したりする企業を見つけようなんて思っていない。ないない。初期の資金調達段階に入って行って、IPO(新規株式公開)で抜け出したいだけ。リアルなマネーがもうかるのはそこよ」
数日後、アリスはプライベートエクイティ・チームの人々と1日を過ごしました。トウィードルで最もお給料の高い従業員たちです。
「付加価値を付ける方法を教えていただけますか」。会話をもたせようとして、彼女は聞きました。
「プライベートエクイティについて知るべきことは3つだけ。レバレッジ、レバレッジ、レバレッジ」。ロンドンのサビルロー仕立てのスーツを着た調子のいい若者が答えました。「われわれのビジネスはファイナンシャル・エンジニアリング(金融を駆使した計略)ですから」
「でも企業に過剰な債務を負わせるのってリスキーじゃないですか」アリスは聞きました。彼女がぼんやりと理解しているモジリアーニ・ミラーの定理によると、債務を積み上げただけでは価値を生み出せないはずです。
「おっと。リスクは全部債権者が負います。われわれはコベナントライト・ローン(財務制限条項が緩いローン)や、ペイメント・イン・カインド(PIK)債(新発債を利払いに充当できる債券)によって債権者に負わせるんです。ほんのちょっとでも利息が入れば、彼らはどんなインチキ商品でも受け入れますよ。そして面倒なことになったらリファイナンスしてやるんです」
「何もかも奇妙ね」アリスは思いました。「どうも私、投資家向きじゃないみたい。経済調査の方が楽しめそう」
そこで彼女はオイロブ博士の門戸をたたくことになりました。トウィードルの金融・経済部門の責任者です。
「不穏なことに、極めて異常なことが正常になりつつある」。あごひげを整え、眼鏡をかけた博士は、鋭くも茶目っ気のある表情で厳かに言いました。「金利は想像を超えた水準まで下がった。想定外の事態が普通になるときには、名状し難い問題が起こっているものですよ」
「やっと話の分かる人に出会えた」。アリスは空いた椅子に腰かけながら、感慨にふけりました。
「中央銀行は鏡の向こう側に足を踏み入れてしまった」。オイロブ氏は興奮気味に続けます。「中銀はかつてインフレ制御に奮闘したものだ。それが今は物価を押し上げられないでいる。かつて賃上げに反対していたのに、今は賃上げをけしかけている。財政拡大も同じことです。われわれは、インフレは貨幣的な現象であり、実体があるのは経済活動だと教えられた。しかし今ではインフレが実体で、かつて『リアル』だと思っていた事が、純粋に金融的な現象になったようだ。すべてが逆さまだ」
だんだん理解がおぼつかなくなってきたアリスは、話題を変えました。
「現代貨幣理論(MMT)は、万能薬ではないでしょうか」
アリスは経済学の最新トレンドにすごく通じているのです。
「インチキ薬の売人どもにだまされてたまるか」。賢人は短気な一面をのぞかせました。「やつらは朝食前に6つの不可能なことを信じ込ませようとする。政府債務は問題ない、財政赤字は問題どころか解決策だ、政府は増税も国債発行も必要ない、ただ紙幣を刷ればいい、とかなんとか。まったくもってばかげている」
「問題の根本を説明しよう」、オイロブ氏の目はギラギラと燃えています。「中央銀行は20年以上も金利を操り、どんどん引き下げてきた。善意でやったことだが、時間の価値をもてあそんでいることが分かっていなかったのだ。資本主義のテンポという時計を逆向きに回すと、物事の正しい順番が分かる。企業がゾンビ化する、ユニコーンの群れが現れる、投資規律が失われる。富は仮想のものとなる。不平等が解き放たれる。社会が崩壊する、市場が沸騰する。。」
その時、アリスは目を覚ましました。顔はモニター画面の反映で紅潮しています。すべては夢でした。すごく不思議な夢でした。戻ってきたのは退屈な現実です。
彼女は寝ている間に何か起こっていないかと、ロイターのウェブサイトをクリックしてみました。これといって目新しいことはなさそうです。中国の真ん中で、新種の風邪ウイルスが広がっているというニュースくらいしか。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
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