超入門! お城セミナー 第97回【鑑賞】お城の門にはどんな種類があるの?

お城に関する素朴な疑問を、初心者向けにわかりやすく解説する連載「超入門! お城セミナー」。今回のテーマは門。お城めぐりをしていると、「櫓門」「大手門」「薬医門」など様々な門に出会います。これらは同じ門なのに何が違うのでしょうか。建築様式や役割によって異なる門の種類や働きを見ていきましょう。

二条城、東大手門
二条城の東大手門。桁行(幅)約23m、梁行(奥行)約5.5mと、将軍の城にふさわしい威容を備えている

虎口(出入口)を守る城門の違い、あなたはわかりますか…?

学校の門は校門、神社の門は神門、皇居の門は禁門。そして、軍事施設である城に構えられたのが、「城門」です。土造りの山城には、地形や土塁などを利用して虎口(出入口)の工夫が凝らされていましたが建物はとても簡素で、本格的な建造物としての門はほとんどありませんでした。城門といえば、やっぱり石造りの近世城郭。見学時に何度もくぐりますよね。城門にもいくつか種類があることは何となくわかるけど、あまり注目して見たことがないという人が多いのではないでしょうか。そこで今回は、この城門にスポットを当ててみましょう!

まずは歴史的な観点から。古代の城門といえば、平城京や平安京にあった羅城門や朱雀門が思い浮かびます。中国の影響で建てられたもので、寺の門のような二階建ての大規模な門でした。でも島国である日本はほとんど外敵の脅威がないので、門自体に防御の意味合いはあまりなかったようです。

平城宮跡、朱雀門
平城宮跡に復元された朱雀門。都の南の玄関口であり、外国使節の送迎儀式などが行われていたという

中世の武士の館には二階建ての門があったらしく、絵巻物に描かれています。門の上に防御用の端板(はたいた)をめぐらせた簡易な物見台を載せたもので、これが近世城郭で大活躍する櫓門の起源とみられています。

そして、近世城郭が普及していった安土桃山時代から城門は急速に発展し、複数の形式の門が誕生しました。

建築様式で異なる門の種類

城門の種類は、基本的に建築様式によって異なります。

江戸城、大手門
城門の基本パーツ。写真は江戸城大手門の表(左)と裏(右)

門の種類を説明する前に、各様式に共通する門の基本構造を見ておきましょう。まず、正面の両側に鏡柱(かがみばしら)という太い柱を立て、その上に水平に冠木(かぶき)という木材を渡します。そして鏡柱の後方に控柱(ひかえばしら)を立て、転倒を防止。さらに城門はすべてが内開きで、鉄製のちょうつがいである肘壺(ひじつぼ)を打ち込んで門扉を吊り、背面(城内側)から閂(かんぬき)で施錠します。そしてこれらの取付部を隠すために、多くは飾り金物が使われています。

城門の建築様式は、この基本構造の上に何を載せるかで違ってくるというわけなのです。

[櫓門]
姫路城、菱の門
姫路城の菱の門。片側が石垣に載り、反対側は土塀に接続する変則的な構造

基本構造の上に櫓を載せたもの。最も格式の高い門です。上で触れた中世の館の二階門から発展し、二階部分に連子窓や石落しが備えられているのでとにかく堅固。本丸正面や大手門など重要な門に使われました。恐怖のキルゾーンである枡形虎口を形成する枡形門は、外側に高麗門を、内側にこの櫓門を構えた二重構造が正式とされています。江戸城(東京都)外桜田門、金沢城(石川県)石川門、彦根城(滋賀県)天秤櫓、二条城(京都府)二の丸東大手門、大阪城(大阪府)二の丸大手門、姫路城(兵庫県)菱の門などなど現存例が多く、また有名な門が多いですね。

[薬医門]
宇和島城、上り立ち門
数少ない薬医門の現存例である宇和島城の上り立ち門

基本構造の上部全体に一つの大きな切妻屋根を載せたもの。櫓門に次ぐ格式で、寺の山門にもよく使われています。でもこの大きな屋根が見通しを悪くし、城内からの射撃の邪魔にもなってしまうので、実は城門には不向き。宇和島城(愛媛県)上り立ち門などがありますが、現存例は少なくなっています。

[高麗門]
名古屋城、東二の門
曲輪外(左)と曲輪内(右)から見た名古屋城の東二の門

薬医門の欠点をクリアした進化型の門で、切妻屋根は最小限にし、控柱上にそれぞれ小さな屋根を載せたもの。城内側から見ると、屋根が合計三つあることに。豊臣政権下の朝鮮出兵後に誕生して浸透し、城門のスタンダードになりましたが、日本のオリジナルのようです。小さな二つの屋根は下に開扉時の門扉が収まるすぐれもの。冠木と屋根の間に小さな壁があり、門が少し高くなっているのは、元和以降の新式です。一例として、名古屋城(愛知県)本丸表二の門は旧式、江戸城清水門は新式です。

ここからは、基本構造が用いられていないものもある、やや簡易な造りの城門です。

[埋門(うずみもん)]
二条城、二の丸西門
二条城の裏口にあたる二の丸西門。これまで見てきた門と異なり、鏡柱が石垣に直接載っているのが分かるだろうか

土塀の下の石垣に口を開け、城門をはめ込んだもの。節約のためや、門を目立たなくするためなどの理由で誕生しました。防御性はそこそこ高いものの正式な門ではなく、裏口や非常口などに使われました。現存例は、土塀付きで大型の二条城二の丸西門、非常に狭い通路になっている姫路城ほの門、完全に石垣に組み込まれた高松城(香川県)埋門などなど。

[長屋門]
秋月城、長屋門
秋月城の奥御殿を守っていた長屋門

長屋の一部を門にしたもの。もともと城門ではないので守りは厳重ではありませんが、門の横の部屋が番所になるのは便利。城門としての現存例は少なく、高崎城(群馬県)旧三の丸東門、秋月城(福岡県)長屋門など数か所。

[棟門]
姫路城、水一の門
姫路城の水一の門。控柱がないため、門扉が屋根からはみ出している

基本構造の控柱がない簡易なもの。倒壊しやすいのであまり城門に使われた例はないようですが、姫路城に水の一門、ちの門の2棟が残っています。

[冠木門]
岐阜城、冠木門
岐阜城(岐阜県)山麓御殿跡に復元された冠木門

タテ・タテ・ヨコの基本3本の柱を立てただけのものなので現存例はありませんが、仕切の門としてよく使われたようです。現在は山城や関所跡などで復元したものがよく見られますね。

建築様式による分類は上の通りですが、城門は建っている場所や役割によって名称が異なります。例えば、城の正面、つまり大手口に設けられた門は「大手門(追手門)」、裏口である搦手口の門は「搦手門」、船着場など海・川に面した門の場合は「水手門」となるのです。姫路城のように多数の門を構えている場合は、「いの門」「ろの門」といった具合に、門に数字や文字を順に振っていくこともあります。また、「筋金門」「鉄門」「銅門」などの名称は、門扉や柱に金属板が貼られていることからついたもの。城門を見る時は、門の名称まで注目してみると新たな発見があるかもしれません。

高知城、追手門
高知城の追手門。名前の由来は、もちろん城の大手にあることから

軍事施設である城の虎口を守った城門たち。次に城を訪ねる時は、今まで以上に熱~い視線を送ってあげて下さい!


執筆・写真/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『隠れた名城 日本の山城を歩く』(山川出版社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

<お城情報WEBメディア 城びと>

関連書籍・商品など