旅の+one

いつだって軽やかに飛べ、キリンジ『3』

【@TRAVEL MUSIC】

文/ジェーン・スー 撮影/安永ケンタウロス

飛行機が離陸する瞬間って、なんであんなにワクワクするのだろう。ヴァカンスだからってわけじゃない。それが出張だったとしても、旅慣れたデスティネーションだったとしても、鼓動は少しだけ速くなる。

 
電車のように乗ってすぐ目的地へと旅立つのなら、これほど心があわ立つことはない。私は在来線より新幹線のほうが盛り上がるから、やはり乗ってから動き出すまでの時間が長ければ長いほど期待が高まるのだ。

 
飛行機は前に進むのではなく、斜め上に上がっていく感じがたまらない。ブランコを嗜(たしな)むお年頃でもない限り、日常生活で体が浮くことなんて滅多にないもの。普段は地に足のついた大人であることをヨシとされているけれど、飛行機に乗ったら大人も子どもも地面から足を離してナンボ。いつだって、フライトは非日常。

 
そういうときに私が聴きたい曲は、キリンジの「イカロスの末裔(まつえい)」一択。旅客機に乗り込んだ御一行を上空へいざなうのは、甘いアルトのキャプテン。離陸したばかりの浮ついた心に、洒落た伴奏をつけてくれる。「これで浮世としばしのお別れさ」という歌詞が、私は大好きだ。

 
キリンジは二人組の兄弟デュオとして1997年にインディーズデビューし、以降メンバーを増減させ、現在は堀込高樹さんのソロプロジェクト「KIRINJI」として活動している。

 
「イカロスの末裔」は2000年に発売されたアルバム『3』に収録された曲だから、もう20年も前の曲。古臭さは感じさせないが、あれから新陳代謝を繰り返した現行KIRINJIは、イカロスの末裔が飛び立った遥か彼方を飛んでいる。

 
音楽も文学もなんでもそうだけれど、長く続けていくとアップデートが難しい。慣れ親しんだ地にどっしり根を張って、動けなくなってしまうのだ。それはそれで味が出るが、私はフットワークが軽いものを好む。いつだって、どこへでも飛んでいける人に憧れる。地面から足が離れる瞬間に、最も興奮するから。

 

『3』
キリンジ

 
ジェーン・スー
ジェーン・スー/agehasprings所属。コラムニスト・ラジオパーソナリティー・作詞家。東京生まれ、東京育ちの日本人。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月~金11:00~)のパーソナリティを担当。新刊『これでもいいのだ』(中央公論新社)など著書多数。

 

(SKYWARD2020年4月号掲載)
※記載の情報は2020年4月現在のものであり、実際の情報とは異なる場合がございます。掲載された内容による損害等については、一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

 
 

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