◇長期連載【第3章 走る巨人、もがく竜】
負ければ5割逆戻りとなる1994年6月7日の横浜戦(横浜)。先発を任された中日のエース、今中慎二には秘めたる思いがあった。
「あの負けで、チームがこんなムードになってしまった。まだこの時期だから良かったけど、これが8月や9月だったら…」
あの試合とは2・5ゲーム差で迎えた5月31日の巨人戦(東京ドーム)。8イニング3失点の今中に勝敗はつかなかったがチームは延長10回、北野勝則が松井秀喜に一発を浴びサヨナラ負け。わずか1週間でゲーム差は6・5と開いた。
「今回は負けられない」の思いが今中にはある。そして野手陣にも「今中で負けられない」との思いがあったはずだ。
中日は初回2死一、二塁の先制機で打席には大豊泰昭。横浜の先発・小桧山雅仁には昨年の初対戦以来8打数無安打。それでも「(今年は)打率が良いのが、打席での余裕につながっている」と内角スライダーを右翼線に二塁打し、まず1点。さらに前原博之も押し出し四球を選び、いきなり今中に2点をプレゼントした。
終わってみれば、中日の奪った得点はこの2点のみだったが、今中にはそれで十分だった。9回に、この日最速の147キロをマークするなど最後まで球威が衰えず、5月17日以来の白星を4安打完封で飾った。
「いやいや、最後は甘い球ばかりでしたよ。中村さんのプレーに助けられたしね」と今中。8回無死一、二塁で永池恭男のバントを判断よく三塁封殺した中村武志に頭を下げた。
高木守道監督も”スミ2”に終わった打線への愚痴は胸の内にしまい込み「きょうは最高のゲーム。それだけだよ、それだけ。とにかく勝ちゃいいんだ」と、頼もしいエースを力強く握手で出迎えた。
神宮では7連勝中の巨人が5回までに11点を奪い、この日も快勝ムード。「巨人だけ別世界でやっているんじゃないの」。苦笑いでこう話した高木が、真顔に戻ると「巨人が勝つ、勝たんは関係ない。ウチがコツコツ勝っていかんと。それで巨人戦はシャカリキにいく。巨人を止めにいかなきゃいかんのだから」と語気を強めた。
この横浜戦の後は10日から本拠地ナゴヤ球場に巨人を迎えての3連戦。「今中? そりゃいきますよ。中4日でね」。気の早いことに、高木の口から5日先の予告先発まで飛び出した。
=敬称略