アカデミー賞女優・いしだあゆみの軌跡 にじみ出るような慈愛を感じさせる“表情”の演技が生んだ名作たち

「われら劣等生」 / (C)1965松竹株式会社

俳優で歌手のいしだあゆみが、2025年3月11日に76歳でこの世を旅立った。セリフではなく内から感情がにじみ出て見える“顔”や“眼差し”が彩ってきた数々の名作たちとともに、彼女の軌跡を振り返る。

■歌手として、俳優として大きな爪痕を残した名女優

いしだは10代から子役として舞台に立ち、1964年に芸名をいしだあゆみとして、メジャーデビューを果たした。代表曲として真っ先に思い浮かぶのは「ブルー・ライト・ヨコハマ」だが、実は本作は通算26作目のシングル。それまで大きなヒットに恵まれず、俳優と歌手を掛け持ちしていたという下積み時代がある。

一方、デビュー間もない時期から俳優業は順調で、1965年には主演映画「われら劣等生」が公開。とある高校を舞台にミスコン企画の騒動をテーマに取り上げた本作品には、若き日の田村正和のほか、高石かつ枝や進一彦といった昭和の時代に一世を風靡した歌手も名を連ねている。

いしだは東和高校の新聞部員・横田大助(田村正和)へ密かに思いを寄せるクラスメイト・谷村みち子役として登場。青春時代真っ只中の女子高生という繊細で難しい役どころで、当時17歳とは思えない堂々とした演技を見せた。

そこから「火宅の人」「金曜日の妻たちへ」「阿修羅のごとく」「駅/STATION」といった映画やテレビドラマで存在感のあるキャラクターを演じ続け、名女優としての地位を確たるものに。その演技は引く手あまたで、「姑獲鳥の夏」「なくもんか」などの話題作へ出演する。

そして遺作となったのが2024年10月、11月に公開された「室井慎次 敗れざる者」「室井慎次 生き続ける者」。凛とした立ち姿と優しい声で室井慎次(柳葉敏郎)を励ます声は、記憶に新しい。

■「学校II」に見る圧巻の演技力

いしだの出演作のなかでもひと際印象深いのが、1996年に公開された山田洋次監督作品「学校II」。本作は北海道の小さな街にある高等養護学校が舞台で、主演の西田敏行がベテラン教師・青山竜平役を務め、いしだは西田の補助教員・北川玲子を演じている。

物語は卒業を間近に控えたある日、障害を持つ生徒・高志(吉岡秀隆)と佑矢(神戸浩)が無断外出して行方不明になるという場面からスタート。方々に当たって、どうやら2人は人気歌手のコンサートに向かったことがわかる。急ぎ車で向かう竜平の胸には、3年前の春に迎え入れた9人の教え子たちと過ごしてきた日々が去来していた…。

同作の注目すべき点は、生徒たちにとって第二の父親・母親のように温かい西田といしだの演技だ。その象徴ともいうべきシーンが、我慢の限界を迎えて子どもに怒鳴ってしまった同僚を諭すひと幕。母と離れて暮らすことになった佑矢は心細さから暴走し、片時もじっとしていられない。奇声を上げて教室を飛び出し、ほかの生徒に暴力を振るい…とどうにも問題を起こし続ける。そしてある日、担任の教師がついに限界を迎えた。佑矢の胸倉をつかんで締め上げ、大声を上げてしまう。

そこにやってきたのが竜平。「子どもを叱るときに教師が興奮しちゃダメだよ」と教師を落ち着けると、佑矢にコピー用紙をちぎって投げる遊びに誘う。そして教師の元まで戻り、佑矢がいま何を考えているのか、どう向き合うべきかを第一に考えてアドバイスした。紙をちぎっては投げて遊ぶ佑矢を見た教師が「誰が後片付けするんですか」と言うと、竜平は「あんたがやるんだよ。子どもたちに迷惑をかけられるのが教師の仕事でしょ」とまっすぐ教師を見つめり竜平。「ほら見ろ、面白くて仕方ないんだよ」とこの場を引き継ぐことを伝え、教師へ教室に戻って休むよう伝える。

そのあとに教師と接するのがいしだ演じる玲子。ほとほと疲れた男性教師に手ぬぐいを差し出しつつ、竜平との違いを説く。その教師は言葉こそ柔らかいものの、指示に従わない佑矢を体で止める。一方で竜平は、子どもを制止するときでもそっと横に並んで片腕を体の前に置くだけ。佑矢は言葉ではなく、行動を見ている。力づくで言うことを聞かせようとしているのか、寄り添って道を示しているのか…「佑矢にはそれがちゃんとわかるのよ」と、玲子は優しい笑顔を浮かべた。

「せめてこの学校にいる間は、精一杯愛してあげたい。“自分にも母校があるんだ”っていう思い出を佑矢にも作ってあげたいの」生徒に対する深い愛情が感じられるセリフに、遠くを見つめるいしだの慈愛の表情。教師という仕事の困難さとともに、正解がない問題に向き合い続けるための心根を、ハッとするような眼差しで伝えてくる名シーンだ。

■国民的映画で見せた“複雑で繊細な女心”の表現力

「学校II」でメガホンを握った山田洋次監督といしだの縁は、1982年公開の「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」にさかのぼる。シリーズ29作目にあたる本作で、いしだは“マドンナ”役で登場。陶芸家の女中として働く未亡人・かがり役を務めた。

過去に夫を亡くした心の傷が癒えず、さらには陶芸家のもとでの住み込みの生活を送るかがり。静かで内向的なかがりだが、一方でこうと決めたら大胆でもある。それまでの「男はつらいよ」シリーズにはいなかった「寅さんに男と女の関係をアタックするマドンナ」を表現。夜に寅さんの寝室へ行き、そっと隣で座って待つシーンはシリーズ屈指の“緊張”をもたらす。

“女の情念”ともいうべき繊細さと情熱を同居させた演技は多くの共感を呼び、いしだは同作で第6回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞する。

数々の名作を彩り、昭和から平成にかけて歌手・俳優として幅広い活躍を見せたいしだ。CS放送「衛星劇場」は彼女の俳優人生を偲び、6月に「追悼 女優・歌手いしだあゆみ」を特集する。「学校II」は6月4日(水)朝8時30分ほかから、「われら劣等生」は6月11日(水)朝8時30分ほかから、「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋(音声解説・日本語字幕放送)」は6月13日(金)朝10時45分から放送される。
「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」 / (C)1982松竹株式会社

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