「余計苦しみじゃないですか。それでもしなきゃ」震災から復興を目指す 石川県の輪島市と珠洲市の人たちの現在地

羽田明莉記者:
「私は先月、地震などで甚大な被害が出た石川県の輪島市と珠洲市を取材しました。発生から1年半が経ちますが、現地では復旧がなかなか進まない現実の中、悩みながらも前を向いて歩む人の姿がありました」

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寂しさ漂う静まり返った空き地…
今から1年半前、ここには200以上の店が立ち並び人々が行きかう姿がありました。

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2024年1月1日午後4時10分、去年の元日、石川県の能登半島を襲った最大震度7の揺れ。死者は592人に上り、いまだ2人の行方が分かっていません。

大塚郁弥記者(2024年1月):
「地震の影響で、奥にありますように建物が全壊するような場所が数多く見受けられます」
浅川博仁記者(2024年1月):
「先ほどから降り続く雪の影響で地面の亀裂は見えづらくなっていて、倒壊している建物は雪に包まれています」

UTYは発生直後から現地に入り、難航する輪島市での救助活動や珠洲市の農業用ハウスで避難生活を送る人々を取材してきました。

あの日から1年半。

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羽田明莉記者:
「地震発生後に大規模火災があった輪島市の朝市通りに来ています。ご覧の通り今はかなり広い更地になっていて、辺りは静けさに包まれています」

先月2日の輪島市です。

最大震度7の揺れと火災に見舞われた朝市通りには黒く焦げた看板が佇み、人の姿はほとんどありませんでした。

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周辺の道の整備は進み始めているものの、道路の端には撤去されないままの瓦礫が山積みになっているのが現状です。

「やっと住みやすくは少しずつはなってきているけどね。でこぼこがなくなってきて…」

居酒屋を営んでいた宮野治孝さん


朝市通りの近くで居酒屋を営んでいた宮野治孝さん、77歳。カウンター10席ほどの小さな店で地域住民の憩いの場となっていましたが、地震で半壊。

去年の年末に解体されました。

宮野治孝さん:
「震災で空き地がいっぱい草生えてるのを見て、自分のところもそうなるのは嫌だったし、なんかちょっと遊びで綺麗にしておけば良いかなと思って」

『かつての常連と酒を酌み交わせる場所にしたい』

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少し席は減りましたが6人ほどが座れるベンチとテーブルを4月から作り始めています。

宮野治孝さん:
「震災になったすぐ後にここでワイワイと飲むのが不謹慎かなと思って、ちょっと分からないように(目隠し)してるんだけども、いつになるやらね。いつできるか分からんけど近々常連さんとしたい」

取材の移動中にも未だに残る地震の爪痕を目の当たりにしました。

羽田記者:
「道を走っていますとあちらこちらで電柱が傾いている様子がうかがえます」

整備が追い付かない道を走ること1時間。震度6強の揺れや津波で1700軒以上の住宅が全壊した珠洲市です。

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浅川記者(2024年1月):
「辺り一面雪景色となっていて、こちらのビニールハウスでは今も最大5人の方が避難をし生活しています」

菊谷正好さん(2024年1月)

菊谷正好さん(2024年1月):
「もう1回この地域を復活させねばいかん。このままでは終わっとられんわい」

地震直後、農業用ハウスで避難生活を送っていた男性を訪ねました。

菊谷正好さん

菊谷正好さん:
「たまたまそこにハウスがあったもんやから、そこにみなさん全部流れ込んで、すぐに生活させてもらうと、いろんなもの冷蔵庫に揃っているし最高の場所だった」

珠洲市三崎町に住む菊谷正好さん75歳。5人の住民が身を寄せ生活していた農業用ハウスは、およそ3か月で避難場所としての役目を終えていました。

菊谷正好さん:
「一緒に一杯飲んで和やかな雰囲気で、ちょこちょことやってるよ」


今もそれぞれで生活をしている住民が集まり交流する場所になっています。話題の中心は地震直後に話していた地域の復活です。

菊谷正好さん:
「小さい祭りだけども、それでも地域として楽しんで毎年やってましたからね」

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6メートルほどの灯ろうを作り、子どもたちが太鼓をたたく恒例の秋祭り。地震の影響で去年中止されたため、その再開を計画していました。

菊谷正好さん:
「これ今、みなさんで村おこしで全部準備して、自分たちで土入れて種もみしてこんだけになったんですけど」

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さらに地震後、手をつけていなかったコメの栽培にも住民が協力して取り組んでいました。

収獲はちょうど秋祭りの時期です。


羽田記者:
楽しみですか?どうですか気持ち的には?


菊谷正好さん:
「ちょっと余計苦しみじゃないですか。苦しみっていうのはやっぱりね、若い人が少ない。年寄りが多い。それでもしなきゃ。1年放置したら、2年目もっと大変になる。だからやっぱり少しずつでも前へ進んで」

 

菊谷さんが住んでいるこの地域には70軒ほどありましたが、地震でおよそ30軒が倒壊しほかの地域に移り住む人が続出しました。

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石川県によりますと珠洲市を含む奥能登4つの市と町では震災後の1年間で人口が4600人余り減少。そのペースは前の1年間の2.5倍になっています。

小島優キャスター:
「インフラ整備や人口流出の話が出てきたがほかに感じた課題は?」
羽田明莉記者:
「住宅などの修繕も間に合っていないと感じました」
「珠洲市で呉服店を営む男性は地震で店舗が被害を受け、9月の豪雨で雨漏りも発生しました」

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「男性は去年の6月に屋根の修繕の申し込みをするも、作業が始まったのは5月1日でした。少しずつ店を再開しているものの、作業は半年はかかる見込みということでした」

小島キャスター:
「あらためて取材して感じたことは?」
羽田記者:
「一番感じたのは、車で道路を走ることができるなど、街として最低限の部分がやっと整えられてきたということです。まだまだ住みやすさには遠いという住民の声も聞きました」


「まだあの日から動き出せない人もいると思うので、私たちもできることを考え続け、災害への備えを再確認する必要があると感じました」

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