●謎の映画監督「アラン・スミシー」

 1968年から2000年にかけてのアメリカで作品を発表した、「アラン・スミシー」という映画監督をご存知でしょうか。ラブロマンスからホラーまで幅広いジャンルを手掛けており、さぞ才能にあふれた監督なのかと思いきや、実は架空の人物です。誰かひとりの別名義というわけではなく、複数の監督がアラン・スミシー名義で作品を発表しているため、ジャンルが多岐にわたっているのです。

 映画撮影において、映画監督は絶対的な決定権を持っているように思われがちですが、実際には映画配給会社や映画プロデューサーの意向に従わざるを得ない場面も多くあります。そしてその結果、監督自身が思い描いていたイメージからかけ離れた作品ができあがってしまうことも珍しくありません。そうすると、「これを自分の作品とは言いたくない」、「自分はこの作品に責任が持てない」と思う監督が出てきても不思議ではありませんよね。また、意見の対立から監督が降板になることもあります。そんなときに、本物の監督名の代わりに使われたのが「アラン・スミシー」という名前でした。

 アラン・スミシーのつづりは「Alan Smithee」で、つづりを並べ替えて別の読み方にするアナグラムの技法を使うと、「The Alias Men」=「偽名の人」という意味にできます。このため、名前そのものが偽りを暗示しているともいわれますが、実際には「実在しなさそうでありながら奇抜すぎない」という理由で、この名前が使われたようです。

●アラン・スミシーの監督作品

 それでは、アラン・スミシー監督作にはどのようなものがあるのでしょうか。代表的な作品を本当の監督名とともに見ていきましょう。

 夏の日にさよなら:1968年公開のラブロマンス。アラン・スミシー名義が初めて使用された作品で、本当の監督はジャド・テイラー。実はアラン・スミシー名義は全米監督協会が管理しており、使用条件として名義変更の理由は秘密にされます。このため、テイラー監督がなぜ自分の名前を隠したのかは詳しくわかっていません。

 ガンファイターの最後:1969年公開の西部劇。撮影開始は「夏の日にさよなら」より先で、実質的にアラン・スミシー名義誕生のきっかけの作品。本当の監督はロバート・トッテンとドン・シーゲル。トッテン監督が役者と対立して降板し、後任のシーゲル監督も自分名義を拒否したため、アラン・スミシー名義になりました。

 ヘルレイザー4:1996年公開のホラー。本当の監督はケヴィン・イエーガーとジョー・チャペル。イエーガー監督が作品の編集をめぐってプロデューサーと対立して降板してしまい、後任のチャペル監督が追加の撮影を担当しました。チャペル監督はスペシャルサンクスの扱いになっており、監督はアラン・スミシー名義です。

 アラン・スミシー・フィルム:1997年公開のコメディ。本当の監督はアーサー・ヒラー。アラン・スミシーを題材にした映画ですが、ヒラー監督が脚本家と対立して自分の名義を拒否したため、アラン・スミシー名義の作品に。アラン・スミシーがアラン・スミシーの映画を監督するという冗談のような結果になりました。

 このほかにもアラン・スミシー名義の映画はつくられており、20世紀後半になると「アラン・スミシーはトラブルがあったときに使われる偽名」ということが世間に知られてきてしまいました。このため、2000年公開の「美しき家政婦」を最後にアラン・スミシーの名義は使われなくなります。現在は、トラブルがあった作品ごとに架空の監督名が使われています。

●日本にもアラン・スミシー名義の作品が?

 アメリカでは使われなくなったアラン・スミシー名義ですが、1998年頃から日本のアニメ業界で使われるようになってきています。とはいえ、もちろん全米監督協会との関係はありません。アラン・スミシー名義が使われたときと同様に、監督が降板したり自分の名義を拒否したりしたときに使われているようです。

 日本のアラン・スミシーは、漢字を当て字にしている点が特徴。たとえば、次のようなものです。

・こちら葛飾区亀有公園前派出所:2002年放送の第281話絵コンテに「阿蘭墨史」
・真月譚月姫:2003年放送の第8・12話原画に「角石阿蘭」
・夜明け前より瑠璃色な:2006年放送の第8話演出に「亜乱炭椎」
・この素晴らしい世界に祝福を!:2016年放送の第4・9話絵コンテに「亜嵐墨石」

 このほか、2005年放送の「銀盤カレイドスコープ」最終話では、演出が「Alan Smi Thee」とアルファベット表記になっていたことも。

 映画やアニメはたくさんの人の手によって完成します。だからこそスケールの大きい作品になりますが、監督の意図からはずれていってしまうことも少なくありません。納得のいかない作品に対して、アラン・スミシーという偽名を使わざるを得なかったところからも、監督たちの苦労が忍ばれますね。

<参考サイト>
・MOVICINE 実在しない映画監督「アラン・スミシー」って知ってる?
https://movieaddict-blog.org/column/alan-smithee/
・CDjournal “アラン・スミシー”とは?
https://www.cdjournal.com/i/research/-/4596