一度は耳にしたことがあり、さらに言えば子どもの頃に学校で習っていたり、大人になってもつい口ずさんでしまったりするようななじみ深い名曲といえば、あなたはどんな曲を思い浮かべるでしょうか。

 そして、名曲も楽曲であり多くの人に歌われたり演奏されたりしている以上、誰かが作曲していたり楽譜に記録したりするなど、人の手を経て現在に伝えられています。

 しかし、実は、多くの人に知られて親しまれている名曲の中にも、作曲者不詳とされる曲が多数あります。今回は、作曲者不詳とされる名曲たちをめぐってみたいと思います。

●作曲者不詳の名曲・5選

 1曲目に紹介する作曲者不詳の名曲は、「ちょうちょ ちょうちょ なのはにとまれ……」の歌詞で親しまれている、「ちょうちょう」です。ただし原曲があり、かつてはスペイン民謡由来ともいわれてきましたが、現在ではドイツ民謡が原曲だといわれています。1881年(明治14年)に刊行された日本初の音楽教科書『小学唱歌集』に「蝶々」として掲載されました。作詞は国学者の野村秋足で、採集したわらべ歌を編集したといわれています。

 2曲目に紹介する作曲者不詳の名曲は、「さくら さくら のやまもさとも……」の歌詞で親しまれている、「さくらさくら」です。1888(明治21)年に東京音楽学校より刊行された『箏曲集』に掲載されました。ただし、その時の曲名は「桜」で、歌詞も「さくら さくら やよいのそらは……」となっており、現在の歌詞とは少し違っています。原曲は江戸時代から伝わる箏曲といわれ、作詞者も不詳です。

 3曲目に紹介する作曲者不詳の名曲は、「むかし むかし うらしまは……」の歌詞で親しまれている、「浦島太郎」です。1911(明治44)年刊行の『尋常小学唱歌』(第二学年用)に収められました。作詞者も不詳ですが、全国各地の浦島伝説や昔話を参考に編纂したと考えられています。

 4曲目に紹介する作曲者不詳の名曲は、「さぎりきゆるみなとえの……」の歌詞で親しまれている、「冬景色」です。1913(大正2)年刊行の『尋常小学唱歌』(第五学年用)に収められました。作詞者も不詳ですが、唱歌にも造詣のふかい国語学者・言語学者の金田一春彦は「日本画でも見るような、伝統的な美意識に訴える歌詞」と賛しています。

 5曲目に紹介する作曲者不詳の名曲は、「われはうみのこ しらなみの……」の歌詞で親しまれている、「われは海の子」です。1910(明治43)年刊行の『尋常小学唱歌』(第六学年用)に収められました。作詞者も不詳とされてきましたが、近年では北欧文学者・児童文学者の宮原晃一郎の原作を、国文学者の芳賀矢一が改作したとする説が有力とされています。

●作曲者が発見された名曲「仰げば尊し」

 日本初の音楽教科書『小学唱歌集』に収録され、卒業式の定番曲としても有名な名曲「仰げば尊し」も、長らく作曲者不詳とされてきました。しかし、2011年に一橋大名誉教授で英語学・英米民謡歌謡論が専門の櫻井雅人氏が、「SONG FOR THE CLOSE OF SCHOOL」というアメリカの曲が原曲であることを発見し、話題となりました。

 「SONG FOR THE CLOSE OF SCHOOL」は、直訳すると「学校教育の終わりのための歌」で、歌詞では友人や教室との別れを歌っているといいます。そして、1871年に出版された音楽教材に楽譜が掲載されており、旋律も演奏記号フェルマータの位置も「仰げば尊し」と全く同じ、と櫻井氏は述べています。

 ただし、作詞はT・H・ブロスナン、作曲はH・N・Dと記されていましたが、どのような人物か不明だといいます。

 先述した金田一春彦は生前、作詞・作曲者不詳の唱歌が多いことを憂いていました。そして、機会あるごとに作詞・作曲者不詳探しを呼びかけてきました。櫻井氏のような“音楽探偵”が、作曲者不詳とされる名曲たちの謎を、新たに解き明かしてくれるかもしれません。

<参考文献・参考サイト>
・『デジタル大辞泉プラス』(小学館)
・『日本国語大辞典』(小学館)
・『日本大百科全書』(小学館)
・『日本人名大辞典』(講談社)
・『唱歌・童謡ものがたり』(読売新聞文化部著、岩波書店)
・『「唱歌」という奇跡十二の物語』(安田寛著、文春新書)
・『仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡』(櫻井雅人/ヘルマン・ゴチェフスキ/安田寛著、東京堂出版)
・「仰げば尊し」原曲は米国の歌 19世紀、同じ旋律│日本経済新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG24054_V20C11A1CR0000/
・仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡
https://allreviews.jp/review/2108