米国の首都ワシントンへの通勤客らを運ぶ近郊鉄道「MARC」が無料配布しているポケット時刻表を開くと、本数の少なさに驚かされる。日本の一般的な地方のローカル線と比べても少なく、「これが世界最大の経済大国の首都圏を走る鉄道か!?」と目を疑うほどだ。メリーランド州に住む筆者はワシントン支局に出勤する際に本数がずっと多いワシントンの地下鉄を主に利用しているものの、MARCに乗ることもあるだけに背景を調べてみた。(共同通信=大塚圭一郎)

 【MARC】米国東部メリーランド州運輸局が、主に同州と首都ワシントンの間で走らせている。ウェストバージニア州にあるマーティンズブルグなどと結ぶブランズウィック線、メリーランド州最大の都市ボルティモアなどに向かうペン線、カムデン線の3路線で、運行距離は計約301キロ。いずれも全米鉄道旅客公社(アムトラック)や地下鉄「ワシントンメトロ」のレッドラインなどが乗り入れるワシントンの玄関口、ユニオン駅を発着する。同運輸局によると、2016会計年度(15年10月〜16年9月)の累計利用者数は896万1892人で、平日の1日当たりの平均利用者数は3万3930人。

 ▽貴重なポケット時刻表

 MARCの駅では、各路線の時刻表全てを配っている。折りたたんだ状態で縦21・2センチ、横9・2センチ。主要路線のペン線は用紙を六つ折り、ブランズウィック、カムデンの両路線はそれぞれ四つ折りにしてある。

 前回、「ポケット時刻表が相次ぎ廃止、なぜ?」鉄道なにコレ(20)(https://www.47news.jp/47reporters/6420757.html)でご紹介した通り、日本ではポケット時刻表の無料配布を廃止する鉄道会社が相次いでいる。それだけに、MARCが配布を続けていることは乗客サービスとして評価できよう。

 MARCの時刻表を開けると左側に駅名を縦に記し、上部に列車番号を記載しており、それぞれの列車の始発駅と発車時刻、各駅の到着時刻を確認できる。本数が最も多いペン線の時刻表は片側に平日ダイヤ、反対側に週末ダイヤ。上半分はユニオン駅からボルティモアへと北に向かう列車の一覧、下半分にユニオン駅へと南に向かう列車が載っている。

 ▽週末のダイヤはどこに?

 ところが、ブランズウィック線の時刻表は「月曜から金曜」、カムデン線は「月曜から金曜のみ」と平日ダイヤを紹介しているだけで、紙を裏返しても週末ダイヤは見当たらない。

 そこで表紙を確認すると、「平日ピーク時に運行」という意味の英語が記されていた。なんと平日の通勤利用が多い朝と夕方のピーク時間帯しか走っておらず、土曜と祝日は休みなのだ。

 しかも、この時刻表の発行は新型コロナウイルス流行前。〝平常時〟でも平日のピーク時間帯のみ、ブランズウィック線が1日当たり原則9往復、カムデン線は1日当たりそれぞれの方向に6、7本だったというわけだ。

 現在新型コロナ禍によって一段とそぎ落とされ、それぞれ平日に1日4往復するだけとなった。ブランズウィック線の場合、ユニオン駅から2時間余りかかるマーティンズブルグ駅までの2往復、途中駅のブランズウィック(メリーランド州)発着の1往復。途中から支線に乗り入れてユニオンから約1時間40分で到着するフレデリック(メリーランド州)行きの1往復だ。

 ▽最終列車の出発は早朝!

 日本では昨年5月に廃止されたJR北海道の札沼線の北海道医療大学(当別町)―新十津川(新十津川町)間が、新型コロナの緊急事態宣言に伴って昨年4月17日で運行を終える直前に1日1往復だった。しかし週末を含め毎日運行していたから、平日だけというブランズウィック線のフレデリック駅までの運行本数の方が少なかったことになる。

 さらに当時、新十津川駅を列車が出発したのは午前10時で、「日本一早い最終列車」という触れ込みだった。ところが、平日1日1本のフレデリック発ユニオン行きは早朝の午前6時5分発と、札沼線より4時間近く早い。平日に1日2本だけ走るマーティンズブルグ発ユニオン行きの最終列車も、早朝の午前6時25分発だ。

 ▽乗り遅れると大変

 どうしてワシントンへ向かう列車は、早朝出発しか運行していないのか。

 それは、この路線がワシントン方面へ向かう通勤客輸送にほぼ特化しているためだ。朝は職場に向かう利用者を乗せたユニオン行きの列車が“一方通行”で走り、夕方は反対に帰宅客を乗せてユニオン駅から郊外へ向かうのだ。

 メリーランド州運輸局が16年に実施したMARC利用者アンケートによると、回答者の72%が職に就いていた。学生と答えたのはわずか3%、退職者、主婦の回答はそれぞれ1%にとどまった。このアンケート結果に勤務先が載っていないものの、かつてMARC運行に携わっていた知人は「ワシントンに集まっている政府機関の職員が多い」と打ち明ける。

 夕方、ユニオン駅から郊外に向かう最終列車も早く、フレデリック行きは午後5時20分、マーティンズブルグ行きも午後6時20分の出発だ。ブランズウィック線でかつてワシントンまで通っていた米国人男性は「乗り遅れると大変なことになるので、夕方に勤務時間が終わると職場を急いで出て、ユニオン駅まで急ぎ足で向かうのが日課だった」と振り返る。

 ▽4分の3が在宅勤務に

 ワシントンへの通勤客の勤務先として大きな割合を占めている政府機関は、新型コロナ流行で在宅勤務が一気に広がった。ガバメント・ビジネス・カウンシルが昨年9月に米国の政府機関関係者を対象に実施した調査では約4分の3が在宅勤務をしていると答え、全面的に在宅勤務をしている人が63%に上った。

 政府機関が旗振り役となり在宅勤務が広がったことで、官庁都市ワシントンの“空洞化”が進み、通勤の足であるMARCなどの公共交通機関の運行にも大きな影響が出た。

 これまでに米国では新型コロナワクチンの接種が広がり、経済活動の再開が進んでいる。政府機関の機能が再開して職場復帰が進めば、MARCのダイヤも正常化する可能性が高い。ブランズウィック線は原則1日9往復、カムデン線も各方面6、7本に戻るだろう。

 しかしながら、列車の運行本数を平日にさらに増やしたり、週末にも走らせたりするという可能性は今のところ低い。それには二つの理由がある。

 ▽増発が難しい理由

 一つは、MARCは利用者の運賃収入では到底賄えない赤字運行が常態化していることだ。メリーランド州運輸局が所管する公共交通機関の運行費などに充てる資金は16会計年度に11億7175万ドル(約1296億円)。うち利用者が支払う運輸収入で賄ったのは1億4834万ドルと全体の約13%にとどまった。つまり、税金を元手にした連邦政府と州による補助金が運行を支えているのだ。

 さらに、1営業マイル(約1・6キロ)当たりの運行経費はMARCが23・41ドルと公共交通機関別で最も高く、2番目に高いボルティモア地区の次世代型路面電車(LRT)の14・50ドルを大きく上回った。運行を増やせば損失がさらに膨らむのは必至で、利用者の大幅増が見込まれる施設が沿線にできるといった特殊事情でもない限り、“金食い虫”MARCの本数増加は想定しにくい。

 もう一つの理由はMARCの3路線とも、走っているのは自前の線路ではないという事情だ。ブランズウィック、カムデン両線は貨物鉄道大手CSXトランスポテーションの線路、ペン線はアムトラックの線路をそれぞれ借りて運行している。本数を増やすには線路保有企業から同意を得るなどの煩雑な手続きが必要になる。さらに鉄道業界関係者は「CSXは自社の貨物列車の運転、アムトラックは自らの旅客列車の運行をそれぞれ優先したいと考えているため、MARCが運行本数を増やすことを提案しても簡単には首を縦に振らないだろう」との見方を示す。

 よって、MARCの運行本数は、新型コロナ禍後に正常化しても、日本のローカル線と比べても本数が少ない状態が続きそうなのだ。

 さらにMARCは利用者数がとりわけ少ない駅で、驚くべき“秘策”を採り入れている。次回ご紹介したい。

※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!