ドイツ南部ミュンヘンで欧州最大級の国際自動車ショーが9月に開かれた。新型コロナウイルスの感染拡大が収束しない中、主催団体は感染対策の徹底を約束し、欧米の主要な自動車ショーの先陣を切って再開にこぎつけた。欧州連合(EU)が2035年までにガソリン車やディーゼル車の事実上の販売禁止を打ち出す中、各社が出展を競ったのは電気自動車(EV)だった。EV開発を先行させ、世界で主導権を握ろうとする欧州メーカーの深謀遠慮が見え隠れした。(共同通信=宮毛篤史)

 ▽「ドイツ車はモテる」と運転手

 ロンドンのヒースロー空港を飛び立ってから約1時間50分、ミュンヘン空港に到着した時は9月5日の正午になろうとしていた。青い空、心地の良い日差し。普段生活するロンドンが暦どおり秋の装いを迎えたのに比べると、夏の名残を感じさせた。

 市内中心部のホテルまでは予約していた配車サービスを利用した。ストの影響で鉄道の運行に支障が出ると聞いていたためだが、何より地元をよく知る人にミュンヘンの経済状況を聞きたかった。待っていたのは地元ドイツの高級車メルセデス・ベンツのスポーツタイプ多目的車(SUV)GLE。日本では1千万円クラスのプレミアムカーだ。

 60歳ぐらいの運転手の男性は「加速がすごいだろう」とアクセルを強く踏み込む。「日本車も悪くないが、こいつの方がモテるね」と軽口をたたきながらアウトバーン(高速道路)を快調に飛ばしていく。「景気はどう?」と尋ねると、「夏は観光客が増えたけどコロナ前と比べるとまだまだ。ショーがきっかけになればね」と軽く首を振った。

 EVの話を振ると「今は400キロメートルぐらいしか走れないだろう。充電設備も少ないし、とてもじゃないけど仕事では使えないね」と否定的だった。ただ、メルセデス・ベンツが30年に新車販売の全てをEV化する方針だと伝えると「ドイツ人は言ったことを必ずやり遂げる。それがドイツ人なんだ」と力強く話した。

 ▽自動運転こそが真のゲームチェンジャー

 到着した5日の夜は市内でメルセデスとフォルクスワーゲン(VW)のドイツの大手2社がそれぞれイベントを開いていた。私はワーゲンの前夜祭を訪れた。英国でワクチンを接種したことを証明するアプリの画面を提示し、招待状を見せて入場が許された。

 ディース最高経営責任者(CEO)はジャケットを羽織っていたもののノーネクタイ姿の少しくだけた格好で登場し、人工知能(AI)の開発を手掛ける米国のスタートアップ「アルゴAI」のサレスキーCEOと30分間近くにわたって英語で対談した。

 両社は25年に自動運転車の商用サービスを始める計画を掲げる。ディース氏は「自動運転はかつてないほどわれわれの業界を変革する。それに比べるとEVへのシフトはある意味では簡単だ。自動運転こそが真のゲームチェンジャーとなる」と力説した。

 トーク終了後はディース氏も含めた幹部が会場に残り、「自動運転」「脱炭素社会」などテーマごとに分かれたブースに座った。同時通訳機も配布し、記者との質疑応答に気軽に応じていた。

 前夜祭の様子は海外メディアで報じられ、速報が世界で拡散した。その過程を垣間見て、企業トップの情報発信力の重要性を改めて感じた。

 ▽EVの祭典

 翌6日はプレスデーだった。モーターショーは通常、一般客が来場する前にメディア関係者向けの内覧会を開く。この日は午前8時半から各社のトップが分刻みで登場して製品や戦略をアピールした。主役は間違いなくEVだった。

 フォルクスワーゲンは展示する車を初めてEVに限定した。来場者の目を引いたのは、25年の発売を目指す小型EV「ID.ライフ」だ。想定価格は2万ユーロ(約260万円)と、現行の主力EVより3割以上安い。街乗りを想定したかわいらしい外観が特徴で、全長はトヨタ自動車のヤリスと同程度の約4メートル。狙いは都会の若者層という。

 プレゼンには乗用車ブランドVWを統括するブラントシュテッター氏が登壇した。VWがドイツ語で「国民車」を意味することに触れ「社名を実現することがわれわれの使命だ」とアピールした。

 メルセデス・ベンツのブースでもEVが存在感を見せていた。ひときわ目立ったのが大型SUV「Gクラス」のコンセプトEVだ。Gクラスはオフロードで高い走破性能を誇り、日本でも愛用する芸能人が多い。パワフルだがスタイリッシュな姿をバックに、多くの来場者が写真を撮影していた。

 BMWのスタンスは2社と微妙に異なる。EVに限定せず、もう少し幅広いラインアップをそろえる戦略を掲げている。ブースの端には水素で走る燃料電池車(FCV)「iX5ハイドロジェン(水素)」を世界で初めて展示した。高級SUV「X5」をベースに、トヨタと共同開発した技術を採用した。水素の充塡時間は3〜4分で、EVに比べて大幅に短縮できる。

 ツィプセ社長は大量生産・大量消費の時代から、環境に配慮して廃棄物の発生を抑えた「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」への転換を訴えた。再利用した原材料のみで製造し、100%リサイクルできるコンセプトカーを紹介し、「世界で最も『持続可能な社会』に貢献する自動車メーカーになるというわれわれの願いを具現化した」と話していた。

 ▽欧州の「真の狙い」

 トヨタや日産自動車、ホンダといった日本の完成車メーカーは軒並み出展を見送った。モーターショーは各国の業界団体が催しており、ミュンヘンではドイツ自動車工業会だ。欧州メーカーが展示場の一等地を占め、日本企業が出展しても傍流の扱い。近年は「出展料に見合うメリットが得られない」(関係者)として参加見送りが増えていた。さらに今回は新型コロナ対策の隔離措置で日本との自由な往来が制限され、重い足がさらに遠のいた。そうした中で欧州メーカーの攻めの姿勢が目立った。

 数年前まで欧州で環境対応車と言えばディーゼル車だった。しかし、15年にVWの排ガス不正問題が発覚し状況が一変した。他社でも規制を逃れようと数値を操作していた疑惑が浮上し、売り文句の「クリーンディーゼル」は「ダーティーディーゼル」と呼ばれるようになった。追い込まれたVWはEVに懸け、ドイツがけん引するEUも域内での電池生産や充電施設の拡充などへの支援や投資を惜しまなかった。ここ数年で脱炭素化の流れが強まり、その成果が表れたのが今回のショーだった。

 EUの人口は約4億5千万人。これまでも規模を生かしてEUに有利な政策をつくり、世界に展開してきた。「環境」を旗印に排ガス規制の新ルールを設け、域内の企業に先行投資を促す。脱炭素化の流れの中でもそんな狙いが透けて見える。35年にハイブリッド車(HV)も含めた内燃機関車の販売を禁止する方針は欧州の自動車メーカーにとっても高く厳しい目標となるがEUの決意は固い。

 ▽新政権の環境政策、日本にも影響

 翌7日の開幕日は、メルケル首相がオープニングイベントで登壇することもあり、警備関係者の姿が目立ち、物々しい様子だった。会場のすぐそばの池では、朝から環境保護団体グリーンピースが待ち構えていた。異常気象を思わせる洪水の被害を受けた車の写真を手にしたメンバーが水の中に入り、30年までに内燃機関車の製造をやめるよう訴えた。

 グリーンピースの担当者に話を聞くと「ドイツの自動車業界のロビー活動が脱炭素化に向けた行動を遅らせている」と非難した。同時に「環境問題は世界共通の課題だ」と日本政府や日本の自動車メーカーにも一刻も早い対応を迫っていた。

 メルケル氏が率いてきた保守、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は9月26日の連邦議会(下院)選挙で敗北した。新政権は複数の政党による連立政権になる見込みだ。3位に食い込んだ環境保護政党「緑の党」が枠組みに入れば、環境政策が大きく変わる。その動きはEUを動かし、日本にも影響が及ぶ。