塩野義製薬の新型コロナウイルス感染症の飲み薬「ゾコーバ」について、厚生労働省の薬事分科会と専門部会は7月、緊急承認の適用を見送った。倦怠感や下痢など12症状の改善効果を、中間段階の臨床試験(治験)データでは明確に示せず、有効性の推定はできないと判断された。現在進めている最終段階の治験結果を踏まえ、改めて審議する。5月に施行されたばかりの新制度で承認の可否を議論する初のケースだったが、審議の過程では課題も見えてきた。薬事承認の専門家で、東京大の小野俊介准教授(医薬品評価科学)に聞いた。(共同通信=小川まどか)

 ▽議論から抜け落ちた「社会的ニーズ」の観点

 ―緊急承認を見送った判断についてはどう思いますか?
 ファイザーやメルクの既存薬がある中、今この薬がないと社会が混乱するのかどうか、という観点で考えると、私は緊急承認には当たらないと思っています。
 でも、臨床現場の医師は、選択肢は一つでも多い方がいいと考えているかもしれません。今回は、そういう社会的なニーズに照らしてどうなのか、という議論が抜け落ちていました。
 ―会合は異例の公開形式で開かれましたが、議論の過程をどう見ますか?
 米国の緊急使用許可制度をまねて制度は整えましたが、どう運用するのかは今回初めて試されたわけです。結局のところ、通常の医薬品審査と同じ欠点を指摘する減点方式で進められ、制度を作った意義は感じられませんでした。
 審査の実務に当たった医薬品医療機器総合機構(PMDA)は「薬が効いたようには見えません」という厳しいトーンの審査報告書をまとめましたが、「治療薬の安定供給など医療・社会的観点から本剤をより早期に使用可能とすることの検討も可能」と付け加えています。つまり、純粋な薬効評価の点数だけでなく社会的なニーズも勘案して承認すべきかどうか議論しましょう、ということです。
 しかし当日の議論を聞いていると、そんな話には1ミリもなりませんでした。限られたデータでの申請を認めておいて、通常モードでけちをつけた。まるで審査報告書の勉強会のようでした。メディアも緊急承認の要件にある「有効性の推定」という言葉尻にとらわれ、有効性とは何なのか、その定義を論じることはありませんでした。

 ▽「誰に薬を飲ませるか」の議論も抜け落ちた

 ―有効性の定義とはどいうことですか?
 

通常の審査では、患者が治ったかどうかを主軸に薬の効果を判定するのが基本です。今回塩野義は、症状を改善する効果をはっきりと示せませんでした。ただ、ウイルスを減らす効果はみられたわけです。家庭内感染の抑制につながる可能性はあり、例えば「他人にうつさないこと」が社会的に重要な論点になれば、そうした観点から有効性を定義することもあり得たのではないでしょうか。
 「有効性の推定」が難しいと役所も専門家もメディアも口をそろえて言いますが、本当に難しいのは「推定」の方ではなく、「有効性」という言葉の方だ、ということに気付く良い機会です。
 ―塩野義は重症化リスクに関係なく治験を実施したため、幅広く使える飲み薬として期待されていました。
 誰に薬を飲ませるのか、これも有効性の定義を考える上で重要な論点ですが、議論されませんでした。持病のある人に使って入院しないで済むことを重視するのか、元気な若者に飲ませて熱が出ないようにするのか、いろいろな設定が考えられます。薬の有効性を論じる際、誰に対してなのか、すっぽりと抜け落ちてしまいました。

 ▽お作法を超えた判断が求められていた

 ―塩野義はオミクロン株に特徴的な発熱やせきなど5症状に絞った事後解析で有効性をアピールしました。分科会の委員からは「後付けだ」と批判を浴びましたが、どう考えますか?

 お作法として良くないのは確かですが、限られたデータを前提に申請していいと言われ、科学的な主張を精いっぱい尽くそうとすると当然ああなります。信頼度は低いかもしれませんが、塩野義の立場としてはおかしくありません。
 そもそも最終段階の治験結果が出る前に承認しよう、という無茶な制度なんです。効くか効かないかだけで判断するなら最初から申請を受け付けなければよかったんです。通常のお作法からは外れていますが、お作法を超えた判断が求められたわけです。

 ウイルスが変異すれば評価項目も変わります。そうした不確実性を念頭に置きながら、データを味わい尽くし、社会情勢を踏まえた議論をしなければならなかったと思います。難しいことですが、この難しさからは逃げられません。議論の力点の置き方に問題がありました。

 ▽弁護士不在のままでやる裁判のよう

 ―公開形式でしたが、議論の場に塩野義の関係者は呼ばれず、誰が答える質問なのか、迷う場面が何度かありました。
 塩野義の関係者も呼ばれるべきだと思います。米国の審査では製薬会社の関係者も呼ばれます。薬を開発した人じゃないと答えられない機微に触れる情報がたくさんありますが、日本では長年そういう慣習になっています。
 医薬品評価の専門的な知見を持った委員も少ないですし、採決すら基本的にしません。非公開の場で暗黙の内に「意見は尽くしました、では全会一致で」となるのが実態です。弁護士が不在なまま裁判をやっているようなものです。これからはどんどん公開で行うべきだと思います。

 ―緊急承認制度を作った意義が問われています。
 有事の際に必要な薬が使えないことがないよう設けた制度ですよね。将来、もっと危険な感染症が問題になっても今回のような運用をしていては機能しないと思います。規制側には危機的な状況下で必要な薬を一緒に作り上げようとする、伴走者のような姿勢が求められていると考えます。

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 小野俊介氏(おの・しゅんすけ)。1989年、東京大大学院薬学系研究科修了、旧厚生省入省。2005年、医薬品医療機器総合機構、2006年から現職。専門は医薬品研究開発、医薬品規制、薬効評価。