この夏、木香茨(モッコウバラ)をよく見かけた。黄色のかれんな花々が、民家の軒先に咲きこぼれていたり、庭にアーチをつくっていたりした。

 木香茨はこのたび結婚した女性と深い関わりがある花だ。目についたのは、彼女のことが気になっていたせいだろうか。(共同通信編集委員、47ニュース編集部=佐々木央)

 30年前、1991年10月29日に共同通信が配信した記事の冒頭を引用する。

 ―秋篠宮、紀子ご夫妻の長女の命名の儀が29日午前、皇居内の宮内庁病院で行われ、名前は「眞子」と、持ち物などに付けるお印は「木香茨」と決まった―

 木香茨について、記事はこう説明する。

 ―5〜6月に黄色い小さな花をつける中国原産のとげのないバラ。ご夫妻はこの花が好きで、結婚後宮邸の庭に植えられており、出産にあたり増築した子供部屋から見下ろす位置にあるという―

 何かを思い、何かに悩んだ日も、長女はこの花を見下ろしただろうか。花言葉を調べると「純潔」「あなたにふさわしい人」「初恋」「幼いころの幸せな時間」「素朴な美」とある。花言葉にしては珍しく、ネガティブなものがない。

 「眞子」という名前が発表された時、私は宮内庁の記者クラブにいた。報道に当たって、ある問題が生じたことを思い出す。それは眞子という名前そのものにかかわっていた。記事は命名の理由をこう記す。

 ―宮内庁によると、「眞」には「自然のまま」「ありのまま」などの意味があり、秋篠宮さまが「自然に飾ることなくありのままに人生を歩むよう」と願って命名、紀子さまも賛成されたという。国語学者にも相談「眞」の字は早い段階で決まり、読み方については何通りかの候補から秋篠宮さまが「ひらめきと響き」で「まこ」に決められた―

 他の読みとしては「さだ」「ちか」「なお」「まな」などいろいろあるようだが、母親が「きこ」であることからも、「まこ」は自然な選択であったと思う。

 問題というのは、そのことではなかった。紙面でそれに触れているのは、調べた限りでは朝日新聞だけである。命名の儀を報じた本文の後に、次のような断り書きが付されている。

 ―「眞」は常用漢字の「真」にあたる。戸籍法施行規則の付則別表「人名用漢字許容字体表」に含まれており、一般の出生届でも受け付けられる―

 わざわざこのような文章を加えたのは、朝日新聞が原則として「眞」という文字を紙面で使っていなかったからだろう。共同通信社も同様だった。常用漢字が定められている場合、その字体を用い、固有名詞であっても旧字体や異体字は使わない。

 戦後の流れを見ると、漢字の使用制限は徐々に緩和されてきているが、共同通信は今も原則として「澤」は「沢」と、「圓」は「円」と表記する。

 最近、ある水族館を取材したとき、飼育責任者の姓に「澤」が含まれていて、彼から「記事でも『澤』を使ってほしい」と要望を受けた。私は次のように返信した。

 ―名前の表記にアイデンティティーというか、誇りを持っていらっしゃると拝察いたします。それを無視するような形になり、おわび申し上げます。そのうえで、メディア業界の事情を説明させてください。

 これには戦後の日本語表記の平易化(言葉を換えると民主化)が絡んでいます。

 戦前、新聞にも公文書にも難しい言葉や漢字がいっぱい使われ、言葉はいわば知識人や権力者のものとなっていました。文字が読めなかった人も少なからずいたと聞きます。

 戦後、誰でも読めて書ける(情報の受発信が自由な)社会の基礎として、当用漢字だけを使うという漢字改革が行われました。その後、当用漢字は常用漢字となり、使える漢字は増えていっているのですが、まだ制限は残っています。(中略)

 共同通信の基準は、他の新聞社と比べても使用制限が厳しいのですが、それは通信社と多数の加盟社の間で情報をやりとりするとき、コードが複雑化すると、技術的にもコスト的にも大変になるという事情もあります。そのようなことから、お名前の表記を「沢」とすることを認めていただきたいのです―

 彼は私の説明を受け入れてくれた。

 確認しておきたいのは、もともと「眞子」という名前は、一般的な表記との確執をはらんでいたという点だ。「自然に飾ることなくありのままに」という父母の願いとは逆に、メディアに対しては、常用漢字にない字体を許容せよと、踏み絵を踏ませる形となった。そしてほとんどのメディアがそれに従った。

 この後、彼女は「眞子さま」と呼ばれるようになる。普通の赤ちゃんなら「眞子ちゃん」だろう。彼女に対する敬称もまた、一般的な敬称使用のあり方と衝突している。

 しかし、彼女の誕生から命名、成長から結婚に至るまでのメディアの報道を俯瞰(ふかん)するとき、もっと根本的な疑問が浮かび上がる。

 彼女がもし一般人の家庭に生まれたとしたら、誕生も命名も成長の過程も、メディアが報じるということはあり得なかっただろう。それがニュースとなったのは、ひとえに彼女が皇族として生をうけたからだ。いま、結婚相手ばかりか、相手の母親までもが世間の注目を浴びているのも、同じ理由からだ。

 歴史的に、天皇は血統のみに依存する「血のカリスマ」であった。現行法でそれを担保するのは、皇位の世襲を定める憲法2条である。そして憲法4条は「国政に関する権能を有しない」として、天皇を政治的に無力化した。

 こうした条項が相まって、天皇と皇族に関しては、誕生や死、結婚や病という私事こそが公事となり、市民の関心事になるという逆転現象を引き起こしている。

 それに加えて彼女の父親は、結婚の準備を進める条件として「多くの人が納得し喜んでくれる状況」を挙げた。ところが憲法24条1項は、婚姻は「両性の合意のみに基いて成立」すると定める。そこに国民の理解や祝福が介入する余地はない。父親はなぜそんなことを言いだしたのか。

 その理由を法律に求めるなら、憲法1条に帰着するだろう。

 ―天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く―

 天皇制は「国民の総意」に基づく。皇族に関する規定ではないが、天皇がなければ皇族もないのだから、この根拠規定は皇族の存在にも及ぶだろう。

 「国民の総意」は本来、国民投票でもしなければ確かめられない。あいまいで、なんの実態もないと退けることも可能だ。

 しかし、このことを今の上皇家や天皇家、秋篠宮家の人たちが重く受け止めていることは疑いがない。それぞれが「国民とともに歩む皇室」と言い、「国民を離れた皇室はない」とも語ってきた。

 つまり、市民の理解や支持、敬愛を失ったとき、天皇制は終わると考えているようだ。そして、長く続いてきた天皇制をここで終わらせるわけにはいかないと。

 このある種の使命感や危機意識は、戦後、天皇制が危殆(きたい)にひんした経験がもたらしたのではないかと、私は考えている。極東国際軍事裁判で死刑判決を受けた東条英機らの処刑は、皇太子(いまの上皇)の誕生日だった。それは先の戦争に関与した天皇家に対する警告として、当事者たちの胸に深く刻まれたはずだ。

 それにもかかわらず、秋篠宮家の長女は結婚の意思を貫いた。

 自然に、飾ることなく、ありのままに。父母がその名に込めた願い通り、彼女は世間の逆風にあらがって、人生を歩もうとしているように見える。一人の人間として生きることを選んだその旅立ちを、同じ一人の人間として、静かに見守りたい。

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