国語教員はここ数年、一つの問いに頭を悩ませてきた。

 「果たして『文学』と『論理』は分けられるのか」

 きっかけは、文部科学省が2018年に告示した高校の新学習指導要領。これまで一つの科目で扱ってきた評論と文学を、別々の科目「論理国語」「文学国語」などで教えることになった。

 ただ、大学入試には評論が頻出するため「論理国語」だけを履修する生徒ばかりになり、「こころ」(夏目漱石)や「山月記」(中島敦)といった定番小説を教えられなくなるとの危機感も広がった。2021年度検定を終えた「論理国語」と「文学国語」の教科書から、国語教育のこれからを考えた。(共同通信=酒井沙知子、川嶋大介)

 ▽読解力低下は「心情読解」中心の授業のせい?
 世界の15歳を対象にした経済協力開発機構(OECD)の「PISA」という国際学力調査がある。主に知識の活用力を測るもので、日本は高1が受ける。15年に実施された調査で読解力の平均点が低下し、18年調査はさらに下がった。原因としてやり玉に挙がったのが、文章を丁寧に読み解き、登場人物の心情をくみ取っていくという、多くの人が慣れ親しんできた国語の授業だった。

 「教材の読み取りが指導の中心になることが多い」。国の教育施策を議論する中教審は16年、こう批判した。これを受け、文科省は高校の新学習指導要領で「実社会での活用」に大きくかじを切り、国語の科目を再編した。

 必修科目「国語総合」は「現代の国語」と「言語文化」に分割。これまで「現代文」という名称だった選択科目は「論理国語」と「文学国語」に分かれた。評論は「現代の国語」と「論理国語」で、小説や詩歌は「言語文化」と「文学国語」で学ぶことになった。

 この科目構成が明らかになると「論理と文学は切り分けられない。高校生にはどちらも学んでほしい」「長年親しまれた定番小説に触れることがないまま、卒業するのではないか」と危ぶむ声が広がった。

 主に1年次に学ぶ「言語文化」は2単位で週に2コマ程度。古文・漢文も教えるため、小説を学ぶ時間は限られる。2年次以降に学ぶ「論理国語」と「文学国語」(いずれも4単位、週4コマ程度)は、授業時間数の関係から両方の履修が難しいと考えられた。

 大学入試は評論の出題割合が高い。受験を見据える多くの高校が「論理国語」を選ぶとの懸念も高まった。
 それでも、文科省の態度はかたくなだった。
 「ノンフィクションの科目で、フィクションが入る余地はない」

 新学習指導要領が公表された後の18年夏、教科書会社を集めて開いた説明会。文科省の担当者は、必修科目「現代の国語」について「フィクションは『言語文化』に入れてください」と言い切った。

 ある編集者が「村上春樹や吉本ばななのような、『現代文』の定番作品も入らないのか」と疑問を呈したが、強い口調で否定された。参加者の一人は「『現代の国語』と、その発展科目とされる『論理国語』に小説は入れられないと、諦めにも似た空気が広がった」と振り返る。

▽現場と国の板挟み、「垣根」を越える試み

 22年3月、「論理国語」「文学国語」の教科書が検定に合格し、公表された。13点が合格した「論理国語」では、評論だけでなく、裁判の判決文や就職活動の履歴書の書き方、SNSへの投稿といった教材が並んだ。これらは新学習指導要領がうたう実社会での活用を意識したものだ。共通テストを意識し、複数の文章を組み合わせて読ませる記述もあったが、いずれの教科書でもそれほど比重は高くなかった。

 目立ったのは、「である」ことと「する」こと(丸山真男)といった評論の定番教材。それに加え、作家の浅田次郎さんや宇宙飛行士の毛利衛さん、ノーベル賞受賞者の山中伸弥さんら、高校生も親しみやすい筆者による随想的な文章が載った。

 一方、桐原書店と数研出版は「論理国語」に小説を載せた。文科省の「小説は入れられない」という方針とは異なるが、評論を読むための「参考」「資料」と銘打ち、検定をクリアしたのだ。宮沢賢治の「なめとこ山の熊」など小説3編を載せた桐原書店の担当者は「検定では、評論と関連づけていないと何度も修正を求められたが、なんとか掲載を維持した」と打ち明ける。

 その逆に、11点が合格した「文学国語」で評論を載せた教科書会社も多かった。筑摩書房と三省堂は、硬質な文章で知られる定番教材「無常ということ」(小林秀雄)を採用した。筑摩書房の担当者は「『文学国語』を全ての人文知の教科書と考えた」と言う。

 「評論も文学も教えたい」という国語教員と、それを切り分けろという文科省の板挟みになった教科書会社。「論理国語」「文学国語」ともに、評論と文学の垣根を懸命に取り払おうという思いが感じ取れた。

 一方で、評論と文学を教える科目を分けたことで、思わぬ副産物もあった。採録できる教材やページ数が増えたため、隠岐さや香さんや北村紗衣さん、ドミニク・チェンさんや荻上チキさんら、これまでの教科書ではなじみのなかった若手筆者の文章が「論理国語」「文学国語」のそれぞれに載った。

 編集者の一人は「今までなら定番を優先し、載せられなかった挑戦的な教材を採用できたのは良かった」とけがの功名を語る。

 ▽あらわになった検定の本質

 文科省は教科書検定について「教科書の著作・編集を民間に委ねることにより、著作者の創意工夫に期待するとともに、検定を行うことにより、適切な教科書を確保することをねらいとして設けられているものである」(ホームページより)とする。ただ、国語編集者の間では、近年の検定ではそれが揺らいでいるとの不満もうずまく。

 従来、国語の検定は誤字や脱字、編集ミスへの指摘が大半で、歴史認識問題などが絡む社会科とは違い、文科省側と対立することはまれだった。ところが、20年度検定では「論理国語」と同様に小説などは排除するとされていた「現代の国語」で、芥川龍之介の「羅生門」など小説5作品を載せた第一学習社の教科書が合格した。

 他に同様の形で小説を載せた社はなく、第一学習社が「従来の『現代文』教科書のイメージでご利用可能」と宣伝したこともあり、採択でトップになった。文科省は他社からの抗議を受け、小説について「今後はより一層厳正に審査する」との教科書検定審議会の見解を公表したが、編集者らの怒りは収まらない。

 今回の検定では「論理国語」に小説を載せた桐原書店に対し、文科省側から再三、修正要求があった。桐原書店の担当者は「小説が評論と適切に関連付けられていないと繰り返し指摘された」と話す。最終的に合格したが、合格基準の不透明さに首をかしげる。

 専門家を交え、数年間かけて編さんする教科書が、検定不合格となれば経営は大打撃を受ける。万が一、不合格となったら―という思いは教科書会社につきまとう。ベテラン編集者は「教科書検定は国の権力行使であると、改めて思い知った」と話す。

 ▽高校の国語教育は変わるか?

 大学入試センター試験を衣替えし、21年1月から始まった大学入学共通テスト。国語では小説を題材にした問題が2年連続で出題された。生徒会規約や著作権法の条文が題材となった試行調査の問題とは違い、「実用的」な色合いはそれほど見られない。

 22年春、新学習指導要領に基づく高校教育がスタートした。大手予備校などによると、進学校は2年次以降に「論理国語」中心のカリキュラムになると見込まれていたが、共通テスト対策として「文学国語」も履修する高校は多そうだという。

 国語の免許を持つ首都圏の公立高の校長は「国語の教員は文学好きばかりで、文学を教えたいものだ」とした上で、「新しい筆者が多い評論は教材研究が必須だが、定番の小説なら長年の経験から、準備なしに教えられる。現場の多忙さもあり『小説を教える時は一息付ける』と話す教員もいる」と打ち明ける。

 この校長は、実社会での活用という新学習指導要領の方向性自体は理解できるといい、「生徒に身に付けさせたい力が変わってきた。指導する側も変わらざるを得ない」と語る。

 以前なら学習指導要領が大きく改定される際、文科省や都道府県教育委員会による丁寧な周知や研修があったが、今回はそれもない。「一方的に押しつけられた感じで、それでは現場はなかなか変わらない」とため息をつく。

 教科書編集者の一人はこう言う。「ここまで来たら、論理か文学かという議論はナンセンス。目の前にいる生徒の国語の力を付けるにはどうしたらいいのか。それを考えて動くしかない」