プロ野球・広島東洋カープの試合内容などを批判・中傷する際に、被爆者差別や地域差別に当たる言葉が、インターネット上では日常的に使われている。プロ野球では、ライバルチームや対戦相手のファンが下品なヤジを飛ばすのは昔からある光景だが、差別用語は明らかに行き過ぎだ。カープのOBや被爆者からは「許せない。放置してはいけない」という声が上がっている。対策が必要ではないか。(共同通信=角南圭祐、松橋一之進)

 ▽往年の名選手も批判
  

  「差別用語。相手ファンが負けた腹いせにやっているんだろう。言葉の暴力で、最低のこと」。広島と阪神で通算119勝を挙げた元投手、安仁屋宗八さん(78)は憤る。「絶対に使っちゃいけない言葉。侮辱だ」と強調した。
  ツイッターやネット掲示板では、カープの試合内容が話題になると、必ずといっていいほど「ケロカスは黙れ」「ケロカス弱すぎ」といった書き込みが多く目につくようになる。「ケロイド」と「カス」を組み合わせた造語だ。広島が1945年、原爆の被害に遭い、ケロイド状のけがを負った人もいたことから付けられた言葉のようだ。 

 さらにひどい書き込みになると、「ケロカスって朝鮮の臭いがする」などと、民族差別とも組み合わせた投稿もある。 

 安仁屋さんだけでなく、被爆者も憤りを隠さない。広島被爆者団体連絡会議の田中聡司事務局長(78)は「面白がって使っているんだろうが、明確に差別だ」と眉をひそめる。「ケロイドがあった被爆者は、爆心地近くで『直爆』を受けた人たちで、本当に苦労された。結婚差別や就職差別もあった」と話した。

 ▽「原爆ってうつらないんだろ」
 

 田中さん自身は、1945年8月6日に米軍が原爆を投下した数日後に広島に入った「入市被爆」だ。ケロイドはない。それでも、被爆者に対する差別を感じて生きてきた。東京の大学に進学した1960年代、銭湯で友人から「田中、原爆ってうつらないんだろ」と聞かれ、ショックを受けた。
 当時は、被爆者に対するこうした差別や偏見が社会問題化していた。被爆者は、自分だけでなく家族も差別を受けるのではないかと恐れ、被爆者であることを隠し、被爆者健康手帳も申請せずに暮らす人が多かった。田中さんは、被爆者が受けた差別という二次的な被害の悲惨さを、こう説明する。「被爆から77年たった今も被爆者健康手帳の申請は途絶えない。それは、これまでずっと差別があったから。子どもの結婚や就職を待ってから申請する被爆者もいる」

 1986年のチェルノブイリ原発事故や、2011年の東京電力福島第1原発事故の際には、放射線被害を受けた人たちへの差別もあった。「普段は人々の中に潜む差別意識を感じなくても、そうした時に折に触れて思い出される。それが差別だ」と指摘した。

 ▽受け取る人は一生忘れられない
 広島県原爆被害者団体協議会の佐久間邦彦理事長(77)も、こうした言葉をインターネットで気軽に書き込む人を批判する。「被爆者にとって嫌な言葉で、広島全体に向けての差別でもある」。佐久間さんもやはり思い出すのは、若い頃に自身が受けた差別だ。

 東京で暮らしていた20歳ごろ、当時交際していた人の母親から「広島の人?なぜ?」と言われたことが今でも胸に残っているという。「『広島の人?』自体は差別用語ではない。しかし、使われる状況や発言者の意図によって、受け取る人が一生忘れられない言葉であれば、やはり差別だ」と話した。佐久間さんはこの発言を機に、東京暮らしをやめて広島に帰郷した。
 田中さんは「いじめと同じで、見過ごしたらいけない。はびこってしまう。放置してはいけない」と力を込めた。 
 ツイッタージャパンに見解や対応について尋ねたが、2週間たっても回答はなかった。