がんと診断された人が抱える「自分の性機能や生殖機能はどうなるのか」という切実な悩みに応えようという動きが広がってきた。患者も医療者も「命に関わる病気になったのに、こんなことで悩んでいいのか」と思い込み、タブー視してきたようだ。「がんになっても一人一人に大切なこと。だからためらう必要ない」と訴える医療者とがん経験者にそれぞれの思いを聞いた。(共同通信=山岡文子)

 ▽がん治療で性交疼痛や勃起障害に

 昭和大学保健医療学部の渡邊知映教授はがん看護学が専門で、がん患者の性について研究している。昭和大学病院ブレストセンター(東京都品川区)では看護師として乳がん患者の相談に乗ったり、院内の患者支援活動に携わったりしている。

 ―がん治療によって、どのような性機能障害が起きやすいのでしょうか。
 「女性が卵巣を摘出したり、抗がん剤治療やホルモン治療を受けたりすると、エストロゲンというホルモンが欠乏した状態になります。それが性交疼痛(とうつう)の原因になることがあります。男性の場合は、手術による勃起障害や射精障害などがあり得ます。薬物療法によってホルモンが少なくなったり、体力が低下したりすることもあります」
 ―有効な対策はあるのでしょうか。
 「女性の性交疼痛は、膣(ちつ)潤滑ゼリーを使って軽くできるかもしれません。男性はバイアグラのような薬物療法が有効な場合もあります。ただ、症状も対策もさまざまなので一概には言えません」
 ―病院は「副作用や後遺症として性機能障害があるかもしれない」と患者に説明しているのでしょうか。
 「残念ながら、まだ十分な説明はされていないのが実情です。患者さんは悩みがあれば、主治医や看護師に聞いてみてください。質問を受けた医療者も、その場限りにせず、次回お会いする約束をして具体的な情報や相談先を調べればいいと思います。泌尿器科や『性外来』がある婦人科を受診するという選択肢もあります。日本性科学会でも相談を受けています。『認定NPO法人キャンサーネットジャパン』では、アプリで相談を受け付けています。私や婦人科、泌尿器科の医師が回答します。プライバシーも守られるので、患者さんもパートナーも気軽に利用してほしいと思います」
 ―医師や看護師には質問しにくいと感じる患者は多いように思います。
 「性機能障害が治療の影響なら、対応するのは私たち医療者の仕事です。しかし『自分が口を出していいのか』という遠慮があるようです。患者さんには『自分の命を助けてくれたお医者さんに、こんなプライベートな質問をするべきではない』という思いもあり、お互いの気持ちが見えにくい状況が続いていました」
 ―どのぐらいの患者が悩んでいるのでしょうか。
 「日本では、実態把握が進んでいませんでした。私は昨年『キャンサーネットジャパン』と合同で、患者の性に関する課題を調査しました。480人の患者さんと89人のパートナーがアンケートに回答してくれました。『がん治療後、性欲が低下した』と答えた女性は43%、男性は33%に上りました。この他、女性の25%は性交疼痛があると答えました。男性の33%は勃起障害があるとし、16%は射精障害があると答えています」

 ▽恋愛や結婚という課題も

 ―小児や思春期世代への支援は、どうなっているのでしょうか。
 「小児がんになった子どもや若い世代が将来、子どもを持つかどうかを選択できるように、子どもをつくる能力である『妊孕(にんよう)性』を温存する仕組みが充実してきました。これは、がん治療が始まる前に精子や卵子、受精卵などを保存しておく方法です。その選択肢さえなかった時代を振り返ると、大きな進歩です」
 「こうした若い患者さんには、子どもを持つ前に恋愛や結婚という課題があります。子どものころや思春期に、がんという大変な経験をした人が、成長する中で恋愛などを当たり前に楽しめるよう医療者だけでなく、社会で理解を深めていくことが必要だと思います」

 ▽自分の言葉で伝える難しさ

 ―がん患者は、パートナーとのコミュニケーションについても悩むことが多いと聞いています。
 「昨年、私が行った調査でも、多くの女性の患者さんが、パートナーとの関係に悩んでいることが浮き彫りになりました。夫は、がんになった妻をどう支えればいいのか、どう関わればいいのか分からず、ものすごく心配していても、その気持ちをうまく妻に表現できないようです。がんになった妻も、自分の意見を夫に言いにくいようです。アンケートの自由記述には『性生活については病院から夫に伝えてほしい』という声が複数あったことは驚きでした」
 ―カップルは、どのようなコミュニケーションを心がけるといいでしょうか。
 「日本の文化的な背景が影響しているのかもしれませんが、長年連れ添ったカップルでも、自分がどうしてほしいのか、特に性について言葉で伝えるのは難しいものです。まずは、自分の身体の中で何が起きているのかを医療者と話し合い、患者さん自身が理解した上で、相手に伝えてほしいと思います」
 「コロナ禍では、感染を恐れるがん患者さんから『パートナーとどう触れ合えばいいのか分からない』という相談を受けたこともあります。お互いを思いやり、安心して楽しめる方法を見つけられればよいと思います」
 ―がん患者の性をテーマにした講演会や、患者会で話題になることが以前より増えているようです。
 「女性が抱える健康上の不安や悩みを技術で解決する『フェムテック』や『生理の貧困』『更年期』といった言葉を日常生活で耳にする機会が多くなったことと関係があるのかもしれませんね。がん患者さんにとっても、もっと相談しやすい雰囲気になればいいと心から願っています」

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 ▽死んでも手術を受けたくなかった

 27歳のときに大腸がんが見つかり、再発や転移を繰り返した柿本聡さん(42)は、患者会で自分の体験を語る機会が増えた。

 ―がんと診断されたとき、医師から性機能についてどんな説明を受けましたか。
 「まず『手術を受けたら人工肛門になります』と言われました。『30歳まで生きるのは難しい』とも言われました。しかし、それよりもショックだったのは『性機能障害になる可能性があります』という言葉でした。年齢的に彼女が欲しいと思っている時期です。そのときは『死んでもいいから手術を受けたくない』と絶望的な気持ちになりました。手術後に勃起障害になったことが分かりました」
 ―「勃起障害は治る」と言われたそうですね。
 「『5年後には治る可能性がありますよ』と言われました。30歳まで生きられないと言われたのに、5年後に治っても間に合わないと怒りを感じたことを覚えています。結局、治りませんでした。その事実は今も受け止め切れていません」
 ―将来、子どもを持つことについては、どのような説明を受けたのですか。
 「手術の2日前に、唐突に『精子保存をしましょう』と言われました。翌日、産婦人科で容器をぽんと渡されました。そこは女性ばかりです。冷たい視線も感じました。精神的にも追い詰められているときに自分で射精するのは、つらかった。『これが最後になるのか』と思うと涙が止まりませんでした」

 ▽自分は一人じゃない

 ―なぜ患者会で体験を話すことにしたのでしょうか。
 「こんな思いをする患者さんを一人でも減らしたいからです。男性だけで集まることもあります。ざっくばらんに話せる場は貴重です。以前、参加者の一人に射精障害と勃起障害のどちらのほうがつらいかという話を、私から振ってしまったことがあります。どっちもつらいのに、その人は私の気持ちを受け止めてくれました。とてもありがたかった」
 「がんになった人同士だからこそ分かり合える経験や気持ちを共有できる機会は必要です。自分は一人じゃないんだと分かるだけでもいいのかな。ただ、どの患者会でもいいわけではありません。自分の悩みを打ち明けたいと思っている人は、自分が話しやすい会を探してみてください」

 ▽子どもを持つこと

 ―がんと診断された後、女性と交際したことはありますか。
 「何度かあります。でも結婚は考えられませんでした。お付き合いする女性には『結婚はしない。彼氏彼女の関係でよければ』と伝えてきました。理由は、再発や転移があり、自分が将来どうなるのか分からないからです。結婚して奥さんの重荷になりたくないと思いました」
 ―子どもを持つことについて、どのようにお考えですか。
 「精子保存はやめました。遺伝性のがんだと分かったからです。でも私は柔道を教えているので、教え子が自分の子どものようだと思うこともあります。最近は、こういう自分を全部ひっくるめて受け入れてくれる人がいれば『結婚もあり』と考えるようになりました。自分が思い描いてきた結婚とは違ってもいいのかもしれないと思えるようになりました」

 ―性機能障害があるがん患者に伝えたいことありますか。
 「私のようにパートナーがいない人の中には、どうすればいいか分からず一人で泣いている人もいます。何を大切に思うのかは一人一人違いますが、自分だけで抱え込むのはやめませんかと言いたい。私ががんと診断されたときは、こんなことを語り合える環境ではありませんでした。やっと話せる時代が来たんです。もし機会があれば話してみてはいかがでしょうか」
 ―病院にはどのような対応を希望しますか。
 「患者の相談を真剣に受け止めてほしいです。どこにどう相談すればいいのか分からない人は、今でも多いんです。患者に届く情報も、まだまだ足りません。ぜひ病院側から積極的に発信してほしいと思います」

認定NPO法人キャンサーネットジャパン https://www.cancernet.jp/

日本性科学会 https://sexology.jp/