菅義偉首相が26日、臨時国会で就任後初の所信表明演説に臨んだ。首相指名から41日目。よくぞここまで国会を放置して平気だったなという思いはあるが、それはとりあえず置こう。この臨時国会は菅首相にとって就任後初の国会であると同時に、立憲民主党の枝野幸男代表にとっても、合流により新立憲民主党となって初の国会論戦。1年以内に確実に行われる次期衆院選で、2人は次期首相の座をかけて戦うことになるだろう。

 そんな思いで26日の菅首相の所信表明演説、そして28日の枝野氏の代表質問を聞いた。大半の報道では菅首相の日本学術会議の任命拒否問題に関する答弁に焦点が当たっているが、ここではそことは若干違う点に言及してみたい。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

 最初に枝野氏の質問から話を進める。その方が、菅首相の所信表明演説を分かりやすく評価できると考えるからだ。

 枝野氏の質問は冒頭、「支え合う共生社会」「分散型の自然エネルギー立国」という、立憲民主党の目指す社会像の紹介から入った。なるほど、合流による新立憲民主党としての初の代表質問でもあり、菅首相への質問というより、自身の事実上の「所信表明演説」という認識で演説を組み立てたのだろう。そんな風に思いながら聞いていると、やがて話は新型コロナウイルスをめぐる個別の対策へと移っていった。

 ▽政府は新型コロナウイルス感染症患者を受け入れた医療機関などに絞って支援を決めたが、全体が厳しい経営状況にある。すべての医療機関に対する経営支援を速やかに実施すべきだ。

 ▽介護や障がい福祉、保育や放課後児童クラブなどの現場で働く人々の待遇改善を急ぎ、賃金を大幅に底上げすべきだ。保育士の賃金を月額5万円引き上げる法案の成立に協力を。

 ▽来年度の介護報酬改定で、介護事業所の安定的な運営や人手不足解消に向け対策を講じるべきだ。

 ▽大学は遠隔授業を強いられているのに授業料が高額で、退学を検討する学生が増えている。授業料を半額にすべきだ。

 ▽来春の新卒採用が大きな影響を受けている。「卒業後3年以内は新卒扱い」という指針の徹底を要請するだけでなく、より実効性のある対応が必要だ。

 ▽教育現場では、教職員が本来業務ではない感染防止対策に追われ、負担が増えている。必要な法改正を行い、少人数学級と教職員の増員を進めるべきだ。夜間中学への支援も必要だ。

 ▽雇用調整助成金の特例措置は12月末まで延長となったが、このままでは年明けに解雇が続出しかねない。本年度末までの延長を求める。

 ▽経済を立ち直らせるため、年収1千万円以下の人々への所得税の時限的な免除、困窮者への現金給付、消費税の時限的な減免などをハイブリッドに組み合わせて実行すべきだ。

 この辺まで来て「ちょっと待った」という思いが芽生えた。

 枝野氏の質問にではない。2日前の菅首相の所信表明演説に、こうした内容がほとんど触れられていないことに思い至ったのだ。

 菅首相も新型コロナの問題から入った。「爆発的な感染は絶対に防ぎ、国民の命と健康を守り抜きます。その上で、社会経済活動を再開して、経済を回復してまいります」と高らかに宣言した。そして、その後に続いた話はこうだ。

 ▽冬の季節性インフルエンザ流行期に備え、地域の医療機関で1日平均20万件の検査能力を確保する。

 ▽重症化リスクが高い高齢者や基礎疾患を有する方に徹底した検査を行うとともに、医療資源を重症者に「重点化」する。

 ▽ワクチンは安全性、有効性の確認を最優先に、来年前半までに全ての国民に提供できる数量を確保。高齢者や基礎疾患のある人々、医療従事者を優先して無料で接種できるようにする。

 ▽雇用を守り事業が継続できるように、最大で200万円の持続化給付金や4千万円の無利子・無担保融資などの対策を続ける。

 ▽「Go Toキャンペーン」で旅行、飲食、演劇やコンサート、商店街でのイベントを応援する。

 その後「ウィズコロナ、ポストコロナの新しい社会をつくります」として、さらに続けたのが「テレワーク社会の実現」「行政のデジタル化とデジタル庁の創設」「オンライン教育の拡大」などだった。

 これでいいのだろうか。

 何となく聞き応えのない所信表明だとは感じていた。その理由がここにあったのかと、枝野氏の代表質問を聞いて思い至った。

 「1日20万件の検査能力」も「医療資源を重症者に重点化」も、8月の安倍晋三前首相の辞意表明会見で言及された施策だ。「ワクチンを来年前半までに全国民に提供できる数量を確保」も、同じ日の政府の新型コロナウイルス感染症対策本部における決定事項だ。

 「安倍政権の継承」を掲げているのだから当然といえば当然。コロナ禍における政治の最大の課題が、感染拡大の防止と、傷んだ経済を立て直すことの両立をどう図るかであることに、大きな異論を唱えるつもりもない。

 しかし、コロナ禍で政治が考えるべきことは、決してそれだけではない。介護や学童保育をどう守るか。経済的に退学を考えるまでに追い詰められている大学生をどう守るのか。感染対策に追われ疲弊する教師たち(きっとこれは他にもあらゆる分野で苦しんでいる人々がいる)をどう守るか。幅広い行政分野で真剣に考えるべきことが山ほどあるはずだ。

 所信表明演説では、それらにほとんど触れていない。そういう状況で「世界の国際金融センターを目指します」とか言われても、まあそれも大事なのだろうが、今真っ先に語るべきは「そこじゃないだろう」としか言いようがない。

 「国民のために働く内閣」と言うなら、こういうことは野党に質問される前に、あらゆる政策分野に目配りした上で所信表明に盛り込み、自らの言葉で先に語るべきだったのではないか。

 野党に質問されて、答弁で初めて語る。それもほとんどが、安倍政権当時から使い回されたような官僚の作文の棒読み。本当はこんなところに突っ込みたくないが、その「棒読み」でさえ、小さな声で原稿を読みながら何度もつまずく首相の姿に「官僚の作文すら自分のものにできていないのか」と情けなく感じた。

 ということで、学術会議問題に入るまでの間に、気持ちは十分になえてしまった。

 一つだけ所信表明で評価すべきことを言うと、すでに大きく報じられている通り、地球温暖化対策に関して「2050年までの脱炭素社会実現」をうたったことだ。内容を評価しているのではない。先に「自然エネルギー立国」を掲げた立憲民主党と、かみ合う形での対立軸が生まれたことを評価しているのだ。

 28日の代表質問で枝野氏は、菅首相の方針に一定の評価を与えながらも「そのために原子力発電への依存を強めることがあってはならない。発電における原子力の依存度をどのように見込んでいるのか」とただした。菅首相は「再生可能エネルギーのみならず、原子力を含めたあらゆる選択肢を追求する」と答弁。地球温暖化への問題意識を共有しつつ、解決に向けた方策として、原発の利用について明確に立場が異なることが明らかになった。

 もともと菅政権と枝野氏の立憲民主党との間には、「自助」の必要性を強調する新自由主義的な菅政権に対し「支え合いの共生社会」をうたう立憲、というように社会像ではかなり分かりやすい対立軸ができている。そこへ、エネルギー政策という新たな対立軸が明確になったわけだ。これは素直に歓迎したい。次期衆院選で有権者への分かりやすい選択基準になるだろう。

 こういった論戦を、国会ではもっと積み重ねてほしい。そしてそういう国会の環境作りのためにも、学術会議問題は菅首相の側が十分な説明責任を果たし、6人を任命してすっきりと終わらせてもらいたい。もう論理破綻は明らかなのだから。