6日の衆院憲法審査会で可決された国民投票法改正案は、自民党と野党第1党の立憲民主党が採決前に法案の修正に合意するという、やや意外な展開となった。修正案の内容にはさまざまな意見があるだろう。だが、純粋に立法手続きの観点から言えば、重要な与野党対決法案について、国会質疑で論点を明示した上で、与野党協議で主張の違いを埋め、ともに賛成できる内容に修正したのは、本来望ましい展開だ。今回の法案修正を機に、与党はあらゆる法案について、普段から積極的に野党との修正協議に臨むよう求めたい。

 それはさておき、法案採決にあたって垣間見えた与野党の思惑は、やや不謹慎な言い方をすれば、政治的に非常に興味深かった。政局めいたことを書くのはあまり好みではないが、少し筆者なりの仮説を示してみたい。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

 長らく放置状態になっていた国民投票法改正案について、ここへ来て与党が採決に向け動いたのは、自民党総裁選や次期衆院選が近づくなか、保守層にアピールする狙いだったのだろう。だが、おそらく与党側には、もう一つ別の思惑があった。次期衆院選をにらんだ「野党の分断」である。

 そして、この与党の狙いについて、実は筆者は少々見立てを誤った。

 与党は「立憲民主党と国民民主党の分断」を狙っている。そう考えていた。野党は「CM規制など抜本改正の明確な担保がない」などとして採決に慎重姿勢を示していたが、国民民主党の一部議員に、改正案について「原案そのまま賛成」をちらつかせる動きがみられたからだ。

 与党が改正案を原案のまま強行採決すれば、立憲民主党を含む野党は反対しただろう。その時、国民民主党から賛成に回る議員が現れる可能性は否定できなかった。改正案は与党の「数の力」で原案通り可決される。一方、野党は衆院選目前で「足並みの乱れ」を喧伝(けんでん)され、イメージダウンになる。

 与党が狙ったのはこの線だと考えていた。そして、この状況で野党、特に立憲民主党がどう行動するのかに注目していた。

 立憲民主党がとった行動は、修正案を用意して、与党に法案の修正を持ちかけることだった。広告規制などについて「施行後3年をめどに法制上の措置を講じる」ことが付則に盛り込まれれば、採決に応じる考えを示した。

 与党に修正をのませて自らも改正案に賛成し、国民民主党との足並みの乱れを封じる。同時に、修正案に前述の付則を盛り込み、広告規制などについて「国民投票法の再改正」の必要性を明記することで、再改正前に改憲案を発議することを強くけん制する―。

 ここまでは想定の範囲内だった。しかし、与党はこれを蹴って原案のまま採決に臨むと筆者はみていた。現在の与野党の議席差なら、改正案は原案通りでも成立可能だ。野党の足並みの乱れを可視化するには、修正せず原案を採決した方が好都合ではないのか。

 だから、与党が立憲の提案をのんで修正に応じたことには驚いた。そして、筆者はその時に初めて気がついた。与党が「分断」を狙ったのは「立憲民主党と国民民主党」ではなく「立憲民主党と共産党」だったのではないかと。

 与党にとって「立憲民主党と国民民主党の分断を図る」ことは、特に参院で両党の勢力が拮抗(きっこう)していた1年前くらいまでは、おそらく一定の意味があった。「野党はバラバラ」のレッテルを貼りつつ、同時に支持母体の連合の力を分断し、そぐことにつながるからだ。

 しかし、昨年9月に立憲民主党と国民民主党の大半の議員が合流し、新たな立憲民主党が誕生した。立憲民主党と、合流せず残った国民民主党との議席差は大きく開き「立憲を中心とした野党共闘の構え」が確立した。今や連合も「共産党と組むなら立憲を支援しない」などと言うことは、ほぼなくなった。いまさら両党の分断を図っても、せいぜい国民民主党から数人の離党者を出す程度にとどまり、与党にたいした「うまみ」はない。

 むしろ現在の与党の懸念は、立憲民主党と共産党の「共闘の構え」の方だった。4月の衆参3選挙で野党が統一候補を擁立して全勝したこと、特に保守王国の広島で勝ちきったことは、与党には脅威だったろう。近づく衆院選で野党の候補者一本化を崩すために、立憲民主党と共産党を引きはがすことは、喫緊の課題だったはずだ。

 だが、こうした与党のもくろみは、結果として失敗に終わったと思う。

 立憲民主党は国民民主党とともに修正案に賛成し、共産党は反対した。与党の望む「野党の足並みの乱れ」である。だが、法案の賛否が分かれても、立憲と共産との間に亀裂が生じる気配は見られない。共産党の志位和夫委員長は、6日の記者会見でこう語った。

 「立憲民主党と態度が分かれたことは残念だが、『安倍・菅改憲』には反対するという大きなところでは(両党は)一致がある。大きなところでの一致を大事にして、総選挙に向けて共通政策にも明記し、戦っていく」

 ここへ来ての共産党の本気度には驚かされる。立憲、共産の両党は、2月の新型コロナ関連特措法の対応でも賛否が分かれた。今回同様、立憲が政府案を修正させて賛成に回り、共産党は反対した。それでも共産党は、野党第1党との違いを出すことを徹底的に避け、違いを受け入れつつ「野党ブロックを崩さない」姿勢に徹している。

 そう言えば立憲民主党の枝野幸男代表は、あの3選挙で野党全勝を勝ち取った直後の4月27日、共産党の志位氏、国民民主党の玉木雄一郎代表と個別に会談した。衆院選の候補者調整などについて協議したとみられているが、国民投票法改正案の扱いについても腹合わせを済ませていたと思われる。

 国民投票法改正案が今国会で成立の見通しとなったことを受けて「改憲に向け一歩進んだ」との声が聞こえる。だが、実態はおそらく逆である。

 法改正がこの時期までずれ込んだことで、次期衆院選までに改憲の発議が行われる可能性は消滅した。衆院選後、仮に自公両党が政権を維持したとしても、立憲民主党などは今回の修正案成立を受け、国民投票法の再改正が行われない限り改憲の発議を認めないだろう。修正案の「施行後3年をめどに法制上の措置を講じる」とはそういう意味だ。

 6日の衆院憲法審査会で、改憲に積極的な日本維新の会の足立康史氏が、修正案について「(改憲の)発議権が制限されているとの誤解を招きかねない」と懸念を口にした。修正案が改憲日程を遅らせる可能性を正確に認識しているからこそ出てくる発言だ。

 自民党と立憲民主党という与野党第1党がともに、改憲の発議を急ぐことに重きを置かない判断をしたことで、維新や国民民主党の一部にみられる積極的な改憲推進派は、少なくとも当面、国会での存在感を大きく低下させることになるだろう。

 そしてこの状況は、改憲に断固反対の共産党にとっても望ましい展開だ。志位氏が記者会見で安易な立憲批判にくみしなかったのは、単に「共闘を崩さない」ためだけではないだろう。党としては原理原則を重んじ反対を貫いたが、一方で修正案が持つ肯定的な意味も理解しているのではないか。

 今回の国民投票法改正案の採決をめぐる動きは、国会闘争における野党側の「成熟」(ある意味ずるさでもあるのだが)を、改めて感じさせた。

 立憲民主党は法案修正によって改憲日程をさらに遅らせ、事実上改憲を喫緊の政治課題からはずした上で国民民主党の一部の造反の可能性を消した。共産党は原理原則を重視して「反対」を形に残しつつ、野党の共闘態勢を崩さないことを明確にした。

 政権に対峙(たいじ)する野党の「大きな構え」がここまで安定したことに、筆者は軽い驚きを覚えている。

 衆院選まで遅くともあと半年足らず。野党はこの構えを崩すことなく、結束して菅政権に対峙できるのか。今後も出てくるだろう、さまざまな分断の誘いに乗って、構えを崩してしまうのか。個々の政党、議員、そして支持者の胆力が問われている。

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