「ちぐはぐな事態で大変心配しています」。アメリカに住む知人からお見舞いのメールが届いた。東京五輪・パラリンピックに向けて聖火リレーが続く一方、3回目の緊急事態宣言が発令されたという日本の状況を知ってのことだ。

 欧米各国ではワクチン接種が進み、新型コロナ感染が落ち着きを見せ始めている。アフターコロナへ向けて、行動制限解除や海外との往来再開も始まった。

 日本に目をやれば、ワクチン接種率はまだ2%程度。変異株が引き起こす感染爆発を防ぐため、東京都、大阪府は大規模商業施設等の休業を継続する。一方で間近に迫る五輪開催へのアクセルは踏み続ける。コロナ対策を始めてから1年半を経ても、いまだにスピード感とエビデンスに欠ける「行き当たりばったり」の政策が繰り返されている。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

 ▽称賛される台湾、質の高い初期対応

 「問われるのは政策の『質』」。米CNNテレビキャスターのファリード・ザカリア氏は著書『パンデミック後の世界 10の教訓』でこう説いた。

 「入国制限」「広範囲PCR検査」「無症状者を含めた追跡」「隔離措置」―。新型コロナウイルスを封じ込める「質」の高い初期対応で、台湾、韓国、香港、シンガポールは感染拡大を防いだ。これらの国は、政府の財政支出が際だって大きいわけではない。

 ザカリア氏は成功の共通点を分析し、以下のように説明する。

 効果的施策を打ち、それが機能。結果として、政府が市民に信頼される。そのプラスの循環を構築したのは政策の「質」の高さだ。

 そして台湾については「ほぼミスのない」対応で世界を驚かせたと称賛した。  台湾の対応は米の名門、ジョンズ・ホプキンズ大学で学位を取得した公衆衛生の専門家、陳建仁のタクトによるものだ。2000年初頭に猛威を振るった重症急性呼吸器症候群(SARS)に保健省トップとして対応した経験と手腕をいかんなく発揮した。

 ザカリア氏はこうも警告している。

 アフターコロナの世界では、危機を変化の機会と捉えて、有効な対策をした都市は機能が回復・発展し、危機に手をこまねいた都市は、衰退スパイラルという泥沼に足を取られる。

 ▽対策は何に基づくべきか

 コロナ対策での政策の「質」とは何か。それは政府が打ち出す「施策」と「組織・体制」のクオリティーである。それはリスクに対応するために行う「リスクアナリシス」の精度とも言えよう。

 リスクアナリシスとは、「科学(リスク評価)」、「管理(リスクマネジメント)」「伝達(コミュニケーション)」の3要素のパッケージだ。

 具体的には、「リスク評価」で信頼あるデータを集め、「リスクマネジメント」でそれらデータを深く分析、判断する。「コミュニケーション」では、データが何を意味するか、判断の過程を明らかにし、相手が正確に理解できる言葉で伝える。

 リスクを可能な限り減らし、相手に協力を求める上で、このコミュニケーション作業は欠かせない。打ちだす政策の対象となる相手が納得するか否かで、協力の可否も決まるからだ。間違っても相手に説得や強要をしてはならない。逆効果だ。

 ▽エビデンスに基づく対策の順位付けを

 リスク管理では、優先順位がポイントになる。

 大きなリスクに素早く介入すれば、比較的小さなコストでもリスクを低く抑えることが可能だ。逆にリスクが元から小さいところに介入しても、コストの割に下げ幅は低い。バランスが悪い。

 ゼロリスクを目指し、小さなリスクに大きなコストをかけてはいけない。このため、リスクを抑える政策や管理については、科学、数字、エビデンスを検討して、実行する対策の優先順位を決めていく。

 新型コロナのリスク対策では、ハイリスクな場所に検査を増やし、陽性者を素早く隔離することが重要だ。

 ハイリスクな場所とはクラスターが発生しやすい病院や老人保健施設、お酒の提供を伴う飲食の場、さらに職場や学校だ。

 変異株のまん延以来、職場のクラスターが急増している。長時間同じ空間で過ごし、共有物に触れていたら、マスクをしていても接触感染は起きやすい。

 ▽ローリスクにハイコストの愚

 他方、百貨店、スポーツ観戦、劇場、映画館、図書館、美術館は、ローリスクな場所と言える。

 そもそも、これらの施設ではクラスターが発生したエビデンスがない。滞在時間が短く、向かい合っての会話がない。劇場や映画館では、入館時の検温、手指消毒、十分に空けた座席間隔など、厳しい感染対策を行っている。

 これらローリスクの施設に休業を求めることは、リスクの下げ幅が低い割に経済コストが高いケースだと言えるだろう。

 都内の主要デパートの売り上げは1日当たり3億円で、大型連休が稼ぎ時だったと報道されている。数千人の従業員を抱える百貨店に1日20万円、劇場や映画館に、1日2万円の協力金。週刊誌は「エビデンスなき緊急パフォーマンス」と揶揄(やゆ)している。

 東京都限定で、そして5月11日までの短期間の施設閉鎖について、どのようなリスクアナリシスがあったのか。どんな科学エビデンスに基づいた政策決定プロセスがあったのか。経済的な不利益を強いる関係者と丁寧な対話はあったのか。

 さらに5月末までの宣言延長で、東京都と大阪府は政府の方針に反して、大規模商業施設等に休業継続を求めた。ローリスクな場所に、ハイコストを強いている。これをちぐはぐといわずに何というのか。

 ▽「出たとこ勝負」は通用しない

 リスク政策の適切性を測るもう一つの指標に「公平」と「効果」がある。

 対象に不公平感がないか。政策に効果があるか。いくら公平でも、効果がなければ意味がない。逆に効果があっても、あるグループが不利益を一方的に受けるのであれば政策としては良いものとは言えない。

 首都圏の大学では、感染の拡大が続き、対面授業を行いにくい。アメリカの大学では、対面授業を増やすため、PCR検査を毎週何度も、学生とスタッフに実施している。無症状の感染者を見つけ、早期隔離を進めて成果が出ているという。

 PCR検査や抗原検査を日本で進められない理由は何か。そもそも、若者よりも高齢者優先の対策は公平だろうか。若者に社会的コストを押し付けることは、コロナ後の経済回復を遅らせる。

 『国家はなぜ衰退するのか』の著者、アセモグルとロビンソンは、多くの国家の歴史を振り返り、国の繁栄、衰退を決定するのは「政策」と喝破する。

 「出たとこ勝負」の政策は社会を疲弊させる。1年以上も自粛・制限が続く一方で、ゲームチェンジャーとされるワクチン接種は進まない。医師会や統計学者は、緊急事態宣言を解除すると、すぐリバウンドが起きると警告しつづける。

 政策の質を高めない限り、緊急事態宣言の解除はもちろん、政府がこだわる東京オリンピックの開催は危うい。