今夏に完成100周年となる兵庫県西宮市の甲子園球場を本拠とするプロ野球の阪神で活躍し、米国でも1914年開場のリグリー・フィールドがホームのシカゴ・カブスでプレーしたマット・マートンさんに、両球場での貴重な経験を聞いた。現役時代から変わらない誠実な人柄で「両球場の歴史は非常に深くて豊か」と時に熱い口ぶりで語ってくれた。対戦相手について細かくノートに記して来日1年目からの成功につなげ、日本文化の吸収にも熱心な選手だった。日本の球史にも造詣が深く、感謝や祝福の言葉は愛にあふれていた。(共同通信=木村督士)

 ―二つの球場の共通点は。

 「リグリー・フィールドの外野フェンスにはツタがあるし、甲子園球場は外壁にツタがある。両球場の歴史は非常に深くて豊か。多くの共通点があると思う。両方のファンはすごくチームを誇りに思っているし、家族何世代にもわたって応援していることも多い。甲子園球場には元々アマチュアのための会場として創設されたという、ある種の独自性がある。甲子園大会におけるアマチュア野球の歴史、ベーブ・ルースが来た20世紀前半の日米野球、タイガースの存在…。甲子園が戦前から長きにわたり愛され、歴史的なボールパークであり続けているのは本当に素晴らしいし、特別なことだ」

 ―ファンの印象は。

 「両方ともファンがすごく情熱的で、極めて特別。本当にチームを応援しているから、遠征にもよく行く。だから対戦相手の球場でも、カブスもタイガースも応援してくれる多くの仲間が普通にいる。タイガースの応援席はちょっと独特。旗を振ったりしているよね。タイガースは選手それぞれに応援歌があって、旗が振られたりする。まるでファンが第1球(試合開始)から試合の最後の最後まで一体となっている。リグリー・フィールドもそうなんだけれど、私の意見では、甲子園は異次元だ」

 ―ウインディー・シティー(風の街)と呼ばれるシカゴのリグリー・フィールドと、甲子園の浜風について。

 「風は両方の球場で影響を与えている。たぶんリグリー・フィールドの方が、全体としてちょっと風の存在が大きいと思う。球場の外野がそれほど高くなく、遮る建造物が少ないから。甲子園は外野の部分が高く建てられている。甲子園では海からの風が一定して右方向から吹いて、レフト方向へと抜けていく。リグリー・フィールドの風はコンスタントに変わる。甲子園より変化があると思う」

 ―選手としてはどちらが難しい。

 「守備で言うと、リグリー・フィールドでの方がちょっと難しいかな。自分が(カブス時代の方が)より若かった、それほど経験がなかった、という理由もあるかもしれない。ただ、リグリーの風は本当に際立っている。守備に影響を与えていると思う。(同様にカブス、阪神の両方でプレーした)福留(孝介)さんに聞いてもいいかもしれないね」

 ―日米の古いチーム、球場でプレーして。

 「二つの非常に歴史豊かなフランチャイズで、また歴史的な球場でプレーできたことはすごく恵まれている。本当に素晴らしいことだよ。リグリー・フィールドでプレーできたことは、選手としての成長という意味で、自分には本当に大きかったと思う。甲子園に来て、もちろん環境をありがたく思えたけれど、圧倒されることはなかった。なぜなら、経験していた部分があったから。リグリーでは4万人の前でプレーしていた。すごい数の報道陣もいたし、選手としてアメリカで同じような重圧に多く接してきた。両チームともすごく注目度が高い。歴史的な球場から、また別の歴史的な球場に移った。自分は、タイガースで過ごすためのある種の準備ができていたと思う」

 ―野球は1872年に日本に伝えられたと言われている。

 「ホーレス・ウィルソンだよね。英語の先生だよ」

 ―ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で3度優勝し、大谷翔平が生まれた。日本野球の成長について。

 「驚きはないよ。日本文化や社会は一生懸命に努力するもの。現状に満足することなく、完璧を目指し続けるだろう。選手はより強く、大きく成長する。世界は技術の進化でより小さくなっていて、移動も簡単になっている。選手が、高いレベルで戦える機会は増えていると思う。だから驚きはないし、日本の野球がここまで強いということを誇りにも思っている。自分の競技人生で最も重要な年月の大半を過ごしたから。28歳から33、34歳まで、キャリアの全盛期をここで過ごし、世界最高の選手たちもいる中で戦えたということなのだから。大谷さんは世代を代表する選手として歴史に残る。投打の二刀流ができる彼を、人々が史上最も偉大な選手の1人として捉えるようになる可能性は十分にある」

 ―両球場でのベストゲームは。

 「リグリー・フィールドでは、チーム面で言うとプレーオフに進出できたこと。個人的には4打数4二塁打だった2006年のダイヤモンドバックス戦。1試合のメジャー記録に並んだことは印象的だった」
 「甲子園は、あまりにもいい思い出が多いんだけど、その中でも記憶に残る試合と言えば(2014年の)日本シリーズ第1戦。クライマックスシリーズのファイナルで巨人に勝ったことがまず印象的だった。自分たちはその年、プレーオフを通じてホームで本当にいいプレーをしていた。対戦相手はホークス(ソフトバンク)で、相手投手は元チームメートのスタンリッジだった。球場のエナジーを感じることができた。球場はいつも生きているようだったけど、この時はファン、コーチ、チームメートの皆が一緒にやるんだという一体感が感じられた。そして勝った。忘れられない特別な夜になった」

 ―両球場が伝統的雰囲気を残しながら現代的なものにすることは可能か。

 「リグリー・フィールドは特にその二つのバランスを取ろうとしながら素晴らしい改修をやり遂げたと思う。(カブスのオーナーの)リケッツ家は球場の歴史を尊重しつつ、現代化を進めて選手やファンによりいい施設を提供したかった。甲子園も歴史的な存在感を維持している。現代化しすぎているとは思わないし、バランスが取れている。自分が甲子園にいた限られた年月、経験に基づく意見だけどね」

 ―春と夏の高校野球については。

「本当に特別。象徴的だよね。日本野球の歴史がアマチュアとともに始まり、まさにそこから築き上げられた、ということを感じさせてくれる」

 ―昨季阪神が日本一になった。

 「球団や多くのファンのことを思うと本当に幸せ。新たな優勝をタイガースに届けようと長年努力し続けたたくさんの人がいて、ついにその瞬間が訪れたんだ」

 ―印象に残った選手は。

 「近本選手と森下選手は日本シリーズでの攻撃面で勢いを与えるのに本当に貢献していた」

 ―岡田彰布監督について。

 「岡田さんはタイガース史上最も偉大な選手と監督の1人。選手として1985年、監督として2023年と、両方の日本一の一員に名を連ねた。球団にポジティブなインパクトを与える能力を有しているという事実を表している。阪神でのプレー経験が、選手の思いや、成功するには何が必要かを理解するのに、つながっていると思う」

 ―阪神ファンに。

 「アレ(優勝)、おめでとう! 阪神に所属した一員としてとても誇りに思うし、チームがこの優勝を成し遂げたのを見て、素晴らしい感情がこみ上げてきた。2023年に家族と甲子園球場で観戦し、チームを応援できてとてもうれしかった。2024年も頑張りましょう!」

     ×     ×     ×

 マット・マートンさん 右投げ右打ちの外野手でジョージア工科大を経て2003年にレッドソックスから1巡目指名を受ける。カブス時代の2006年に米大リーグ144試合で打率2割9分7厘をマーク。阪神移籍1年目の2010年にイチローのシーズン最多安打記録(当時)を更新する214安打を放った。これは現在でも右打者歴代最多で、セ・リーグ記録。阪神では6シーズンで通算1020安打、打率3割1分。首位打者1度、最多安打3度。2018年に引退を表明しカブスでフロント入り。現在は退団し、テネシー州の私立高校野球部でコーチを務める。1981年10月3日生まれの42歳。米フロリダ州出身。