東日本大震災から間もなく10年。東北各県の被災地が復興を模索し続ける間にも、世界各地で起きた震災が大きな爪痕を残した。被災者たちは、枯れることのない涙を拭い、コロナ禍の逆風にあえぎながらも再生の歩を進めている。トルコ、台湾、インドネシアの被災地の現状を3回に分けて紹介する。

 【台南地震:2016年2月6日午前4時ごろ M6・6】

 粉じんがもうもうと立ちこめる暗闇の中、水道管が破裂した。「パパ、ママ!」。台湾南部・台南市。地震で崩壊した巨大な壁の下敷きになり身動きできない次男の叫び声が響く。容赦なくあふれ出す水。わずかに差し込む外部の明かり。のみ込まれていく姿をぼうぜんと見つめることしかできなかった…。(共同通信=松岡誠)

 ▽精神粉々

 春節(旧正月)休みの初日だった2016年2月6日未明。台湾南部の台南市でマグニチュード(M)6・6の地震が発生して117人が死亡した。大通り脇に立つ16階建てマンションが倒壊、ここだけで115人が犠牲になった。現場では再建工事が進み、倒壊したマンションの約3分の1に当たる約30戸が今夏以降に入居する予定だ。遺族らは新たな生活に踏み出すことで、心の傷を癒やそうとしていた。

 9階で暮らしていた自営業の連晃汶(れん・こうぶん)さん(43)と妻の陳淑怡(ちん・しゅくい)さん(41)は15歳と10歳の息子を失った。「精神が粉々に砕けた」。仕事に懸命に打ち込むことで、つらい記憶を薄めようとした。だが、ふとした時に悲しみが込み上げ、今も涙を抑えられない。

 思い悩んだ末、子どもをつくると決めた。同年末に女の子を授かった。

 取材中、息子たちの死に話が及び、涙を拭う陳さん。腕の中で彦淇(げんき)ちゃん(4)が屈託なく笑っていた。「この子の世話をしている時は(息子たちの死を)少し忘れられる。私たちが救ってもらっている」

 「死を免れた被災者であふれ、家族の救出を求める叫び声が上がっていた」。台南市出身で、当時市議だった林宜瑾(りん・ぎきん)立法委員(国会議員)はマンション倒壊の連絡を受けて現場に駆け付け、大混乱の中、緊急連絡所を立ち上げて救助活動に当たった。

 台湾は2011年の東日本大震災の際、緊急援助隊を派遣し、市民は国・地域別で最大規模の義援金約200億円を提供した。その後、日本と台湾は防災協力体制を強化。林氏は「台南地震の際、日本側に連絡すると直ちに救助のエキスパートを送ってくれた。専門知識を駆使した救援指導は極めて頼りになった」と日本への謝意を表明した。

 ▽手抜き工事

 「倒壊は人災だった」。マンション1階で病院を運営、その後、再建を目指して住民の取りまとめと資金調達に尽力してきた楊寧廷(よう・ねいてい)さん(55)は、ずさんな設計と手抜き工事をした建設会社元社長(業務上過失致死などの罪で懲役5年)らを厳しく糾弾した。台湾では18年2月に東部花蓮県を襲った地震の際も、手抜き工事のビルが倒壊して14人が死亡した。

 マンション倒壊で父と妹、叔母を亡くした黄洸偉(こう・こうい)さん(25)は救出されるまで30時間超をがれきの下で耐え続けた。5年を経て、建築会社側に対する法令の厳格化を要求する。また「今の若い世代は『安かろう、もろかろう』の住宅しか購入できない」と指摘し、耐震性に劣るビルの淘汰には、価格高騰の抑制を含めた抜本的な住宅対策が不可欠だと訴える。

 台湾のビル問題は根深い。約2400人が死亡した1999年9月の中部大地震を受け、政府は耐震基準を強化した。だが内政部(内政省)は昨年12月、同地震前に建てられた6階建て以上のビルは3万6200棟超と発表。300〜600が「極めて危険」とし、建て替えが進んでいないことに危機感を示した。

 連さんと陳さんは新たなマンションでも、同じ9階に入居すると決めた。「息子たちが会いに戻ってくる際、迷わないように」。彦淇ちゃんにも既に「2人のお兄さん」を写真で紹介している。

 ▽「核食」レッテル

 台湾は東京電力福島第1原発事故を受け、脱原発にかじを切った。16年に発足した蔡英文(さい・えいぶん)政権は「25年に脱原発を達成する」と宣言。再生可能エネルギーの比率を大幅に引き上げる目標を打ち出している。

 原発推進派は凍結中の原発建設再開を巡る住民投票を提起、今年8月に実施される予定だ。だが、部品供給工場が破産したことなどから再開は不可能とされ、脱原発は着々と進展するとみられる。事故10年となる3月には環境保護団体が「アジアの原発全面廃棄」などを求める集会を開催する予定だ。

 一方、事故を受けて実施した福島県などの日本産食品の輸入禁止措置は現在も継続している。18年の住民投票で成立した禁輸継続の期限は20年11月末で切れたが、台湾政府関係者は「蔡政権は抱えている課題が多い」と指摘。禁輸措置撤廃の見通しは立っていない。

 蔡政権は20年8月に米国産豚肉の輸入を今年1月1日に解禁すると発表した。米国との自由貿易協定(FTA)など経済協定の締結をにらんだ措置だが、豚に肥育促進剤が使われていることを最大野党、国民党や消費者らが問題視。1月の解禁後も「絶対に食べない」(タクシー運転手)などと反発は根強い。

 国民党は日本産食品に「核食(放射性物質に汚染された食品)」とのレッテルを貼り、措置撤廃に前向きな蔡政権を攻撃してきた。蔡政権は日本産食品の禁輸措置撤廃により、さらなる攻撃材料を握られることを警戒している。

 台湾メディアの幹部は「台湾は環太平洋連携協定(TPP)加盟で日本の支持を得る必要がある」と指摘し、蔡政権による早期撤廃に期待を込めた。

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