東日本大震災から間もなく10年。東北各県の被災地が復興を模索し続ける間にも、世界各地で起きた震災が大きな爪痕を残した。被災者たちは、枯れることのない涙を拭い、コロナ禍の逆風にあえぎながらも再生の歩を進めている。トルコ、台湾、インドネシアの被災地の現状を3回に分けて紹介する。

 【スラウェシ島中部地震:18年9月28日午後6時2分ごろ M7・5】

 2018年9月に起き、4140人が死亡したインドネシア・スラウェシ島中部地震は、津波に加え、大規模な液状化現象による地滑りで被害が拡大した「世界でも類を見ない災害」(国際協力機構(JICA)調査団)となり、その爪痕は2年以上経ても各地に残る。新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、地元政府が進める住宅再建や集団移転は計画が遅れ、被災住民はいらだちを募らせている。(共同通信=岡田健太郎)

 ▽戻りたい

 「口約束はもういらない」。昨年12月中旬、最大被災地・中スラウェシ州の州都パルで、被災者のリニさん(32)がまくし立てた。地震発生時、海岸沿いで経営していた日用品を売るキオスクで店番中だった。最初の揺れで海水の水位が上がったのを見て、当時4歳の娘ラチェルちゃんを連れて「サンダルを履くのも忘れ、はだしで逃げ出した」。いったんは逃げたが、仲間を助けようとして戻った父親は津波にのまれて亡くなった。

 夫とラチェルちゃんとテント暮らしを半年続けた後、仮設住宅に移ったが、ラチェルちゃんが頻繁に熱を出したため退去。昨年4月から自腹で月65万ルピア(約4700円)を払って借家に住み、政府が無償提供する住宅の完成を待ち続けている。内陸部に開店したカフェと運転手の夫の収入が頼りだが、「住宅はいつ完成するか分からない。居住禁止区域だが以前のように海岸部に戻りたい」と訴える。パルで生まれ育ち、「パルでずっと暮らしていきたい」と希望している。

 ▽住民の本音

 パル地方開発企画庁幹部のイブヌ氏(45)によると、昨年中に建設予定だった住宅約1万1500戸中、昨年12月までに完成したのは2千戸超。

 土地収用が進まない上、新型コロナの影響で一部の工事が止まり、予定を今年6月まで遅らせざるを得なかった。

 政府が土地と住宅を無償提供する形で集団移転を主導する中、一部の住民は自分の土地への移転を目指し始めた。液状化で壊滅したパル南部ペトボ地区。アルフィン地区長(47)によると、被災した約2千家族中約300家族が、地区内に所有する土地に個別に住宅を建設するよう政府に要望。「できれば生まれ育った土地を離れたくないんだ」と住民の本音を代弁する。

 震災後、筆者が取材でパルを訪れたのは今回で5度目だ。特にペトボ地区は被災直後、怒号が飛び交い、殺気だった住民が必死の形相で支援を訴えていたのが強く印象に残っている。道路が途中から崩壊して途切れ、見渡す限りが泥や土砂で埋まっていた地区内の住宅街は、2年以上を経て雑草が生い茂り、鳥のさえずりが聞こえてきた。本来は居住禁止区域のはずだが、付近にある一部の家には電線が引かれており、人が住んでいる様子だった。

 ▽野ざらしの廃墟

 まだ少数だが、運良く無償住宅に入れた人もいた。アスニさん(38)は昨年5月、パル市内にある国立タドゥラコ大学裏手の土地に建設された住宅団地内の36平方㍍ほどの家に、夫と娘2人と共に移った。被災時、購入して1年ほどしか経っていない自宅で液状化現象に巻き込まれたアスニさんは胸まで泥に埋まり、「この世の終わりかと思った」と振り返る。現在の家は水道設備がまだ未完成で、24時間常時は水が出ないなどの問題も あるが、「テント暮らしよりはずっと良い」と話し、近隣住民向けのキオスクを経営して前を向く。

 パル中心部は倒壊した商業施設の復興で活気が戻り、パル湾沿岸部では今後の津波対策として約7㌔の新たな堤防を建設するため、重機が石を積み上げ、山から石を運んでくるトラックがせわしなく行き交っている。

 付近では、海に漬かったままのモスク(イスラム教礼拝所)を家族連れが訪れて記念撮影をしていて、観光スポットとなっていた。

 その一方で、パル西部バラロア地区では、傾いた廃虚が野ざらしのままで、液状化の爪痕が生々しく残り、一部はゴミ捨て場に。

 バイクに乗って空き瓶を探していた家具製造業ムフリスさん(45)によると、昨年初めごろから、近隣住民がごみを捨てるようになったという。空き瓶は1本2500ルピアで売れ、生活費の足しにしている。震災で親族4人を失った。悪臭が漂う中、ムフリスさんは「こんな災害は一度で十分だ」とつぶやいた。

  ×  ×  ×

 スラウェシ島地震と日本 2018年9月のインドネシア・スラウェシ島中部地震の震源はパルの北約80キロ。死者は集団埋葬された身元不明者を含め4140人、行方不明者は705人に上った。日本は約280億円の円借款供与のほか、国際協力機構(JICA)が復興計画の策定支援や技術協力、生活支援などを実施。東日本大震災の復興経験を共有するため、岩手県釜石市と宮城県東松島市の職員を現地に派遣してセミナーを開くといった交流事業も進めている。

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