今年1月に着任した米国のラーム・エマニュエル駐日大使は、覇権主義的な行動が目立つ中国や核・ミサイル開発を進める北朝鮮をにらんで日米同盟の強化に奔走している。一方で、寛容な世界を目指すバイデン政権の大使として、多様性を受け入れる社会の実現にも取り組んでいる。

 4月下旬にはLGBTQなど性的少数者の存在を社会に広めるイベント「東京レインボープライド2022」に参加した。共同通信の取材に、世界がウクライナ危機をはじめとする多くの困難に直面する中、より身近な課題である性的少数者の人権擁護に目を向けることも重要だと語った。6月は「プライド月間(Pride Month)」と呼ばれ、世界各地で性的少数者の権利を啓発するさまざまな行事が開かれる。(共同通信=武井徹)

 ▽仕事でもプライベートでも大事なテーマ

 昭和天皇と連合国軍最高司令官のマッカーサー元帥が1945年9月に初めて会った場所としても知られる東京都港区の米大使公邸の一室で、エマニュエル氏は熱っぽく語り始めた。

 「私にとって性的少数者の権利擁護は、公私にわたってずっと大事なテーマだ。ウクライナとロシアの紛争、食料安全保障、所得格差など、世界には深刻な問題が山積している。だが、愛し合う者同士が愛情を自由に表現できる権利を守るのも重要なことだ」

 

 米連邦下院議員やオバマ大統領の首席補佐官、中西部イリノイ州シカゴの市長を務めた米政界の大物だけに、公職に就く立場としてマイノリティーの人権擁護を訴えるのは理解できる。「性的少数者は個人的にも大事な存在。とてもパーソナルな思いがある」。そう繰り返す大使に、政治的な問題だけではないという理由を尋ねた。

 「私と妻にとって大の親友で同性愛者の男性がいる。私たちが結婚した94年の挙式に参列し、新郎付添人として祝福してくれた。私のいとこは他界してしまったが、同性愛者だった」。プライベートでの性的少数者との関わりを聞いて、なるほどと思った。

 公職に就いてからもシカゴで性的少数者が多く暮らす地域の発展に尽力し「下院議員や市長としてみんなと一緒に行進し、連帯を示した」。市長時代は、同性婚を認めるイリノイ州の法案を後押し。2013年に成立し、14年に発効した。当時、米国の連邦法は同性婚を認めていなかったが、東部マサチューセッツ州が04年に全米で初めて同性婚を合法化してから各州に同様の動きが広がる中、州レベルで認めていたほかの15州と、特別区の首都ワシントンにイリノイ州が加わった。

 日本では今も同性婚が法律上認められていないが、140を超える自治体が公的に性的少数者のカップルを認証する制度を導入。エマニュエル氏は、日本での地方発のこうした動きを「米国でこの10年間に起きた事と同じ流れだ」と歓迎し、「ボトムアップの政治変化はさらに広がり、全国で変化を感じられるようになるだろう」と期待感を示した。東京都も今年11月の制度運用開始を目指している。

 「性的少数者は誰かのおばであり、おじであり、きょうだいだ」と語り、誰にとっても身近な存在なのだと指摘。「医者や警察官、教師、看護師などとして地域を引っ張っている。われわれの社会の一部である人々を、性的指向を理由に排除してはならない」と力を込めた。

 ▽米国では7年前に「歴史的勝利」
 米国では2015年6月26日、連邦最高裁が法の下の平等を保障する合衆国憲法を根拠に、男女と同様に同性同士にも結婚する権利があると認める判決を出した。同性婚を禁じる州法は違憲だとし、全米で同性婚を解禁。判決は、米国で異なる人種間の結婚を禁じる法律がかつて存在したことに触れながら「結婚の歴史は変化の歴史でもある」とした。

 有力紙ワシントン・ポストは性的少数者にとって「歴史的勝利だ」と報じ、当時のオバマ大統領は判決が人権擁護の取り組みに希望を与えたとして「本物の変革は可能だ」と演説した。

 同性愛者であることを告白する人の増加を背景に、同性婚に寛容な意見が急速に広がっていた米国。社会の変貌を司法が追認した判決は、米国の人権擁護の歴史に新たなページを刻んだ。リベラル派として知られた当時のルース・ギンズバーグ最高裁判事(20年に87歳で死去)は判決に先立ち、「隠れるのをやめた途端、差別が急速に薄れ始めた」と発言し、性的少数者であることを周囲に明かす勇気が社会の意識を変えたと分析した。

 今年4月24日、NPO法人「東京レインボープライド」主催のパレードが東京・渋谷で開かれた。新型コロナウイルス禍の影響で実際に集まっての開催は3年ぶり。「性の多様性を認めよう」を合言葉に、カラフルで個性的なファッションに身を包んだ約2千人が小雨の降る中を笑顔で練り歩いた。「同性婚を実現しよう」「わたしらしく生きたい」などと書かれた横断幕やプラカードを掲げて「明るい未来への希望」を表現した。

 

 一緒に行進したエマニュエル氏は、参加者へのあいさつで「誰もが結婚の自由と平等を達成できるまで共に歩み続けよう」「ジェンダーや性的指向に関係なく愛する人と共にいるという選択は、誰もが尊重すべきことだ」と声を張った。

 ▽「同性婚」「異性婚」と区別せずに結婚を語ろう

 オバマ政権で副大統領を務めたバイデン大統領は昨年1月の就任直後、学校や職場などでの性的少数者への差別を禁じる大統領令に署名した。昨年6月には「全ての性的少数者の権利を守る」と宣言。擁護の外交活動を取り仕切る特使のポストも新設した。

 政権はトランスジェンダーの認知度を高める記念日の今年3月31日、パスポート申請者が4月11日から性別欄に男性でも女性でもない新たな選択肢として「X」を選べると発表するなど、リベラルな新施策を打ち出している。最近も、同性愛者と公言している黒人女性カリーン・ジャンピエール氏をホワイトハウス報道官に起用した。

 その一方で、保守色が強い南部の州では、女子競技の公平性を担保するとの名目で心と体の性が異なるトランスジェンダーの女子競技への参加を規制する動きが強まっている。

 ジェンダーや結婚を巡る伝統的な価値観をねじ曲げるべきではないと訴える保守派と、消えぬ偏見に嘆息するリベラル派とのせめぎ合いは、国民を分断する「文化戦争」が続く米国の縮図でもある。性的少数者の権利は11月の中間選挙でも争点の一つになりそうだ。

 エマニュエル氏は「愛し合う者同士が愛情あふれる家庭をつくろうとするのは、伝統的な価値観だ」と述べ、反発する保守派を意識しながら「決して過激なものではない」と語った。バイデン政権の駐日大使として「多様性を受け入れ、誰もが社会に貢献できると信じる米国の価値観を示したい」と強調。「結婚を同性婚と異性婚に区別せずに語れる日が来ることを心に思い描いている」と笑顔を見せた。

 【ラーム・エマニュエル氏】

 1959年、米シカゴ生まれ。クリントン政権の大統領上級顧問を経て2003〜09年、下院議員。09〜10年、オバマ政権の大統領首席補佐官。11〜19年にシカゴ市長を務めた。今年1月23日に来日。3月25日にバイデン大統領からの信任状を天皇陛下に手渡し、正式に駐日大使として認められた。妻エイミーさんとの間に1男2女。