北朝鮮の金正恩朝鮮労働党総書記が年明け以降、韓国との対決姿勢を強め、米国で本意の見極めに関心が集まっている。膨大な予算と人員を誇る米情報機関(インテリジェンス・コミュニティー)にとっても北朝鮮指導部の内部情報は入手が難しく、上空から撮影する偵察衛星は情報分析で重要な役割を占めている。北朝鮮が核兵器を使用するリスクも顕在化する中で、米当局の元北朝鮮分析官が「最も予測が難しい」と語ったものとは…。(共同通信ワシントン支局長 堀越豊裕)

 ▽解像度は30センチ

 偵察衛星を使った情報収集を担う米国家偵察局は昨年、今後10年間で偵察衛星を4倍増にし、10倍の画像と信号の情報を入手すると表明した。背景には「中国が宇宙技術に人と金をつぎ込み、米国との技術格差を急速に縮めている」(クリストファー・ポバク副局長)という危機感がある。国家偵察局は冷戦終結後の1992年までその存在すら公表されていなかった。偵察衛星の具体的な数は示していない。

 米国拠点の北朝鮮分析サイト「38ノース」で衛星画像の分析を続けるマーティン・ウィリアムス氏は「(北朝鮮側の)フィルターのかかっていない数少ない情報が偵察画像で、極めて重要だ」と語る。核やミサイル関連施設を中心に、わずかな変化も見逃さないよう追跡してきた。

 施設周辺の人や自動車、列車の動きに加え、ミサイル発射台の状況や核実験用のトンネルの建設具合などを継続的に観察し、核実験やミサイル発射の兆候、技術の進展状況を探る。普段使う商業衛星の解像度は最高30センチ四方だが、米情報当局はより高精度の画像を使っているとみる。

 ▽北朝鮮、乏しいレンズ技術

 米国の情報収集といえば、スパイを抱える中央情報局(CIA)や、電話・メールなどの情報を集める国家安全保障局(NSA)など巨大な情報機関群で知られる。それでも北朝鮮のように、中国やロシアを除けば外国との交流・通商が限られ、国内の情報統制も徹底した国の情報収集は容易でない。

 元CIA長官のパネッタ氏は回顧録で「(朝鮮戦争以降)北朝鮮は長く米国の懸念であり続けたが、長官に就いたとき、政権に関する情報は少なく、そして浅かった」と打ち明けた。

 北朝鮮は昨年11月、偵察衛星を打ち上げたと発表した。米韓とも軌道投入には成功したとみている。ただ、少なくとも高度数百キロに達する上空から地上を撮影するには、衛星を適切に制御し続ける技術に加え、高精度なカメラとレンズが求められる。

 ロシアはウクライナ侵攻を機に北朝鮮との軍事協力を急速に深めている。昨年まで韓国の国家安保室長だった金聖翰氏は今年2月の米シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」の会合で「北朝鮮のレンズ技術は極めて乏しく、ロシアに支援を求めるだろう」と語った。

 ▽核は「威圧」に利用

 米国家情報長官室で北朝鮮分析官を務めたマーカス・ガルラウスカス氏は昨年の論文で、米国が中国および北朝鮮と二正面で戦う状況や中朝が核兵器を使う可能性も十分想定すべきだと提言した。国家情報長官室は昨年、北朝鮮の核に関する国家情報評価(NIE)の一部を公表した。

 北朝鮮に関しては30年以上ぶりの見直しになる。北朝鮮が今後、核兵器を「威圧的」「攻撃的」「防御的」のいずれの目的で使う可能性が高いかについて判断した。威圧的に使う可能性が最も高いものの、仮に攻撃として使われた場合は、米国と同盟国に与えるリスクが最も高くなるとしている。それほど驚きはないが、手持ちの情報を積み重ねた上での判断は重い。

 金正恩体制の維持を最優先とする北朝鮮は、国際社会の圧力にもかかわらず、着実に核・ミサイル技術を進展させてきた。ガルラウスカス氏は、米国の対北朝鮮政策は「『懲罰による抑止』から『否定による抑止』に転換すべきだ」と言う。国際ルールを無視した北朝鮮の行為に対し懲罰的に対応している時期は既に過ぎ、北朝鮮を圧倒する能力を米韓が備えることで、北朝鮮の核・ミサイル開発が無意味なものになるようにすべきだと考える。

 北朝鮮の分析で何が一番難しいかを尋ねると、「『戦術的サプライズ』の予測だ」と語った。局地的な砲撃やサイバー攻撃といった戦術的攻撃は、公開情報や部隊の動きで事前につかむこともできる戦略的攻撃よりも予測が難しいという趣旨だ。