<全米オープン 最終日◇20日◇トリーパインズGCサウスC(米カリフォルニア州)◇7652ヤード・パー71>

スペイン勢初の「全米オープン」チャンピオンとなったジョン・ラームが、優勝直後の会見で亡き友人への言葉を綴った。その友人とは今年の2月にコロナ感染により亡くなった、地元スペインのスポーツジャーナリスト、ホセ・マニュエル・コルティザス氏。プロ転向直後からラームを取材し続けてきた親しい友だった。


「彼は地元の新聞でバスケットボールを追っていたけど、上から『ゴルフでいい感じの奴がいるから追ってこい』といわれて、僕のところに来たんだ。ゴルフのことは何にも知らなかった。でも、躊躇(ちゅうちょ)なく僕と一緒に世界を回り始めたんだ」

アリゾナ州立大学時代から輝かしいアマチュア実績を積んできたラームを地元メディアが放っておくはずがない。プロ転向し、前途洋々なラームを追い始めたひとりのジャーナリストは、すぐにラームとの関係を築いていった。

「元気だったのに、コロナに感染してしまって、すぐにICUに入ってそのまま亡くなってしまった。20歳くらいの娘さんもいたのに、父親を失った。本当に残念でならない。このトロフィーは間違いなく彼のためのものだ。ここにいてほしかった」

セベ・バレステロス、ホセ・マリア・オラサバル、セルヒオ・ガルシアら地元の英雄たちも果たせなかった全米制覇。「きっと今回の大会も取材をしたかったはず。かれは僕が間違ったこと、正しいことをしたときもいつも指摘してくれた」と、思い出を語った。

2週前の「ザ・メモリアルトーナメント」ではラーム自身もコロナ感染という不運に見舞われた。大会前にコロナ陽性者と濃厚接触の疑いがあったため、その週ラームは毎日の検査を必須とされていた。大会2日目までは陰性だったが、3日目のプレー終了後に陽性が判明。6打のリードを持って最終日に向かうはずだったが、陽性を知らされると崩れ落ち、大会を強制棄権。隔離期間に入った。

「フェアじゃないという人もいたけど、あれは誰のせいでもなかった。あの処置は正しかった。昨年から大変な時期が続いている。コロナは僕たちが生きるこの世界で現実なんだ。幸いにも僕も家族も無事だったけど、多くの人が犠牲になっている。みんなでコロナを乗り越えないといけないんだ」

26歳にとって、この1年は激動の連続。「あんなこともあったけど、なにかいいことがきっとあると思っていた」。友を想い、家族を想い、不運を乗り越え前を向き、そして過酷な戦いを制したラーム。これ以上ない最高の父の日が、ラームをさらに強くすることになりそうだ。

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