■ミッドライフ・クライシスとは……誰にもありうる「中年期の危機」
「中年の危機」は誰にでも訪れる可能性がある問題。40〜50代になれば、個人差はあれ、頭も体も若い頃とはかなり違うはず。人生に限りがあることを、はっきり意識するのも、この時期からかもしれません。

「この先、自分に残された時間をいかに有意義に過ごしていくか?」は基本、人生の後半では大きな課題のひとつです。もっとも、「残りの時間」は、実は50年以上ある可能性も、十分あるでしょうが、中年期のそうした思いが、心の焦燥を呼び、その結末がかなり稀とはいえ、ある日突然、妻と子供を残して家出してしまう……といった事にもなります。

ここでは、このような万が一の、真のミッドライフ・クライシスを起こさないために、40〜50代の方が知っておきたいポイントを詳しく解説します。

■ミッドライフ・クライシスに起き得る問題……離婚、不倫、あるいは家出
以下のような状況が、その一例です。

――ある40代の男性が、ある日突然妻にこう切り出しました。

「自分の人生はもうおしまいだ。こんな生活にはもう疲れた」それを聞いた妻は、夫が何でそんなことを言い出したのか、全く分かりません。場合によっては、「何わけの分からないことを言っているの!」と、軽く流してしまうかもしれません。もっとも夫側には、その問題発言に至るまでに、さまざまな葛藤が心の中に渦巻いていました……。

こうした、家族には意味不明な発言の後に、当人が家族を残して家出をする……といった真のミッドライフ・クライシスが数自体はかなり少ないですが、時に起きるのです。それは、残された家族にとって、まさに青天の霹靂です。

この例でもそうですが、真のミッドライフ・クライシスになると、何かその前兆があっても、まわりのご家族は、その深刻さを見落としがちです。しかし、当人の心の苦しみはマグマのように吹き溜まっています。その苦しい圧力から逃れるかのように、周囲の者には考えられない行動を、ごく短期間に幾つも実行してしまう可能性もあります。

例えば、上記の例でも、その家出の少し前に、それまで長く勤めていた会社を、家族には何の相談も無しに辞めていたりします。また、それとは違うクライシスでは、そのクライシス内容が、不倫相手を懸命に探し求める、当てのない長い旅に出る、あるいは必要もない高価な物を買いあさる……。

ミッドライフ・クライシスでは、そうした、周りの目には非常に悪く映りがちな問題が、一つに限らずいくつも、ごく短期間のうちに、いわばスイッチが入ってしまったかのように遂行される可能性もあることには、しっかり注意したいです。

そうした状況は、いわば、当人は自分の気持ちのままに走り出した状況です。そうした際に精神科的な対処が最も必要なのは、その走り出した当人よりも、むしろ、そのショックを真に受けて苦しむ、ご家族だといえる面もあります。

■ミッドライフ・クライシスの要因
ミッドライフ・クライシスの要因は基本的には、40〜50代になって初めて現れた変化や、直面せざるを得ない問題です。それは生活環境の大きな変化の場合もあれば、更年期の到来のように、加齢が関わる問題の場合もあります。また、冒頭でも述べましたが、40〜50代になって、先の人生を意識して、その焦燥間で、ミッドライフ・クライシスが始まる可能性もあります。

いぞれせよ、それが始まり出した時点で、自分の心のありかたやライフスタイルが、その時点での自分にマッチしていなければ、その心の葛藤はさらに深刻化する可能性もあります。例えば、「自分のピークはもう過ぎた……」といった観念を、心から払いのけるために、ミッドライフ・クライシスに関わる何かが始まる可能性もあるのです。

■ミッドライフ・クライシスを回避するための「自分再定義」
ここまで述べてきたような、非常に深刻なミッドライフ・クライシスは、かなり稀に起きることです。たいていの方のミッドライフ・クライシスは、「毎日がパッとしない」程度のレベルに納まるはずです。

もっとも、パッとしない毎日もそれなりに辛いもの。その辛さを必要以上に辛くしないためには、「いかに今の、そしてこれからの自分を再定義するか」は、避けて通れぬ課題かもしれません。それは、「この中年期をどう生きるべきか」といった、いわば哲学的な問いになるかもしれませんが、それにしっかり答えるためには、過去の偉大な先人たちの言葉がその出どころになるかもしれません。

例えば、アイデンティティーなど、心理学の基本概念を幾つも生み出した、高名な発達心理学者エリク・エリクソン(1902〜1994)の言葉ですが、「40〜60代までの成人後期における、発達課題は“生殖性の獲得”で、もしその獲得に失敗すれば、その後の人生が停滞しやすい」のです。

この文中の、「生殖性」という言葉には、人の生殖に関する言葉に聞こえるかもしれませんが、それとは切り離して、心理学の学術用語で、その意味するところは、自分がそれまでの人生で身につけたことをいかに次の世代に伝えていくか、といったことです。

子育ても「生殖性」の一形態です。エリクソンによれば、人は中年期に入ると、「自分」という狭い意味の成功では十分な満足感を得にくくなり、心身を充実させるためには、周囲の人、ひいては社会の役に立っている、という意識が重要だとしています。

■ミッドライフ・クライシス症状を悪化させる飲酒は控えめに
人は何かで心が苦しくなると、その不快な感情に対処すべく、別の何かをしたくなるものです。もしその気持ちが飲酒などに向かってしまうと、事態が深刻化する可能性もあります。アルコールは嗜好品とはいえ、中枢神経系を抑制するタイプのれっきとした「薬物」です。およそ6人に1人はアルコールを含む薬物使用に精神科的な対処が望ましいとされる、という数字もあるなど、依存症は決して珍しいものではありません。

飲酒などで一時的に気分は晴れても、その使用がエスカレートしていけば、事態は確実に深刻になります。そしていったん依存症のレベルになってしまうと、回復することは決して容易ではなく、かなりの時間がかかります。薬物使用は依存症レベルになる前にストップをかけることが非常に重要です。そして、飲酒問題の深刻化は心の葛藤が強くなっている時に起きやすいことを、ぜひ知っておいてください。

冒頭の例に戻ってみましょう……。

妻が夫の言葉を理解できなかったのは、夫が何か深刻な問題を隠しているからかもしれません。夫をサポートしていく過程で、問題がはっきりわかることもあります。また、夫がうつ病になっている可能性もあります。その場合は早期に治療を始めることが予後を良好にしますので、ぜひ早めに精神科(神経科)を受診してください。

▼中嶋 泰憲プロフィール千葉県内の精神病院に勤務する医師。慶応大学医学部卒業後、カリフォルニア大学バークレー校などに留学。留学中に自身も精神的な辛さを感じたことを機に、現代人の心の健康管理の重要性を感じ、精神病院の現場から、毎日の心の健康管理に役立つ情報発信を行っている。

中嶋 泰憲(医師)