アメリカのプロ野球のメジャーリーグ(MLB)で、2024年シーズンが3月20日に開幕した。今年は、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手のニュースによって、大騒動の中でレギュラーシーズンのスタートとなった。

2月29日の結婚発表で、シーズン開幕前から注目度が最高潮に達していた大谷選手だが、そこに元専属通訳・水原一平氏の違法賭博スキャンダルが巻き起こった。おそらく大谷選手自身も経験したことのないような大変な時期だったのではないかと察する。

MLBは、100億ドル以上のビジネス規模を誇る人気スポーツだ。特に北米からアジアでその注目度は非常に高い。そのシーズン開幕に降って湧いた大騒動だが、実際のところ、現地アメリカではどのように報じられているのだろうか。

■アメリカでも注目度が高い「大谷翔平」。本件では“いじり”も
基本的に、アメリカのメディアでも、大谷選手のニュースは非常に注目度が高い。MLBで最も稼ぐ選手ということを考えれば、その一挙手一投足がニュースになるのは仕方がないだろう。スーパースターのアスリートともなれば、もはやセレブという扱いになる。事実、結婚報道すらかなり大きな扱いになっている。

今回の違法賭博については、話題の選手の大スキャンダルということもあってアメリカのメディア報道も加熱した。常に笑顔を欠かさず、グランドのゴミを拾うなど礼儀正しい選手というイメージの大谷選手が、違法賭博に絡んでいたかもしれないという意外なニュースは、アメリカで人気の夜のトークショーでもいじられるほどだった。

■日本とは違い、アスリートの報道に「忖度」がないアメリカ
日本の報道と大きく違う点があるとすれば、日本の場合は、スポーツ新聞社などがアスリートに必要以上の忖度を行うことだろう。というのも、日本のプロ野球では番記者に対して大きな影響力があり、スポーツ紙側が下手な記事を書けば、球団が取材に協力してくれなくなるという憂き目に遭う。そうなれば、ライバル社と横並びの情報すら手に入れられなくなる可能性がある。

そういう意味では、アメリカで球団がそうした嫌がらせをしたという話は、筆者の知る限り、聞いたことがない。もし球団がそうした行為をすれば、ジャーナリズムの理念や表現の自由という観点から、新聞社と訴訟になることも考えられるだろう。アメリカでは忖度なき報道が繰り広げられる。

ちなみに2001年、記者になって間もない筆者がMLBのオールスター戦を取材した際に、日本人プレーヤーが日本メディアの取材にだけは応じないと宣言して、地元新聞でニュースになったことがある。この選手のスキャンダルを一部の週刊誌が追いかけていたからで、地元記者らもプレーヤーの動きに困惑していたのを覚えている。 

■「非常に複雑」違法賭博問題にアメリカメディアも混乱
現在、大谷選手については、水原氏の違法賭博に関する捜査の進展があまり表沙汰にならないので、記事も少し落ち着いている。だがスポーツ専門局ESPNや新聞社などは、オピニオン記事を掲載していて、水原氏と大谷選手、ドジャース関係者らの発言が二転三転したことや、胴元への大谷選手の送金に関する矛盾点なども改めて問うような報道が行われている。

そもそもこのニュースは次々と話が出てきたこともあって、アメリカのメディアでも「非常に複雑」と書かれるほどだ。情報が散らばっているので、ここで騒動の流れを少し振り返ってみたい。

違法賭博問題の渦中にいる水原氏は、大谷選手が2017年にメジャーリーグに進出する際に、大谷選手の通訳となり、公私ともに非常に近い関係になっていた。大谷選手は、2017年にロサンゼルス・エンゼルスに入団して2023年には打者と投手の二刀流で大成功し、ホームラン王にも輝いている。2024年には、同じ西海岸のチームであるロサンゼルス・ドジャースに、10年で7億ドルというMLBでも史上最高額の契約を結んだ。

■事の発端は? 時系列順に整理
今回の問題は、ドジャースのMLB開幕戦が行われた2024年3月に韓国で動き始めた。初期の動きは、最初にこの話をつかんだとされるアメリカのスポーツ専門局ESPNのリポートを参考にする。

3月18日、大谷選手が韓国にいる間、MLBコミッショナーも大谷選手に絡んで動きがあることを知り、ESPN記者も取材に動き出している。

3月19日、ESPN記者は大谷選手の代理人であるネズ・バレロ氏に連絡。南カリフォルニア在住の違法賭博の胴元で連邦捜査の対象になっているマシュー・ボウヤー氏に、大谷選手の名前で2度の電信送金(2023年9月と10月に50万ドルずつの合計100万ドル)があったことなど、判明した情報について直撃した。だがバレロ氏からの回答はなかった。

同日、大谷選手側が新たに雇った危機管理広報担当者が、ESPN記者への対応に当たる。そして、この担当者は初めて、大谷選手が水原氏の代理で支払いをしたと記者に語った。水原氏が大谷選手の代理人であるバレロ氏に白状して、その支払いが事実だと認めたという。この担当者はさらに、「大谷が『そうだよ、何度か大金を送金した。送金できる最高額だった』と述べた」とESPN記者に言った。

またこの担当者は、ESPN記者がすでに別の情報源から得ていた水谷氏の賭博の借金が少なくとも450万ドルである、という情報を「真実」だと認めた。ESPN記者は水原氏と直接話をしたいと取材を要請。1時間後に、韓国にいた水原氏への90分におよぶ電話取材が行われた。

■水原氏の主張「大谷は私に『助ける』と言った」
その時の水原氏の発言は重要なので、ここにESPNの記事を引用したい。

「水原は、2023年初めまでに借金は400万ドルに膨れ上がり、その時点で大谷に助けを求めたとESPNに語った。大谷の信頼を失う恐怖と、誰かが彼の家にやって来るかもしれないという安全に対する恐れを感じたという。」

「私の状況を(大谷に)説明した」と、水原は言う。「大谷はそれを聞いて気分を害したようだったが、大谷は私に『助ける』と言った」

「大谷は、金を借りていた相手が賭博の胴元だと知っていたかと聞くと、水原は「全く知り得なかった」と答えた。「彼には借金を返済するために電信送金をする必要があるとだけ言った」と水原は言い、「彼はそれが違法かどうかを尋ねなかったし、そのことについて私に質問もしなかった」」

「水原は、大谷が借金の支払いに同意した後、2人で大谷の銀行口座にログインして、それから数カ月の間に、大谷のコンピューターから1回につき50万ドルの合計8回〜9回の取引を送ったという。彼らは送金の際に記入が求められる送金の理由欄に「ローン」と追加した。水原は、最終的な支払いは10月に行われたと推測している。」

そしてこの後、ドジャースは韓国でサンディエゴ・パドレス戦に勝利。この後には違法賭博や借金の話が公になり、水原氏はドジャースから解雇された。ESPNの記事ではさらに、「『水原はパドレス戦後にロッカールームで、チームに向かってギャンブル依存症であることを告白し、賭博問題について謝罪した。ドジャースの編成本部長であるアンドリュー・フリードマンが立ち上がり、大谷が水原の借金を補填したと発言した』と、チームの役員やその場にいた関係者が認めている」と続く。

■大谷選手は、事の顛末について「内容を認識していなかった」
だが、ここで話がややこしくなる。大谷の広報担当者によると、大谷選手は、ロッカールームで話された内容について、その後“ホテルに戻る途中”で周囲に質問をし始めたと語っている。その時に、大谷選手は水原氏が説明した事の顛末について「内容を認識していなかった」とも述べた。記事内では「大谷の代理人は状況に対処している間、水原を通じて大谷とのコミュニケーションを続けていたが、水原は大谷に何が起こっているかを伝えなかったという」と報じている。

そしてドジャース側は、大谷選手が送金についてはその時まで知らなかったとし、大谷選手が水原氏からの「大規模な窃盗被害」に遭ったことを主張するようになった。大谷選手も記者会見を行い、「僕の口座からブックメーカーに送金を依頼したこともない」と主張している。

この矛盾した顛末を見ていると、どこかで誰かがうそをついていることになり、今のところ、すべて水原氏によるうそだったということで落ち着いているように見える。

■水原氏の違法賭博問題に連想する“ウェイン・ニックス事件”
ただ、もともと胴元であるボウヤー氏への、連邦当局による捜査が続いていることで、どこかで誰かが“うその証言”をしていることを連邦当局側が客観的な捜査でつかむようなことになれば、連邦捜査に対する「偽証罪」などで起訴される人が出てくる可能性がある。

これで思い出されるのは、海外で水原氏の違法賭博のニュースが出る際に、時々取り沙汰されるウェイン・ニックス事件だ。元マイナーリーグのプロ野球選手だったニックスは、2022年に自らが胴元として違法賭博を行っていたことで起訴された。さらにニックスの賭博組織に関係したとして、少なくとも11人がその後起訴されているが、この件に絡んで、連邦当局は水原氏の胴元だったボウヤー氏も監視するようになり、そこから水原氏の名前が連邦捜査で浮上したとみられている。

ウェイン・ニックス事件で起訴された11人の中にはプロ野球選手もいた。その選手は「賭博に関与していない」とうその供述をしていて、その後に「偽証罪」で起訴されている。

■今後の動きは? 大谷選手はどうなるのか
今回、水原氏の捜査には、アメリカの税務当局であるIRS(内国歳入庁)や連邦検察当局だけなく、多額の金銭が動いていることによる資金洗浄(マネーロンダリング)に絡んでいないかを調べるアメリカ国土安全保障省の捜査員も関与している。

今後はさらに、FBI(連邦捜査局)などが絡んでくる可能性も指摘されている。そこに、これまで水原氏に関連して出てきたうそなどが取り沙汰されないとは言い切れない。

少なくとも、この件はこのままでは終わらない。連邦捜査がさらに広がる可能性に加え、「大規模な窃盗」が起きたのなら、大谷選手側からのカリフォルニア州の警察当局への被害届も必要になる。また本当に窃盗なら、大谷選手側が水原氏などに対して盗まれた預金を回収するための民事訴訟が起きる可能性もある。

特にスーパースターであるスポーツ選手にも忖度のないアメリカメディアは、引き続き、この矛盾を解明するための取材を続けるだろう。そして違法賭博事件でも記事が止むことはないと言っていいだろう。

この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。