動画配信サービスの普及に伴い、いまや世界各国のさまざまなドラマが気軽に楽しめるようになっていますが、それだけにどの作品を観たらいいのか迷っている人も多いのでは? そんななかでオススメするのは、“映画界の美しき天才”がテレビドラマに初挑戦した話題のシリーズ 『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』です。現在、監督業から引退の噂もささやかれているこちらの方に、お話をうかがってきました。

グザヴィエ・ドランさん

(C) Shayne Laverdière

【映画、ときどき私】 vol. 582

2009年に19歳で映画監督デビューを果たし、映画界の新星として一躍脚光を浴びたドランさん。その後も『Mommy/マミー』や『たかが世界の終わり』など、作品を発表するたびに業界のみならず世界中の映画ファンたちから大きな注目を集めてきました。

そんななか、念願のテレビシリーズでは、監督・脚本・製作だけでなく、ドラッグのリハビリ施設から出てきたばかりのエリオットという難しい役どころで出演もしています。今回は、自身が影響を受けたドラマや今後のこと、そして日本への思いについて語っていただきました。

―最近、「実は映画よりもテレビのほうが好き」と明かしていますが、テレビドラマを好きになったきっかけについて教えてください。

ドランさん 僕はもともといろんなものに執着するタイプなので、テレビに対してものすごい執着心がありました。小さい頃は、『バフィー 〜恋する十字架〜』のサラ・ミシェル・ゲラーや『チャームド 魔女3姉妹』のホリー・マリー・コームズに手紙を書いていたこともあったくらい。しかも、エージェントに電話までして「僕の手紙は届きましたか? いつ本人の元に渡りますか?」と聞いていたほどです(笑)。

たいていはすぐ切られましたが、なかには優しいアシスタントがいて、「グザヴィエ、元気? 手紙は来週彼女が寄ったときに渡すから心配しないでね」と言ってくれたこともありました。そんなふうに、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、僕はテレビのアイドルたちの大ファンだったんです。

テレビは、自分の子ども時代の一部だった

―そのなかでも、ご自身に影響を与えているシリーズはありますか?

ドランさん さっきも触れた『バフィー 〜恋する十字架〜』や『チャームド 魔女3姉妹』、あとは『ヤング・スーパーマン』、『ロズウェル/星の恋人たち』。このなかだと特に『ロズウェル/星の恋人たち』には完全にやられてしまい、とにかく夢中でした。それくらいテレビに対しては大きな愛を持っているし、自分の子ども時代の一部になっていたのです。

少し大人になってからは、HBOの作品を観るようになりましたが、なかでも『シックス・フィート・アンダー』なんかは信じられないほどパワフルだったなと。「あれはオリジナルじゃない」と言う人もいますが、ほかにはない新しさがあり、現代的でもあったので本当に素晴らしい作品だと思います。決して忘れられない存在だし、僕の長年にわたる映画づくりにもインスピレーションを与えてくれている作品です。

―テレビドラマがドランさんのクリエイティビティにここまで深く浸透しているとは思いませんでした。

ドランさん 映画がテレビに刺激を与えるように、僕はテレビも映画を触発できると感じています。あくまでもストーリーテリングはどちらも同じであって、映画とテレビでは方法やフォーマットが違うだけ。『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』はテレビということもあり、そこに付随するルールがあるのもわかっていたので、今回は映画的なアプローチは一切しませんでした。

といっても、「監督をする」という意味では、映画なのかテレビなのかは特に関係ありません。そこにあるのは物語だけなので、それをとらえて相対するだけです。

今回の自分の演技を誇りに思っている

―ananwebでは、俳優として出演された『幻滅』で主演を務めたバンジャマン・ヴォワザンさんに取材を行っていますが、「ドランさんとの共演は最高だった」と。その理由は、監督と俳優を両方している方のなかには、自分の現場でなくても監督としての目線を捨てられない人がいるが、ドランさんは100%俳優としていてくれて助けられたからとのことでした。ご自身ではどのように感じていますか?

ドランさん 確かに僕はほかの監督の現場にいるときは、自分も監督であることや演出については、考えることは一切ありません。あくまでも、役者としているだけ。なぜなら、それは僕の仕事ではないし、そこに踏み入れるべきではないからです。もちろん、とんでもない撮られ方をしたくはないですよ! でも、だからといってそこに自意識を持ち込みたくはないので、まずはきちんと役者をケアしてくれる監督と現場であることは確認したいと思っています。

―ちなみに、ご自身が俳優として心がけていることはありますか?

ドランさん 自分の頭やカラダのなかに入り込み、ほかの役者たちと演技することに集中したいといつも考えています。特に、ほかの監督と仕事をしているときは、自分が監督しているときとは違ってさらに先に行けることがありますから。そういう場面で役者としての成長を感じることができるのです。

もちろんいつでもベストは尽くしていて、今回の自分の演技もとても誇りに思っています。でも、もしこの作品でほかの監督が僕を演出していたらまったく違う演技になっていたかもしれないですね。

自分を嫌うことも、愛することも抵抗がない

―では、今回のように監督と出演を兼ねている作品の場合、現場で意識していることはあるのでしょうか。

ドランさん 監督と役者の両方をしているときは、まず監督としてあちこちにいなければいけない大変さはありますね。そんななかで自分のシーンを演じている瞬間は、自分を見失ってしまうことも…。そういうときは、僕に対してつねに正直でいてくれる信頼できる仲間がそばにいて言葉をかけてくれるので、「自分は1人じゃない」と感じられています。

あと、僕は自分の演技を見て「あそこの自分は嫌だな」とか「もっとシンプルでいいのにやりすぎてるな」と思うことにまったく抵抗がありません。なぜなら、僕は自分を嫌うことに何の問題もないんですよ(笑)。と同時に、僕は自分を肯定して愛することにも抵抗がない。ちゃんとできていれば、自分に対して「これでいいんだよ。まさに必要な演技だった」と言えるんです。

―そういった葛藤がドランさんの演技に深みを与えているようにさえ感じます。

ドランさん 僕は自分の現場でも、ほかの監督の現場でも演じているときはつねにいろんなことを考えていて、それが止まることはありません。なぜなら、その場面に入り込みたいと思っても、そこには照明があり、多くの人がいて、床には自分の位置を示す印があることも全部わかっているので、完全に自分を忘れることは不可能だからです。しかもクリエイターとして、演者として、また一人の人間としてもさまざまな感情を持っていますからね。

いまは仕事を離れてゆっくりしたい

―つまり役に没頭しつつも、どこか客観的な視点がなくなることはないと。

ドランさん だから瞬間的に何もかも忘れて完全に入り込むのは、僕にとっては自分に嘘をついているような気さえしてしまうのです。もちろん努力はしますし、できる限りのことはします。でも、つねにどこかで「やってはいけないこと」と「やらなければいけないこと」に対する意識が残っているのかなと。かといって、ただ実行すればいいわけでもなく、その瞬間を生きて、そこに存在しなければなりません。それが役者の仕事ですから。そのうえで僕が言えるのは、「演じることがとにかく好き」ということです。

―今後はどのような作品を手掛けたいとお考えですか?

ドランさん 今回のドラマの準備や撮影は、人生でもっとも心躍る豊かな経験となりました。と同時に、この作品に全身全霊を捧げ、僕のすべてを語り尽くしてしまったことでむなしさを覚えているところも…。とはいえ、また作品は作りたいと考えていて、実現するかはわかりませんが、実はすでに2つの企画があります。

ただ、いまのところその2つ以外は映画もドラマも撮るつもりはありません。それよりも、いまはこの仕事を離れてゆっくり休みたいなと。休息、睡眠、家族、遊び、建築、旅行、グルメ、そして心の健康とセラピーのための時間が必要だと感じています。ずっと休まずに走り続けてきましたから。

日本に行ってすべてのことに触れたい

―確かにそうですよね…。日本にはドランさんのファンが非常に多いですが、日本に対してはどのような印象をお持ちですか?

ドランさん 実は日本に行くのは前からの夢で、本作のプロモーションで行くはずだったんですが、直前にいろいろとあって来日する機会を逃してしまいました。これまでも、僕の過去作はほかの主要な国と比べると日本は1年半〜2年遅れてリリースされていたこともあって、なかなか訪れることができなかったんです。というのも、場合によっては、日本での公開時期にその2つ先の作品に取り掛かっていたこともありましたから。

なので、いまどこかに行けるなら、一番に駆け付けたい場所が日本です。日本の美しさや美学、建築、文化、風景などすべてに触れたいですね。東京はもちろん、電車に乗って京都や大阪にも行きたいなと思っています。僕はアジアに行ったことがないので、来年こそはパーソナルな形でもいいので行けたらいいなと考えているところです。

―もし、日本人の監督や俳優、アーティストなどで一緒に仕事をしてみたい方がいたら教えてください。

ドランさん 日本の文化は僕の世界や生活に長年浸透していて、いろんな日本映画も観てきました。ただ、いますぐに具体的な例が思いつかなくて…準備しておけばよかったな(笑)。でも、是枝裕和監督の作品はほとんど全部観ているほど大ファンです。あと、アニメの場合、もし僕が声優を務めたら一緒に仕事ができるかもしれないですね! 

―ぜひ、日本とのコラボレーションも期待しています。最後に、ananweb読者に向けてメッセージをお願いします。

ドランさん この作品は素晴らしいスタッフとキャストが心を込めて作ったシリーズで、大きな喜びとやる気を感じながら、精密さを大事に僕ら自身のすべてを捧げて完成させました。それくらい物語やキャラクター造形には、僕らの愛と情熱と興奮が詰まっているのです。僕にとってはいままでで一番誇らしく思っている作品でもあるので、みなさんにも響くことを心から願っています。ぜひ、楽しんで気に入ってもらえたらうれしいです。

インタビューを終えてみて…。

どんな質問にも一生懸命答えてくださる姿に感銘を受けましたが、ときおりお茶目な表情を覗かせていたのも印象的だったドランさん。今後については気になる発言もありましたが、作品づくりや演技の話をしているときの姿が何よりも楽しそうだったこともあり、クリエイティブに対する溢れる思いを内に秘めていることはひしひしと伝わってきました。いちファンとしては長い目で見守りつつ、これからの展開にも注目していきたいと思います。

ドラン作品を語るうえで見逃せない意欲作!

ホラーとスリラーの要素を織り交ぜたサスペンスでありながら、同時に人間ドラマの側面も見事に描いている究極のテレビシリーズ。細部にまでこだわり抜き、予想を超えたラストへと突き進んでいく本作は、観る者に新たな衝撃と刺激を与えてくれるはずです。


取材、文・志村昌美

ストーリー

1991年、ケベック州の郊外に暮らすラルーシュ家の長男ジュリアンと妹のミレイユは、向かいに住むゴドロー家のロリエと仲良し3人組だった。ところが、ある夜の事件を境に3人の人生は一変してしまい、ミレイユは秘密を抱えたまま町を離れて家族と距離を置くことに。

それから約30年。母が危篤という連絡を受けて、ミレイユが故郷へと帰ってきた。ジュリアンとパートナー、次男のドゥニ、ドラッグのリハビリ施設から出てきたばかりの末っ子エリオットら家族が再び集結。しかし、母が残した予想外の遺言が引き金となり、葬り去られていた嘘と秘密が明かされるのだった。はたして、“あの夜”の真実とは…。

目が離せない予告編はこちら!

作品情報

『ロリエ・ゴドローと、あの夜のこと』
<字幕版>全話独占配信中
配信:Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」

(C) Fred Gervais