どうにも貧乏性な私は、ステッドラーのシャープペンシル(1000円くらい)を買うのにも震えるような性格故、筆記用具の最高峰万年筆に至っては、もはや恐れ慄いて手が出なかったというのが正直なところである。欲しい。でも高い! いつかお気に入りの珠玉の一本を手に入れたいと思いつつ、なかなか叶わぬまま三十を過ぎて、遂に私がそれを手に入れたのは、父が死んだ時のことであった。
 父はもっぱら赤青鉛筆か三色ボールペンを使っていたのだが、その文房具箱には大量の筆記用具が蓄えられていて、中にはいくつもの万年筆が眠っていた。勿体なくて使わなかったのか、色鉛筆とボールペンの方が好きだったのかは不明だが、かくして私は父から受け継ぐ形で、はじめての万年筆を手に入れたのだった。
 ちょっとした切なさを噛み締めながらペン先に滲むブルーブラックのインクに私は大いに魅了される。そして私が死んだらまた誰かが私の文房具箱から万年筆を見つけ、千年、万年、鶴亀のごとく使い続けてくれたらよいと切望するのであった。

左/1960年代モデルのドイツ起源〈モンブラン〉No.32。中/シルバーの〈パーカー〉メイド・イン・フランス。ちなみに同社のデュオフォールドは太平洋戦争降伏文書の署名に使われたそう。右/アメリカ1970年代〈シェーファー〉のインペリアルスターリングシルバー。

edit : Kisae Nomura
※この記事は、No.34 2016年10月号「&STATIONERY」に掲載されたものです。

&STATIONERY


作家・マンガ家 小林 エリカ

シャーロック・ホームズ翻訳家の父と練馬区ヴィクトリア町育ちの四姉妹を描いた『最後の挨拶 His Last Bow』(講談社)発売中。2021年夏、はじめての絵本『わたしは しなない おんなのこ』(岩崎書店)が発売。