連載「Voice――今、伝えたいこと」第29回、口下手な東京五輪金メダル候補の言葉

 新型コロナウイルス感染拡大により、スポーツ界はいまだかつてない困難に直面している。試合、大会などのイベントが軒並み延期、中止に。ファンは“ライブスポーツ”を楽しむことができず、アスリートは自らを最も表現できる場所を失った。

 日本全体が苦境に立たされる今、スポーツ界に生きる者は何を思い、現実とどう向き合っているのか。「THE ANSWER」は新連載「Voice――今、伝えたいこと」を始動。各競技の現役選手、OB、指導者らが競技を代表し、それぞれの立場から今、世の中に伝えたい“声”を届ける。

 第29回はバドミントン女子ダブルス日本代表の福島由紀、廣田彩花ペア(丸杉Bluvic)が登場する。「フクヒロ」の愛称で知られ、2019年まで世界選手権で3年連続準優勝。東京五輪で金メダル獲得が期待される中、自他ともに認めるほど口下手な2人が無力感を抱いたコロナ禍で表現したい姿に迫った。

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 何かできることはないかな。

 コロナ禍に置かれ、考える時間が増えた。外出自粛で読書や料理、ランニングなど新たな趣味を見つけた人もいるかもしれない。様々なイベントや中高生の大会が中止となったスポーツ界。“自分のため”から“人のため”にできることの枠を広げた人も多いはずだ。

 とりわけ、トップアスリートからはSNSやYouTubeでトレーニング動画、医療従事者へのメッセージ、中高生の助けになる企画を発信する姿が多く見られるようになった。だが、これらは決して義務ではない。発信が苦手な選手もいる。

「何ができるかって言われたら正直何もできない」

 福島は言葉に詰まりながら、無力感を滲ませた。「暗いニュースが多い中、東京五輪に向けて世の中に発信したいことは?」。難しい質問にさらりとは答えられない。「え〜」「う〜ん」「なんかこう」「何て言ったらいいんだろう」。慣れないZoomによる30分の取材中、パソコン画面に映るメダル候補は言葉を慎重に選んでいた。言葉に責任を持ち、いろいろなところに気を使って話すのは、優しい人柄の裏返しかもしれない。

 そんな福島とペアを組む1学年下の廣田もまた、「すーっごい人見知り」と自他ともに認める口下手だ。2人にバドミントン人生でぶつかった「最大の壁」を問うと、揃って同じ時期を挙げる。それも口下手が原因だった。

 ともに熊本出身で、幼い頃から互いを知っていた。福島は青森山田高3年時にインターハイでシングルス準優勝、ダブルス優勝の輝かしい実績があった一方、玉名女子高で目立ったものがなかった廣田。同じ実業団に入ったことでペアを結成したが、実力者の先輩に対し「自分でいいのかな」と不安があった。

「最初は本当に福島先輩に頼りっぱなし。自分の意見を言ったこともなかったし、もう話を聞いて『はい』というだけだった」

 試合で得点を取られても「自分が悪い」と決めつけた。リオ五輪出場を逃し、2016年4月にペアを解消。息が合わず、スタッフに勧められて別々の道を歩むことになった。

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 離れた時間が転機となる。後輩とペアを組んだ廣田は、引っ張る立場を知った。「今も苦手ではあるけど、『自分はこうしたい』という気持ちを伝えることの大切さを凄く学んだ」。言わなきゃわからないこともある。自信がなくて出せなかった言葉を勇気に乗せるようになった。

 福島も廣田の良さを痛感する日々だった。新しいペアではイメージ通りに進まない。「あ、ここは廣田だったら決めてくれるな」「廣田なら止めてくれる」。安心感が違った。2人で作り上げたものは大きい。パートナーとの接し方で大切なことを発見した。

「私が自分の意見をずっと言っていて、廣田からの言葉をあまり聞いていなかった。『言ってよ』と思っていたんですけど。あれから『聞いてみよう』という考え方に変わった」

 今でこそコートで輝く阿吽の呼吸。そのスタート地点の「聞く」「伝える」が欠けていた。互いの存在の大きさを知った2人はペア解消から約3か月後、引かれ合うように再結成。久々に同じコートに立った時の気持ちを問われ、福島は「えー、どんなんだったかな」と照れ笑いする。廣田はおっとりとした口調ながら、ちょっぴり前のめりに画面越しの先輩へ思いを打ち明けた。

「私は久々に組めたことが単純に嬉しかったですし、楽しいなって思いました。やっぱり福島先輩とのコンビネーションやパターンが決まると、パートナーの良さを改めて感じました。楽しみながら試合をやっていましたね」

 試合中でも「こうしたほうがいいですね」「今のは自分が行きます」と意思表示。チームに後輩も増え「フランクに喋るようになった」とコート外でも変化があった。バドミントンのこと、それ以外のことも年下にアドバイス。そんな成長した背中に、福島は「頼りっぱなしではなく『自分もやろう』という気持ちが伝わってくる。本当にそこが凄く変わったところかな」と信頼を寄せている。

 ダブルスを組む10代の若い選手たちへ、フクヒロから伝えられることがある。「やっぱりダブルスは1人じゃできない」。当たり前に思えるが、見失いがちな大切なこと。経験に裏打ちされた言葉には自信が見え隠れした。

 福島「『できない』『下手くそ』と思うのではなく、パートナーとして『じゃあ、私がここをカバーするから』『私が取る』と。自分のせいとか、相手のせいとかそういうものではない。1人のミスは2人のミス。そうやって一緒にやってほしいなと思います」

 廣田「どちらかの調子が悪くて、どちらかが良い時がある。どちらも良い時ってほとんどないと思います。片方が悪い時は片方がカバーして、2人で1点を取りに行く。2人で試合に勝ちに行くことが大切。パートナーの調子が良いなら、それに乗っかっていこうとするのもいいこと。でも、パートナーが悪かったら自分がしっかりカバーする。そういう気持ちを2人で作っていければいいんじゃないですかね」

 コロナ禍も2人で乗り越えている。ウイルスの感染拡大の影響で、拠点を置く岐阜の体育館は閉鎖。3月末には東京五輪の1年延期が決まった。何年もかけて合わせてきた舞台が先延ばし。福島は「中止じゃなくてよかった」と思う一方で、率直な胸の内を表現した。

「気持ちの沈みも多少はあった。今年に合わせて準備してきたので、気持ちと体を作っていく部分で『もう1回か』と思いました。それに加えて代表選考レースもあと1年。もうすぐのところで1年延びたので『もう1回か』という気持ちでした。仕方ないと思えたのは開き直りもあります。この状況は誰も予想していなかったことなので、自分だけでなくみんなが同じ状況。そこがポジティブに考えられた理由かなと思います」

「頑張ろうという気持ちが芽生えてくれたら…」 フクヒロが表現できる姿とは【写真:Getty Images】

安易に「感動を与えたい」なんて言わない、フクヒロが表現できる姿とは

 廣田も「延期になってショックはあった」としつつ、「不安な気持ちよりも、東京オリンピックで金メダルという目標があるので、そこはぶらさずに今できることを精一杯やれたら」と前を向く。

 今、何ができるのか。ランニングや自宅でトレーニングをしたコロナ禍の日々。1年延期は基礎練習で底上げができる時間が増えたとプラスに捉えている。

 代表争いも来年5月までに延長。フクヒロは今年3月の全英オープンで初優勝するなど、最大2枠の選考レースは1番手で“当確”の立場は変わらない。18年から所属したアメリカンベイプ岐阜の運営会社が経営難となり、今月4日には同じ岐阜の新設チーム「丸杉Bluvic(ブルビック)」への移籍を発表。再スタートの準備は整った。

 世界ランク2位で東京五輪金メダルの期待も大きい。取材の機会も増え、苦手分野の“伝える”と向き合う2人。今回の連載で最大のテーマである世の中に「今、伝えたいこと」を問われると、福島は「凄く難しい」と言葉を詰まらせた。

 時折、画面から視線をそらしながらも、声を繋いでくれた。

「何ができるかって言われたら正直何もできないですけど、試合が開催されるようになった時に自分たちができることは、精一杯、一生懸命やること。直接何かできるわけではないですが、その姿を見て少しでも元気になってもらえたらいいなと思う。いいニュースを届けられたら一番いいのかな。それを精一杯やりたいと思います」

 スポーツの魅力について、2人は「感動」と口を揃えた。他の団体競技を見て感動をすることも多いという。福島は「高校生の試合でも優勝のシーンを見ると、鳥肌が立つくらい感動する。自分も頑張ろうという気持ちが凄く出てくる」と力にする。仲間とともに一瞬に懸ける姿に胸を打たれた。

 自身は多くの人に見られる立場。注目が集まるほど、発信力は高まっていく。しかし、「感動を与えたい」なんて言葉は安易に口にしなかった。

「感動を与えるとかではなく、自分の姿を見て同じように『私も頑張ろう』って思ってもらえると嬉しい。感動を『届けるために』というわけではなく、自分のできることを精一杯やって、その人に頑張ろうという気持ちが芽生えてくれたら嬉しいです。それがもう“届いている”ということなのかなと思います」

 廣田も同じだ。3月中旬の全英オープン優勝後、友達や先輩、母校の先生からもらった連絡が印象的だった。「今こういう状況だけど嬉しかった」「元気になったよ」。意図したわけではないが、結果的に明るいニュースを届けられたことで嬉しくなった。

「(コロナ禍で)自分たちに何ができるかというと、本当に何もできないと思う。でも、そういう言葉をもらえたことで自分たちも凄く嬉しかったので、誰か一人にでも伝わればいいなって思いました。単純に『バドミントンって面白いな』だったり、少しでも元気になってもらったり。届けようとするのではなく、自分の精一杯の姿を見てもらって何かを感じてもらえれば」

 無力感を抱いたコロナ禍。自分に何ができるのだろうか。口下手な2人でも表現できるもの。それは、バドミントンに懸けながら「頑張ろう」の芽を育むことだ。

■福島 由紀(ふくしま・ゆき)

 1993年5月6日生まれ。熊本・八代市出身。164センチ。9歳で競技を始め、中学時代は全国ベスト16。青森山田高3年時にインターハイ女子シングルス準優勝、ダブルス優勝。実業団のルネサス入り後に廣田とダブルスを組み、2017年から3年連続で世界選手権銀メダル。

■廣田 彩花(ひろた・さやか)

 1994年8月1日生まれ。熊本・和水町出身。170センチ。5歳で競技を始め、玉名女子高を経て13年にルネサス入り。福島とのダブルスで徐々に開花。福島とともに再春館製薬所、岐阜トリッキーパンダース(現アメリカンベイプ岐阜)を経て丸杉Bluvicへ移籍。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)