連載「Restart――戦力外通告からの再出発」第5回、香月良仁の異色の試みとは

 日本におけるプロスポーツの先駆けであり、長い歴史と人気を誇るプロ野球。数億円の年俸を稼ぎ、華やかにスポットライトを浴びる選手もいる一方、戦力外通告を受けて現役生活に終止符を打ち、次のステージで活躍する「元プロ野球選手」も多くいる。

 そんな彼らのセカンドキャリアに注目し、第二の人生で奮闘する球界OBにスポットライトを当てる「THE ANSWER」の連載「Restart――戦力外通告からの再出発」。第5回は2015年、ロッテで中継ぎとして40試合に登板した実績を持つ37歳・香月良仁さん。

 16年シーズン後に戦力外通告を受け、社会人時代から縁のあった熊本で現在は2社の社長を務めている。「野球(Baseball)」「eスポーツ」「農業(Agriculture)」を組み合わせた画期的な取組「BeARプロジェクト」では、新規就農者の支援を目的に活動中。今に至る経緯や、選手のセカンドキャリアに対する思いを聞いた。(文=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

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 野球・eスポーツ・農業の“合体”。誰も思いつかない組合せで、新たな流れを作っている。16年シーズン限りでロッテを退団した香月さんは今、熊本を拠点として活動中。20年に学生指導に関するスポーツ事業、環境商材の販売などを行う会社「R&Associates」を設立し、今年1月には熊本からeスポーツを盛り上げる企業「e-spear」の代表取締役社長に就任。いまや2社の社長だ。

「正直、プロ野球はお腹いっぱいやりました。入団もクビになるのも人が選ぶもので、望まれなければきっぱり野球は終わりと思っていましたから」

 ロッテから戦力外通告を受けた後、12球団の編成担当らの前で実力を披露するトライアウトに臨む選択肢もあった。15年には40試合に登板し、防御率2.92の成績も残していたが「本当に必要とされるなら、受験しなくても連絡がくるもの」と割り切り、参加しなかった。17年からは社会人時代に所属していた熊本・鮮ど市場ゴールデンラークスに復帰。2年間投手としてプレーし、19年からはGM補佐専任となった。

 その間、熊本の農家の実情を知った。「高齢化が進んでいて、耕作放棄地がめちゃくちゃ多い。若い人には『キツイ・汚い・儲からない』のイメージもあるけれど、そんな中でも新規就農者になりたい人は多いんです」。ただ、農業には収益化、初期費用などの大きなハードルが存在する。

「箱詰めにこんなに手間がかかるのか」
「この野菜が1キロでこの価格になるのか」

 農家のジャガイモ、ほうれん草作りなどを手伝う中で、もっと作り手に利益が出てもいいと感じた。野菜を売り出しても、消費者の手に渡るまでにはかなりの中間手数料が発生してしまうのが現状だ。

 そこで香月さんは自らECサイトを立ち上げ、熊本の農家の新たな販路を作り上げた。

「農家さんからは『自分たちは作るスペシャリストだけれど、外に売るための営業が苦手』との声が大きかった。販路を作れば喜ばれる。世界の消費量はこれから増えていくと思うし、フードロス、環境問題の影響で、一次産業が生み出す野菜や肉、魚はかなりの価値を持つと思う。だから取り組まないといけないと思いました」

 単純に販路を作っただけで、大手ECサイトに対抗できるほど甘くはない。考えたのは、元プロ野球選手という立場と、eスポーツが持つ力を合わせることだ。

現役時代の香月さん。現在でも138キロを投げることができる【写真:本人提供】

今も138キロを投げる香月さん、元プロ選手によるチームを結成

 以前から、企業や自治体に依頼された熊本県内でのeスポーツ事業に携わっていたが、老若男女が楽しめるコンテンツとして、熊本県外まで事業を拡大すればより良いと考えていた。オフラインだったものをオンラインに変えれば、世界中と繋がることも可能だ。

「地域を盛り上げ、観光客などの流れを生むなら、オンラインで全国から参加できるイベントがいい」。自身はゲームに詳しくなく、むしろ苦手だが、だからこそ見せ方・演出には興味があった。

 ここで農業とのリンクを考えた。現在、eスポーツの大会では、プロ以外は高額賞金を受け取ることができない。大会賞金ありきで考えていない参加者、視聴者が多く、副賞があるだけでも喜ばれる。主催する大会で、熊本の新鮮な野菜セットを副賞とすることにした。参加者が集まれば、個々の発信力も活かし、ECサイトのPRも狙うことができる。国内市場4700万人規模とも言われる、eスポーツの潜在能力に目をつけた。

 6月27日、人気アプリゲーム「荒野行動」のオンライン大会を開催。ロッテ時代の本拠地にちなみ、大会名は「千葉行動」とした。全国各地から参加者が集まり、中継では千葉、名古屋、熊本を繋いだ。イベントにはロッテで同僚だった内竜也さん、矢地健人さんも参加した。

 元プロ野球選手の繋がりは、草野球にも活かしている。巨人、オリックスで活躍した兄・良太さん、元ロッテの青松慶侑さんらによる軟式野球チームを結成。熊本の農業PRを皮切りに、地域の問題解決を支援することが目的に活動を始めた。

 香月さんは現役を退いた今も、投手として最速138キロを投げられる。野球チームでは試合のほか、ユニホーム姿で農業活動を行うなどインパクトある社会貢献活動も検討中。「畑を耕しながら『野球のトレーニングだ!』みたいな面白い企画がやりたい」。YouTube等で発信し、元プロ選手のセカンドキャリア、ブランディングに活かしたい思いもある。

「野球(Baseball)」「eスポーツ」「農業(Agriculture)」の英語の頭文字をとり、熊本の「熊」とかけて銘打たれた「BeARプロジェクト」。6月から本格始動し、それぞれの分野での相乗効果に期待している。

プロ入り前はスーパーの総菜売り場でコロッケを揚げていた。当時の経験が今に活きている【写真:本人提供】

コロッケ揚げの経験で感じた「数円の違い」の効果

 長年携わってきた野球界への思いは強い。競技人口の減少に対し、観戦人口は増えていること。インターネットを利用して野球に触れる人が増えていること。プロ野球選手以上に有名な野球YouTuberが生まれていること。競技を取り巻く環境は、物凄いスピードで変化している。

 選手のセカンドキャリアも変わらなければならない。引退して感じているのは、現役時代の“備え”の重要性だ。

「高卒の選手がめちゃくちゃ美味しいステーキを食べられる世界なんです、プロだから。でも、必ず終わりはくる。終われば、同じステージにはビジネスで行くしかない。本当は現役の時に、ビジネスや金融リテラシーの勉強をしておかないといけないけれど、やっていなくて終わった後に何をしていいかわからない人も多い。

『資本はあるから飲食店をやろうか。名前でお客さんは来るだろう』。来るわけがないじゃないですか。野球と同じで、素人がプロに勝てるわけがない。中には経験して勉強して、ブランディングしながらやっていける人もいる。でも、何をしていいかわからず、サラリーマンになっても不完全燃焼でやっている子もいます」

 一流選手は、現役を終えても解説などの仕事がある。「それ以外の98%は、現役中から考えないとダメだと思います」。野球から離れても成功している元選手は、引退前から頭を使い、自ら行動している人が多いと感じている。

 香月さんを支えていたのは、プロ入り前の“コロッケ揚げ”の経験も1つだ。第一経済大を卒業後に鮮ど市場に入社。同社が立ち上げた熊本ゴールデンラークスで野球をしながら、店舗の総菜売り場に勤務し、1日数百個のコロッケを揚げるなど8時間働いていた。

「1個30円のコロッケが皆さんのおかずになりますが、価格が数円でも上がったら買わない、安かったら買うってあるんですよね。価格、売れ行きなどの関係性を自然と見て、ビジネスに触れていた。自分で事業を作りたいと思ったのはその経験が大きいですね」

 華やかなプロの世界に足を踏み入れても、社会人時代の体験が香月さんを正していた。活躍するための努力は惜しまない。でも、選手を辞めて働く時は必ず来る。将来から逃げず、考え続けていた自身の経験も踏まえ、「BeARプロジェクト」にセカンドキャリアに関する思いを込めた。

 今、プロジェクトが最も求めているのは協賛企業。一緒に農業を盛り上げていく思いから「応援隊」と呼んでおり、6月の本格始動直後から3社の支援を受けている。企業にとってはCSR活動(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の一環になるほか、eスポーツ参入を通じて全国発信もなされるなど、様々なメリットがある。

 今はまだ「入団1年目の勝負の年」と表現した香月さん。前例のないチャレンジが一石を投じるものであることに間違いはない。今後、全く違う3領域をどう絡めていくのか注目したい。

■香月良仁(かつき・りょうじ)/e-spear代表取締役社長

 1984年1月22日、福岡県出身。柳川高2年時に1学年上の兄・良太とともに春の甲子園に出場。第一経済大を経て、2006年に鮮ど市場に入社。同社が発足させた熊本ゴールデンラークスでプレーした。08年ドラフト6位でロッテに入団。10年にプロ初勝利を記録した。15年には中継ぎとして40試合に登板し、防御率2.92をマーク。故障の影響もあり、16年10月に戦力外通告を受けた。17年から鮮ど市場ゴールデンラークスに復帰。18年まで投手としてプレーを続けながら、熊本でスポーツ、農業などの事業にも触れた。19年GM補佐を経て、20年にR&Associatesを設立。21年1月からe-spearの代表取締役社長に就任した。現役時代の身長・体重は180センチ、82キロ。右投右打。(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)