「日本ボクシング連盟の今」後編

 日本ボクシング連盟は生まれ変わったのか。2018年夏、前会長の山根明氏の体制下では様々な問題が表面化。山根氏の風貌と独特なキャラクターも相まって、大騒動に発展した。新体制移行から3年が経ち、東京五輪でメダル3つ、世界選手権で金メダル2つを獲得するなど、活況を見せるアマチュアボクシング。体制を引き継いだ内田貞信会長、体制交代に尽力し、副会長に就いた菊池浩吉氏(現理事)に「日本ボクシング連盟の今」を聞いた。

 後編では、今年世界で活躍する選手が台頭した理由などに着目する。山根政権下にはなかった、選手強化とスポンサーの資金援助における「選手ファースト」の改革。物議を醸した不正判定疑惑をなくし、競技人口の裾野を広げる活動を進めてきた。公益法人化は「目前」と言えるまでに信頼回復に努めた3年間に迫る。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

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 18年夏、「日本ボクシングを再興する会」が山根会長の不正を指摘する告発状をスポーツ庁などに提出。助成金の不正流用、審判員の不正判定疑惑、試合用グラブの不透明な独占販売など、叩けばどんどんホコリが舞う状態だった。山根氏は辞任に追い込まれたのち、大きく関わった一部の幹部とともに除名処分が下された。

“山根問題”から3年。東京五輪で入江聖奈が金、並木月海と田中亮明が銅で3つのメダルを獲得した。10月の世界選手権では、岡澤セオンと坪井智也が同じ日に日本人初優勝の快挙を達成。以前からメダリストはいたが、1年間で3人も“世界王者”が生まれた。今、勢いのあるアマチュアスポーツだ。

 騒動当時、多数のメディアに出演するなど組織改革に奔走してきた菊池氏は、新体制の副会長に就任。なぜ、選手たちが次々と結果を残せたのか。選手のひたむきな努力があったことは大前提のもと、日本連盟内の改革を明かしてくれた。

菊池氏「私たちもこの活躍はなぜなのか考えます。言えるのは『選手ファースト』の姿勢を取ってきたことじゃないかと。何が選手ファーストなのか。合宿中の練習や試合前の調整は、選手と話し合いながら個々に任せました。ベテランもいますし、みんなエリートですから自分の調整方法がある。それを受け入れて、ディスカッションしながら個々に任せる。それによって、試合で自分の実力を出しやすくなったと思います」

 スポンサーが選手に払う資金においても改革された。前体制下では、30%が日本連盟に入る“日連ファースト”の契約条件。今は選手に100%入るように変えた。日本連盟には企業側が応じてくれた場合のみ支払われる。菊池氏は「企業に110%の援助をお願いすることもあります。10%だけ日連(日本連盟)がいただく。これは企業側が許可してくださった場合だけ。選手への額は変わりません」と強調した。

世界選手権優勝が決まった瞬間の岡澤セオン、「プロのアマボクサー」としてロールモデルになろうとしている【写真:Getty Images】

物議を呼んだ「奈良判定」、菊池氏「油断してはいけない。審判員も重く感じてる」

 菊池氏は、岡澤がアマボクサーのロールモデルになることを期待している。4月からスポンサー収入だけで活動する「プロのアマボクサー」になった。自ら支援相談に出向くなど、約20社の企業からサポートしてもらっている。遠征やケアの費用も自腹だという。

菊池氏「全て自分でやってくれています。あれは“セオンスタイル”ということで、私たちも岡澤選手のためにできることはサポートしました。これからの選手たちもあの形を目指してほしい。彼は『ありがとうございます!』と言ってくれるけど、『いやいや、これが本来の姿なんだ』と伝えています」

 浮いた資金はジュニア世代の育成や競技普及など、日本連盟の新たな活動に充てることができる。

 前体制では、試合の判定も物議を醸した。特定地域の選手を贔屓したとされる審判員の不正判定疑惑。「奈良判定」のワードは新語・流行語大賞のトップ10にまで選ばれてしまった。前代未聞の状況が二度と生まれないよう新体制では努めてきた。

菊池氏「公平になったことで、実力を出した選手が正しく勝ち上がれるようになったと思います。ただ、やはり油断してはいけないのは人の心にある忖度です。審判員もそれは重く感じ、あってはいけないと強く意識しています。これからさらに徹底させるため、もし地方の大会でも納得いかない判定があれば、映像などのエビデンスとともに通報できる仕組みをつくっていくところです」

 競技普及でも力を注いだ。今月6、7日には全日本マスボクシング大会を初開催。大きめのグラブとヘッドギアをつけ、力を入れずに打ち合うマスボクシング。小学1年生から上限の年齢制限はなし。男女で年代別にカテゴリーが分けられ、最も上のシルバーエイジ(71歳以上)男子の部では、74歳が優勝したという。

内田会長「あぐらをかかず、私たちが次の一手を打たなければいけないということで開きました。登録数ではいえば170人くらいですが、これからかなり増えていくと思います。生涯スポーツ、健康スポーツ、普及させるためのスポーツという3つの形で進めていきたい。子どもたちの入り口になり、リングを経験させてあげることが大事。その先には障害者スポーツとしてマスボクシングができるようにすることも開発中です」

 2019年には「ゴールデンキッズ」の名称でジュニア世代のマスボクシング大会も開催。コロナ禍で20、21年は中止となったが、競技の裾野を広げる活動を進めている。

公益法人化は「目前」、菊池氏「もうやるべきことは全てやった」

 目指してきたのは、一般社団法人から「公益法人」に認められることだった。内閣府によって認定される公共の利益を目的とした団体。税制上の優遇措置を受けることができ、信頼の証しでもあるため企業からスポンサーを受けやすい。競技の普及、発展には不可欠な活動資金。その達成は目前に迫っているという。

菊池氏「公益法人化は年内を想定してやってきました。実は、もうやるべきことは全てやっている状態。承認待ちのような状態です。現状では提出したものに対して、やり直しやご指導を受けることはないので(公益法人化は)目前だと思います。

 人も、お金もない状況。今は一人の負担が大きいんです。例えば、今回の全日本選手権で凄く頑張ってくれている人たちがいますが、みんな高校や地方の大会でも頑張ってくれている人たちです。負担が大きすぎるので、大会ごとに運営チームがあるようにしたい。そこがゴールじゃないでしょうか」

内田会長「競技のイメージをまだまだアップさせていき、企業がスポンサーとしてメリットがあるような組織、競技にしていかないといけません。公益化の次は『収益化』とずっと言ってきました。収益をつくるためにいろいろなことをやり始めています。

 ボクシングを始める入り口をつくったら、選手の育成と強化。強化の後、また選手が役員として残ってもらえるような組織じゃないといけません。今は引退後に一度出て、帰ってくるのを期待するしかない状況。そのまま残ってもらえるような競技にしていきたいですね」

 28日までの全日本選手権は、入江や並木の優勝で幕を閉じた。リングの撤収や会場の消毒作業、ごみ拾いなどが行われた体育館。せっせと動く人たちの中に役員の姿もあった。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)