弘前大学(青森県弘前市)が品種開発したリンゴ「きみと」を、南アフリカで生産する取り組みが動き出した。知的財産権を活用し、生産から販売までライセンスを受けた食品商社が、現地企業と一体的に品質管理や市場調査などを行い、市場開拓やブランド価値向上につなげる。弘前大に一定の許諾料(ロイヤルティー)が入る仕組みだ。

 弘前大と食品商社、西本Wismettac(ウィズメタック)ホールディングス(東京)傘下のWismettacフーズ(同)が契約した。植物の新品種の開発者に与えられる知的財産権は「育成者権」と呼ばれ、きみとの南アフリカでの育成者権をWismettacフーズが譲り受けた。南アフリカを拠点とする企業とタッグを組み、今後、現地で品種や商標を登録。パートナー企業グループの生産農場で試作栽培を近く始める。

 きみとは、弘前大農学生命科学部の藤崎農場(青森県藤崎町)で育成され、2016年に品種登録された。さわやかな甘みが特徴のリンゴで、皮が黄色で果肉が白い。一般の黄色品種に比べ蜜が入りやすく、貯蔵性にも優れるという。生産量はまだ少ないが、ネット通販する地元の農業法人もあり、「おいしいと評判も上々、苗木もよく売れていると聞く」と同学部の林田大志助教。

 きみとを南アフリカで生産する理由は、品種の知的財産権を守りつつ、攻めのリンゴビジネスへ転換することにある。

 日本で開発された優れた農産品種が無断で海外に持ち出されて栽培が広がり、輸出機会を失うケースは枚挙にいとまがない。農林水産省はシャインマスカットの中国への流出だけで、許諾料相当の損失額が年間100億円以上と推計する。

 そこでWismettacフーズが活用するのが、品種の知的財産を保護しながら、生産・販売するライセンスを会員だけに与える「クラブ制」と呼ばれる方式だ。豪州など大洋州や欧州のリンゴ産業で00年代中ごろから本格的に採り入れられている。

 Wismettacフーズの増田隆裕さんは「南アフリカは季節が日本と反対で、日本からの出荷が少なくなる端境期に市場に出せる。日本産と同等の品質のきみとを、市場に見合った価格で提供できれば新たな販路の開拓にもつながる」と期待する。距離的に日本からの出荷が難しかった欧州や中東などへの輸出も視野に入ってくる。

 日本は優れたリンゴ品種を作り出してきた国として知られるが、担い手は個人や都道府県が中心。育種に時間と資金がかかる割に、利益を還元する仕組みは不十分だった。Wismettacフーズは取引拡大による事業収益を見込む一方、開発者に再投資のための資金が回るウィンウィンの関係を築くことにもこだわる。弘前大の林田助教は「この取り組みが『攻めの農業』への足がかりになれば」と話している。(鈴木淑子)