昨夏、記者(28)の北陸に住む祖母(81)が特殊詐欺の被害に遭った。典型的なオレオレ詐欺。祖母は「孫」を装う電話にだまされ、100万円を知らない男に渡してしまったという。なりすまされた「孫」とは、記者のことだった。

 父からの電話で被害を知った。祖母に電話を替わってもらう。

 「大丈夫?」と尋ねると、「あんたこそ大丈夫だった?」と返ってきた。

 警察や家族から「あの電話は詐欺だ」と聞かされた後も、まだ詐欺電話の相手を記者と思い込んでいた。

 「今日は電話してないよ」と話すと、祖母はしばしの間、押し黙った。

 「じゃあ……ばあちゃん、だまされたん?」

 いつも強気で元気な祖母の声は、か細くなっていった。

 電話好きだった祖母。被害に遭って以来、着信音が「怖くなった」という。事件前は、自分はまだまだしっかりしていると思っていた祖母だったが、自信が崩れてしまった。

 記者も後悔していた。

 赴任先の大阪から定期的に祖母に電話をかけていた。いつも声を聞いただけで「広大かい?」と記者の名前を出してきた。危ないなとは思いつつ、「しっかりしているし大丈夫だろう」と高をくくっていた。

 事件翌日、祖母が現金を手渡した「受け子」が逮捕された。

 北陸から遠く離れた街に住む男性(21)だった。事件当時は大学生。「自分の経験を話すことで、足を踏み外す人間も被害者も減るのであれば」と取材に応じてくれた。

 大学の友人から「もうかる仕事」と誘われ、遊ぶ金ほしさに応じたという。「脱税の手伝い」「紙袋を置くだけ」という説明をうのみにして、「脱税なら苦しむ被害者もいないし……」と深く考えなかった。

 男性は、スポーツ系の部活動に打ち込んできた。一緒に暮らす家族とも仲が良い。会ってみると、「普通の大学生」だった。

 警察庁の資料によると、こうした「闇バイト」は、自らSNSで高額報酬の危険な仕事を探すケースが多いという。だが男性のケースのように、キャンパスライフのすぐそばにも犯罪への入り口があった。

 男性は詐欺グループからの指示通り、祖母から受け取った100万円を公衆トイレに隠したという。報酬は30万円のはずだったが、受け取る前に逮捕された。

 大学は自主退学せざるを得なかった。執行猶予が付いたとはいえ、有罪判決を受けた事実は消えない。

 失ったものの大きさを悔やんでいた。(木下広大)