彦根藩井伊家の伝来品を収蔵する彦根城博物館(滋賀県彦根市金亀町)で、テーマ展「茶壺(ちゃつぼ)―武家の美意識―」が開かれている。茶壺は、茶の湯で用いる葉茶を保管する壺で、初公開を含む29件を展示する。井伊家の収集品を通し、茶壺をめでてきた歴史を伝えている。6月18日まで。

 市が昨年4月に施行した「井伊直弼公の功績を尊び茶の湯・一期一会の文化を広める条例」を念頭に茶の湯文化の継承も目指す。

 博物館によると、中国南部でつくられた貯蔵用の大壺が日本にもたらされた。13世紀ごろ、喫茶の伝来などとともに茶壺に転用されたと考えられるという。

 戦国時代の天文年間(1532〜55)ごろの茶会記では、書院や広間の床に飾る「茶壺飾り」が行われていたことがわかる。茶壺は格別に扱われ、戦国武将らも愛した。戦の褒美として部下らに授けた。

 江戸時代には、宇治の新茶を将軍へ献上するために江戸へ運ぶ「茶壺道中」があった。井伊家にも宇治の新茶を詰めた茶壺が届いた。「口切(くちきり)の茶事」も茶人らの間で広まった。初夏に摘んだ葉を茶壺で熟成させ、その茶壺の口の封を切り、新しい茶を喫する茶事だ。

 今回の展示品の一つ、「褐釉四耳壺(かつゆうしじこ)」は中国・明時代の茶壺。ルソン島(現・フィリピン)を経て輸入された。底には、江戸時代の古河藩主永井直勝や、戦国大名の毛利元就の孫にあたる長府藩主毛利秀元のものと推定される花押が記されている。こうした諸家を経て井伊家に伝わった。

 「緑褐釉(りょっかつゆう)四耳壺」も中国伝来の茶壺で、13代直弼が茶会で飾り道具に用いた。この四耳壺などは、大名茶人の小堀遠州が井伊家2代直孝に「いずれも良い品で自分用に買って留め置いていますが、二つあわせていかがですか」と勧めた。このことは、今回展示されている「小堀遠州書状 井伊直孝宛」から読み取れる。

 ほかにも中国・明時代の交趾焼(こうちやき)の優品「三彩宝相華文(さんさいほうそうげもん)五耳壺」、茶壺を収める箱のふたの裏に茶銘や内容量、日付を記して貼った「御茶入日記」も目をひく。

 6月1日午後2時から関連講座(資料代100円)がある。講師は奥田晶子学芸員。先着順、定員50人。入館料は一般500円、小中学生250円。問い合わせは彦根城博物館(0749・22・6100)。(藤井匠)