名門ザウバーF1の衰退と、「名前を変えて生き残る」という決断

名門ザウバーF1の衰退と、「名前を変えて生き残る」という決断

 F1においてザウバーよりも長く存続しているチームは、現在3チームしかない。フェラーリはF1選手権の始まりの年である1950年から参戦している。マクラーレンが創設されたのは1966年だ。そしてウイリアムズが自前のマシンを作り始めたのが1978年である。

 ザウバーは1993年のデビュー以来、F1に残るために並外れた仕事をしてきた。
 既存チームのなかで4番目に古いチームであるザウバーは、アルファロメオ・レーシングとしてF1に参戦することとなった。アルフォロメオは1950年と1951年にF1に参戦し、ジュゼッペ・ファリーナとファン・マヌエル・ファンジオがそれぞれドライバーズタイトルを獲得した。伝説のブランドが次にコンストラクターとしてF1にフル参戦したのは1980年から1985年のことだが、このころの活動は成功とは程遠かった。そしてそれより30年以上を経て、2019年にF1へと復帰することが決まったのである。

 1993年にエントリーしていたリジェ、ロータス、フットワーク、マーチ、ローラ、ラルースは、もはやF1には存在しない。ティレルの場合は少し事情が違う。ティレルはBATに買収され、後身BARは後にホンダに買収され、ホンダのF1撤退に伴い、チームはブラウンGPとなり、メルセデスに買収され、現在のチャンピオンチームとなった。つまり、ティレルの名称は残っていないものの、ある意味では、ケン・ティレルとジャッキー・スチュワートが1969年、1971年、1973年にタイトルを獲得した数十年後の今も、ティレルは世界選手権でタイトルを勝ち取っているとも言える。

 ジョーダン、ベネトン、ミナルディといった1993年に存在した他のチームは、オーナーを変えることで生き残った。
 1995年以降、シムテック、パシフィック、フォルティ、プロスト、トヨタ、スーパーアグリ、別のロータス、HRT、ヴァージンがF1に参戦したが、彼らもまたF1を去った。

 ぺーター・ザウバーが運営するチームは常に非常に有能だったが、財政的には良い時期とそうでない時期があった。2012年、彼はチームの3分の1をモニシャ・カルテンボーンに売却し、後にチーム代表の座から引退した。

 それからの4年はチームにとって最悪の時期だった。2014年は特に悪く、1ポイントも獲得できなかった。2015年には状況が改善し、ザウバーは36ポイントを稼いだ。しかしその後の2016年の獲得ポイントはたった2ポイント、そして2017年は5ポイントだった。

 どこかに売却しない限り、チームを存続できるかどうかは疑問だった。2016年7月にペーター・ザウバーとモニシャ・カルテンボーンは、彼らが所有するチームの全株式を、スイスを拠点とする投資会社ロングボウ・ファイナンスに売却、パスカル・ピッチがザウバーの新チェアマン兼会長に就任した。

 ロングボウ・ファイナンスによる投資はチームの状況を好転させた。2017年、新チーム代表のフレデリック・バスールが、2018年からのホンダとのパワーユニット契約をキャンセル、フェラーリとの契約延長を決めた。

 フェラーリとのつながりを強化したことが、ザウバーチームのパフォーマンスを向上させた。アルファロメオをタイトルスポンサーに迎えた2018年、才能あるルーキードライバーのシャルル・ルクレールが加入したこともあり、ザウバーは48ポイントを獲得し、コンストラクターズ選手権8位に浮上した。

 そして2019年、ザウバーはアルファロメオ・レーシングとして新たな時代をスタートさせる。アルファロメオ、フェラーリ、フィアットから追加の資金が入ることで、F1で4番目に古いチームであるザウバーは、これからも長きにわたってF1に残ることになるだろう。


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