開幕前の時点で「背水の陣」と土居隆二監督が語るほど、今季に向けて体制強化を図ってきたKids com Team KCMG。ドライバーとしては福住仁嶺が移籍加入、さらに昨年まで監督を務めた松田次生がアンバサダーに就任するとともに、新たに関口雄飛をリザーブドライバー兼チームコーディネーターとして迎え入れ、全日本スーパーフォーミュラ選手権の2024シーズンをスタートさせた。

 そして5月19日に行われた第2戦オートポリスからは、小林可夢偉車(7号車)のエンジニアとして新たにイタリア人のコシュモ・プリシアーノ氏が加入し、WEC世界耐久選手権のTOYOTA GAZOO Racingなどでも活躍する高田剛エンジニアがデータ面から支える強力な体制が採られている。

■加入のきっかけは関口雄飛チームコーディネーター

 現在スイス在住のプリシアーノ氏は、なんとスーパーフォーミュラの経験はゼロ。シーズン開始直後の異例の抜擢とも言えるが、今回KCMG加入のキーとなったのは、関口の存在だっただった。2008年、イタリアをベースにインターナショナル・フォーミュラ・マスターに参戦した関口の担当エンジニアが、プリシアーノ氏だったのだ。

「雄飛が、『過去にいろいろなエンジニアとやってきたけど、僕はコシュモを勧めます。彼がナンバーワンです』と言ってくれたんです。彼は以前にはGP2をやっていたことで、ライフの短いピレリタイヤの経験があります」と説明するのは土居監督。

「高田が入ってくれてトラックとデータエンジニアを兼任していたのですが、コシュモは同じソフトウェアを使いこなすことができるので、高田のデータをより活かすこともできますし、(可夢偉、高田氏とともに)英語でのコミュニケーションもできますので、(エンジニアリング体制を)再構築しよう、ということです」

 プリシアーノ氏は近年、DTMドイツ・ツーリングカー選手権やGTワールドチャレンジ・ヨーロッパなどでGT3車両のエンジニアリングに関わってきたほか、2023年限りでWECハイパーカークラスから撤退したグリッケンハウスのプロジェクトにも加わり、ELMSヨーロピアン・ル・マン・シリーズではLMP2やLMP3のエンジニアも歴任してきたという。それ以前にはGP2、F3などのシングルシーターに携わっていた。

 オートポリス戦の決勝前、プリシアーノ氏に予選までの印象を聞くと、「シングルシーターの世界に戻れて嬉しい。チームの環境もとてもいいし、スーパーフォーミュラのエンジニアリングはチャレンジングだ。可夢偉はとてもプラグマティック(実用的、実利的)だね」と前日に初めて走らせたスーパーフォーミュラ、そしてKCMGの印象を語った。

 ここ数年苦戦が続いてきた可夢偉にとって、新エンジニアの加入は大きな希望となっている様子。プリシアーノ氏にとっての“スーパーフォーミュラ初日”に予選Q2へと進出したことは、すでにひとつの成果でもある。

「彼にとっては開幕戦どころか、テストみたいなもんですからね。転がしたことないんですよ? オートポリスも初めてなんですから」と強調する可夢偉は、「僕が言ったことに対して、ちゃんと理論的に、データを見たうえで『こう思う』と返ってきます」と、プリシアーノ氏との初仕事には手応えを感じたようだ。

「僕が言っている言葉が、彼の頭の中とつながれば、すごくいいんじゃないかと思っています。彼の頭の中にちゃんと理論があるので、それに合わせた乗り方とコメントをしてあげよう、と」

 予選日時点でのクルマのフィーリングは、可夢偉いわく「そんなに良くない」とのことだったが、そのことが逆説的に手応えにつながったようだ。

「それでも予選10番手だから、『あ、これで10番にいられるんだ』って。ここから僕が問題としているところを直していけば、結構戦えるんじゃないかと思います。岩佐(歩夢)のタイムは速かったけど、2番手までだったらコンマ5秒くらいじゃないですか。全然見えてない話ではないので、詰めて行ったらいいんじゃないかと正直思ってます」

 プリシアーノ氏はレースのたびに来日する形となるが、チームは日頃からオンラインミーティングなどでコミュニケーションを重ねていくという。

 土居監督は「とにかくこのカテゴリーはテストができなくて、走行時間が少ない。そのなかでも進化していくためには、やっぱり『人』が大事なポイントになってきます。7月の富士の合同テストでは、いろいろなアイデアを投入したいですからね」と今後の展望を口にした。走行時間が限られるなか、短時間のプラクティスでセットアップの方向性などを判断しなければならないこともあり、人材に投資することは現在のスーパーフォーミュラのパドックにおける、ひとつのトレンドと言える。

 オートポリス戦の決勝、可夢偉はスタートでは順位を下げたものの、最後はグリッド順と同じ10位でフィニッシュした。「レースではいいパフォーマンスに見えるので、それはポジティブだったと思います」と可夢偉は振り返っており、僚友・福住も8位と、チームとしてW入賞を果たして体制再構築後の初陣を終えている。果たしてKCMGの新・エンジニアリング体制はどう実を結んでいくのか、今後も注目していきたい。

■「すごくピンポイントで見ることが仕事」と次生アンバサダー

 また、昨年はチーム監督として全体を俯瞰する立場にあった次生アンバサダーは主に8号車担当として、そして関口チームコーディネーターは主に7号車担当として、ドライバーならではの視点でチームをバックアップすることに専念していることも、いい効果を生んでいるようだ。

「エンジニアではできないようなことを、僕と関口くんでカバーしている形です」と次生アンバサダーは説明する。

「昨年僕は監督だったので、ある程度全体を見なくてはいけなかったのですが、いまはすごくピンポイントで見ることが仕事になっていて、ドライバーは多分やりやすくなっていると思います。良い形で今年はチームが回っていると思いますね」

 セッション中の次生アンバサダーの仕事は、タイミングモニターや公式アプリ『SFgo』を常にウォッチすること。「練習とか予選とかでは、常に他のクルマについて気づいたことを書き取っておいて、それをエンジニアやドライバーに伝えています」。

「決勝では主に(ライバルの)タイヤの状況やその温度、あとはオーバーテイク(システムの使用)の状況だったりを見て、ドライバーが欲しいデータをとにかく常に(無線で)伝えてあげる。あとはセクタータイムを常に追っかけていて、どこが勝っている・負けているというのを入念に見ていますね。関口くんも昨年まで乗っていたので、その感覚も含めてみんなで共有できるのは、結構大きいんじゃないかと思います」

 なお、SFgoでの他車の無線については「結構タイムラグがあるので、あまりあてにはしていない」。そして「フリープラクティスでは10画面」でライバルの動向をチェックしているという。走行時間が限られる反面、アプリの充実化などもあって多くの“情報”が飛び交う昨今のスーパーフォーミュラの現場では、それをウォッチし、判断できる環境や人材の重要度も、飛躍的に増している。