「時がたっても悲しみ、怒りは消えない」「復旧復興が進まず、この先どうなるのか」。3日、大規模土石流から3年が経過した熱海市伊豆山の被災地。遺族や被災者の心の傷は今も癒えず、愛着のある郷土にいまだ帰還を果たせていない避難住民も多い。土石流の原因を究明し、一日も早く伊豆山の再生を―。就任後初めて被災地入りした鈴木康友知事に対し、遺族、被災者からは期待と注文の声が聞かれた。

 土石流の発生時刻とされる午前10時28分、同報無線のサイレンが響く中、遺族や被災者は静かに手を合わせ祈りをささげた。
 「発災当日の景色、亡くなった方の顔が浮かび、ブルーな気持ちになる。被災者にとって、きつい日」。
 経営する製麺所兼自宅が被災した中島秀人さん(55)は、心境をしみじみと語った。市の復興計画に住民意見を反映させる懇話会の一員として、鈴木知事と面会した。「知事が現場に来てくれて、心強く感じた。強いリーダーシップで伊豆山を復興に導いてほしい」と望んだ。
 自宅が全壊し、神奈川県湯河原町で避難生活を送る太田かおりさん(58)も懇話会員の一人。被災地への帰還が進んでいない現状を伝え、住民と対話し、支援を継続するよう鈴木知事に求めた。「知事は『寄り添っていく』とだけ話していた。初めて被災地に来て、何を感じ、何をすべきと思ったか。もう少し踏み込んだ一言がほしかった」と物足りなさを口にした。
 当時77歳だった母の陽子さんを亡くした瀬下雄史さん(56)=千葉県=は被災した両親宅の跡地で黙とうした後、会長を務める「被害者の会」の集会に参加した。会員ら約20人の前で、「3年たっても遺族の感情は癒えない。家屋、財産、思い出を奪われ、生活再建に苦しむ方もいる。行政対応の理不尽さを変わらず抱いている」と述べ、土石流の真相究明と責任追及の必要性を強調した。
 業界団体から規制が厳しいと反発を受け、見直しの検討が進められている静岡県盛り土規制条例について、瀬下さんは「企業の経済活動はもちろん大事だが、県民の生命財産を差し置いて、無作為に規制を緩めてはいけない」と指摘。7月中にも鈴木知事と面会し、意見書を提出する意向を示した。

復旧進まず帰還低調 用地買収交渉 静岡県・市と地権者 膠着状態  熱海市伊豆山の大規模土石流の被災地は、市と静岡県の復旧復興工事が計画通りに進まず、避難住民の帰還が2割程度にとどまる。工事に必要な用地の買収交渉を巡り、市と県が一部の地権者と信頼関係を築けないまま膠着(こうちゃく)の状態に陥っているのが主な原因で、進展の兆しは見られない。   被災地の逢初(あいぞめ)川流域で計画される復旧復興工事では、県が30年に一度の豪雨に耐えられる河川に拡幅した上、市が両岸に幅4メートルの市道を新設する。市と県は被災地で住民説明会を重ねておおむね理解を得たが、主な地権者を含む一部の被災者が「対話が足りない」「住宅用地が減る」などとして計画に反対姿勢を示す。
 復旧復興に必要な用地の取得は市が75%、県が58%と未完の状態が続く。工事区間内にある鉄道の安全性を求めるJR東日本、東海との協議にも時間を要し、完工時期が当初計画から2年遅れの2026年度末に変更された。今後の状況にもよるが、市は工期再延長の可能性を否定していない。避難住民からは「先行きが見通せず、帰りたいけど帰れない」との声が上がる。
 避難住民が帰還をためらったり、諦めたりする現状は数字に表れている。一時132世帯227人を数えた避難住民のうち、6月20日までに旧警戒区域内に帰還したのは22世帯47人で、帰還希望の32世帯63人が避難を継続中だ。一方、全体の半数以上の78世帯117人が市外を含む伊豆山以外での生活再建の道を選んだ。宅地復旧費を9割補助する市の制度については、想定対象の40件に対し申請・復旧完了がわずか6件となる。