キャンプで最も目立った新人



今季、日本生命から巨人にドラフト5位で入団した又木

 巨人の先発陣を見ると、戸郷翔征、山崎伊織、菅野智之と先発3本柱を筆頭に右投手の活躍が目立つ。左腕はフォスター・グリフィンが6月15日の日本ハム戦(エスコン)で9回途中まで無失点の好投で、今季2勝目をマークした。ほかの投手も頭角を現してほしい。一本立ちが期待されるのが井上温大、横川凱、ドラフト5位の又木鉄平だ。

 春季キャンプで最も目立っていたルーキーが又木だった。左腕の出どころが見えにくいフォームからキレの良い直球、縦に大きく落ちるスライダー、チェンジアップのコンビネーションで打者を翻弄する。内角を果敢に突く強心臓も魅力だった。先発調整のため開幕を二軍で迎え、一軍にプロ初昇格したのが6月1日。同日の西武戦(ベルーナ)で先発に抜擢され、6回2安打無失点と試合をきっちりつくった。反省点は6四球と制球が安定しなかったこと。毎回のように走者を背負いピンチの連続だっただけに、評価が難しい投球内容だった。

 翌2日に登録抹消され、ファームで調整に。一軍で得られた経験を糧に成長していく。8日のイースタン・日本ハム戦(ジャイアンツ)で先発し、7回7安打1失点。制球がまとまり無四球と地に足がついていた。13日に一軍再昇格。ファームで対戦した他球団の首脳陣は「先発ローテに入ってくる力を持った投手」と評する。

「走者を背負っても投球の精度が落ちない。落ち着いたマウンドさばきは新人離れしています。直球も145キロ前後だが、手元でピュッと伸びてくるので球速以上に速く感じる。イメージは杉内俊哉(現巨人一軍投手コーチ)ですかね。脱力したフォームから投げる投球フォームも重なります」

強い輝きを放った左腕



ダイエー、ソフトバンク、巨人で通算142勝を挙げた杉内

 松坂世代を代表する左腕・杉内は「負けない投手」だった。常勝軍団だったダイエーで先発の柱としてチームを引っ張り、プロ4年目の2005年は18勝4敗、防御率2.11で最多勝、最優秀防御率、パ・リーグの左腕投手で史上初の沢村賞を受賞。MVPにも選出された。最多奪三振のタイトルを3度獲得し、12年に巨人にFA移籍すると3年連続2ケタ勝利をマークし、リーグ3連覇に大きく貢献した。通算316試合142勝77敗、2156奪三振、防御率2.95。15年に右股関節手術を受け、その後は左肩痛など度重なる故障に悩まされて一軍復帰はならなかったが、通算勝率.648と球界を代表する左腕として強い輝きを放った。

 杉内の投球は奥深かった。直球の球速は140キロ前後と決して速くないが、打者のバットが空を切る。大小2つの変化で投げ分けるスライダーとチェンジアップを駆使し、奪三振を量産した。通算投球回数2091回1/3で2156奪三振。奪三振率9.28は投球回数1000回以上の投手では千賀滉大(現メッツ)、野茂英雄(元近鉄ほか)に次ぐ日本プロ野球史上3位の数字だ。

フォームの魔法を駆使して


 中日の立浪和義監督は現役時代に杉内と対戦した際の衝撃を18年9月に週刊ベースボールのコラムで語っている。

「私が彼と初めて対戦したのは、2006年の交流戦でした。杉内選手は、前年、ソフトバンクで18勝4敗、防御率2.11と活躍。最多勝、最優秀防御率を獲得し、すでにパ・リーグを代表する左腕となっていました。私も映像では見ていましたが、打席で“ナマ”は、そのときが初めて。最初の感想は『速い!』です。体は決して大きくないのですが、150キロは出ていそうな速球に差し込まれてしまいました。ただ、何球目か忘れましたが、ふと球速表示を見たら『137キロ』でした。『なんだ、これは!』と驚いた記憶があります。

「要はフォームの魔法です。バッターのタイミングの取り方は、それぞれ違いますが、たいていはフォームの上半身、特に腕の動きに合わせていると思います。私も最初は、彼の上半身の動きを見ながら、普通のサウスポーに対峙するときと同じようなタイミングの取り方をしていたのですが、なかなかボールが来ない。我慢し切れず足を着いてしまい、『来た』と思ったときには、もう手元にあるという感覚でした。これは杉内選手の踏み出す足の着地の遅さから来ています。普通の投手が着くと思ったところから、さらに最後、ひと粘りをしてきます。しかも、非常に理想的なフォームで、体がまったく開かずにゆったりと来て、最後の最後に鋭く腕を振る。どうしても体が前に出てしまい、ボールと距離が取れずに差し込まれてしまうのです。私は当時、サウスポーの速球派は得意にしていましたが、あのときの杉内選手には確か2打数無安打で終わったと思います」

 又木が巨人に入団し、コーチとなった杉内から指導を受けられるのは運命かもしれない。リリーバーで結果を残し、先発で存在価値を証明したい。

写真=BBM