10月10日に来日! 今年殿堂入りしたレイ・アレンのNBAキャリアをプレーバック! Part.2

10月10日に来日! 今年殿堂入りしたレイ・アレンのNBAキャリアをプレーバック! Part.2

 10月10日、今年9月にバスケットボール殿堂入りを果たしたレジェンド、レイ・アレン(元シアトル・スーパーソニックスほか)が来日する。

 そこで今回は、2度のNBA優勝に10度のオールスター選出、NBA史上最多となる2,973本の3ポイントシュートを沈めてきたアレンのNBAキャリアを、2回に分けて振り返ってみたい。
※チーム名は略称

■アレンが誇る唯一無二の記録
レギュラーシーズン通算3ポイント成功数:2,973本(歴代1位)
プレーオフ通算3ポイント成功数:385本(歴代1位)

■アメリカ代表における功績
ユニバーシアード大会優勝:1回(1995年/福岡)
FIBAアメリカ選手権優勝:1回(2003年/プエルト・リコ)
オリンピック優勝:1回(2000年/シドニー)

■セルティックス時代(2007−08から11−12シーズン)

◆ビッグ3結成でリーグを席巻、勝率9割を超えるチームへと進化

 ボストン・セルティックスは2005−06シーズン、06−07シーズンと2年連続でプレーオフ出場を逃しており、直近のシーズンにいたってはイースタン・カンファレンス最下位の24勝58敗と低迷。エースのポール・ピアース(元セルティックスほか)こそ健在だったものの、サポーティングキャストになかなか恵まれず、勝ち星を挙げることができなかった。

 そこでセルティックスのダニー・エインジGMは、ロースターに大きなメスを入れた。オールスターの常連でリーグ屈指のシューターであるアレンを加えただけでなく、03−04シーズンにMVPを獲得したリーグ最上級のビッグマン、KGことケビン・ガーネット(元ミネソタ・ティンバーウルブズほか)を5選手とドラフト指名権2つという超大型トレードで獲得。ピアース、アレン、ガーネットというオールスター常連による“ビッグ3”の形成に成功した。

 ロースターの大部分が新加入選手となった07−08シーズン。セルティックスはトレーニングキャンプを終え、レギュラーシーズンを迎えるにあたって、プレシーズンゲームの期間にグローバルゲームとしてイタリア(ローマ)とイギリス(ロンドン)へ行ったことが、チームケミストリーを構築するうえで大きく役立った。チームメートたちが外国で過ごしたことで、互いを知ることができたからだ。

 そしてレギュラーシーズンが幕を開けると、セルティックスは開幕8連勝と絶好のスタートを切り、最初の22試合で20勝をマーク。9割を超えるという驚異的な勝率でリーグトップを独走。

 アレンはピアース、ガーネットに次ぐ3番手のスコアラーとして正確無比なショットを決めてチームに貢献。先発ポイントガードには2年目のラジョン・ロンド(現ロサンゼルス・レイカーズ)、センターには5年目のケンドリック・パーキンス(現未所属)が入り、ベンチ陣も含めてチームは見事なケミストリーを奏でていた。開幕2戦目、トロント・ラプターズとの試合では、延長残り2.6秒にアレンがピアースのパスを受け、決勝弾となる3ポイントを沈める殊勲の活躍を見せた。

 ガーネットを中心とする強固なディフェンスと、アンセルフィッシュなオフェンスを絶妙なバランスで練り上げたセルティックス。その後も白星を量産する中、2月中旬に3連敗を喫すると、チームは経験豊富なベテランをロースターに加えた。ソリッドなディフェンスを武器とするビッグマン、PJ・ブラウン(元マイアミ・ヒートほか)と、94、95年にヒューストン・ロケッツで2連覇を経験したベテランポイントガードで、アレンのバックス時代のチームメートでもあるサム・キャセール(元バックスほか)を獲得したことで、ロースターはより強固に。

 再び勢いを取り戻したセルティックスは、レギュラーシーズン最後の12試合で11勝を挙げ、リーグトップの66勝16敗でプレーオフへ。

◆プレーオフでは不振に陥るも、見事復調して優勝に貢献

 アトランタ・ホークスとの1回戦では互いにホームで勝利し、3勝3敗に追い込まれるも、第7戦でリーグトップの成績を挙げたチームの意地を見せつけ、34点差で圧勝。クリーブランド・キャバリアーズとのイースト準決勝も、最終戦までもつれる大混戦。レブロン・ジェームズ(現レイカーズ)の驚異的な活躍もあり、第7戦でもキャブスはセルティックスを土俵際まで追い詰めたのだが、要所で加点したセルティックスが制し、イースト決勝の地へ。

 このシリーズ、アレンはキャブスの強固なディフェンスに遭い、スランプに陥っていた。シリーズ平均37.4分に出場したものの、フィールドゴール成功率32.8パーセント、3ポイント成功率16.7パーセントと低迷し、平均得点もわずか9.3得点に終わっていた。

 復調を期して臨んだデトロイト・ピストンズとのイースト決勝。アレンはゲームハイの得点こそ記録しなかったものの、シリーズ平均17.5得点、フィールドゴール成功率44.2パーセント、3ポイント成功率39.3パーセントと見事に復活。3番手のスコアラーとして申し分ない活躍を見せ、シリーズ突破(4勝2敗)に貢献。自身初となるNBAファイナルへと駒を進めた。

 レイカーズとのファイナルでは、2勝1敗で迎えたアウェーの第4戦で大逆転勝利を収めたセルティックスが、ホームで行われた第6戦に39点差の完勝。シリーズ戦績を4勝2敗とし、通算17度目の優勝を達成した。この試合でアレンは9投中7本の3ポインターを決める大爆発で、ガーネットと並ぶゲームハイの26得点を奪い、勝利に大きく貢献。

 ファイナルMVPにはピアース(平均21.8得点6.3アシスト)が選ばれたものの、アレンはチーム2位の平均20.3得点と貴重な得点源の1人として躍動。フィールドゴール成功率50.7パーセント、3ポイント成功率52.4パーセントと、高確率にショットを決め続けた。

 キャリア12年目で初優勝を成し遂げたアレン。実はこのファイナル期間中、3人の子どもを持つアレンには重大なことが起きていた。第5戦当日、次男のウォーカー・アレンが糖尿病を患っていることが発覚し、アレンは試合終了後にロサンゼルスの病院へ直行。ウォーカーに付き添い、生命の危機を乗り越えると、ほぼ不眠不休の状態でボストンへと急行し、26得点を挙げていたのである。

 優勝後の会見で、アレンは加入1年目でチャンピオンとなったセルティックスについてこう語っていた。

 「(ビッグ3結成となり)3ポインターで得点でき、ドライブからショットを決め切ることができ、フリースローも決めて、すばらしいパスもできる。そういうチームになったことで、優勝を期待されていた。でもシーズンをとおしてこのチームをより良いチームへと成長させたのは、ルーズボールにダイブしたりブロックショットを決めたり、ボックスアウトを着実にこなしてリバウンドをもぎ取り、走ってきたこと。そう、チーム一丸となって取り組んできたことなんだ」。

 アレンがそう振り返ったように、セルティックスにはスター選手が多い中、当たり前のことを当たり前に、チームメート全員が遂行していた。その基盤に上質なチームケミストリーが構築されており、バスケットボールの魅力が詰まっていたことで、見る者を幾度も感動させたのである。

◆連覇への夢はKG不在が響き、マジックの前に散る

 ディフェンディング・チャンピオンとして迎えた08−09シーズン。自信を増したセルティックスは開幕29試合で27勝2敗と快調に飛ばしていく。11月中旬から19連勝、そして09年1月中旬から12連勝を挙げ、41勝9敗とすると、その後も貯金を増やしていき、イースト2位の62勝20敗でレギュラーシーズンを終える。

 2連覇に期待がかかるも、プレーオフを前にセルティックスに暗雲が立ち込める。ディフェンスの要であり、精神的支柱のガーネットが膝の負傷により、プレーオフの全休が決定。セルティックスはガーネット抜きでポストシーズンを戦うこととなった。

 1回戦の相手はシカゴ・ブルズ。初戦は延長にもつれ込む中、新人デリック・ローズ(現ウルブズ)が36得点11アシストの鮮烈デビューを飾り、第7シードのブルズが先勝。アレンはフィールドゴール12投中成功わずか1本に終わり、4得点と不発。

 しかしベテランはこのまま終わったりしない。翌第2戦では第3クォーターに16得点を集中させるなど、6本の長距離砲を含むチームトップの30得点をマークし、シリーズを引き分けに戻す。

 だがブルズも粘りを見せ、互いに星を取り合う展開に。アウェーで行われた第6戦で、3度の延長にもつれる長期戦となる中、アレンは第2クォーターだけで20得点、7点ビハインドで迎えた第4クォーターに11得点を奪う活躍を見せてセルティックスをけん引。この試合、9本の3ポインターを沈めたアレンは、プレーオフ自己ベストとなる51得点を挙げた。しかしブルズが何とか勝ち切り、シリーズは最終戦へ。

 ホームの大声援が後押しする中、第7戦でセルティックスは10点差でブルズを下し、イースト準決勝に進出。アレンはチームトップの23得点を挙げる活躍を見せた。

 ところが、マジックとのイースト準決勝でアレンはスランプに陥ってしまう。ピアースやロンド、グレン・デイビス(元セルティックスほか)らが踏ん張り、シリーズを第7戦まで引き伸ばすもマジックを下すことができずに敗退。アレンはシリーズ平均13.1得点、フィールドゴール成功率34.4パーセント、3ポイント成功率19.0パーセントに終わり、連覇を目指したプレーオフは早期敗退という悔しい結果に。

◆絶妙なチームバスケットで2年ぶりにファイナルの舞台へ返り咲く

 心機一転で臨んだ09−10シーズン。オールスター前までは32勝14敗でリーグ6位(イースト4位)と好成績を残していたセルティックスだったが、オールスター以降に18勝14敗と失速。50勝32敗となり、イースト4位でプレーオフへ。

 プレーオフ開幕前、セルティックスの下馬評は決して高くなかった。ところが、1回戦でマイアミ・ヒートを4勝1敗で難なく下し、優勝候補キャブスとのイースト準決勝も4勝2敗で突破するなど、ベテランぞろいのセルティックスはプレーオフに照準を合わせてきたかのように息を吹き返す。

 マジックとのイースト決勝では一気に3連勝でシリーズ突破に王手。最終的に4勝2敗で勝ち抜き、2年ぶりとなるNBAファイナルへと駒を進めていく。

 ファイナルの相手は、2年前のリベンジを期すレイカーズ。このシリーズは、最終戦までもつれるNBA史上有数の名勝負となった。

 初戦はコービー・ブライアント(元レイカーズ)とパウ・ガソル(現サンアントニオ・スパーズ)の両輪の活躍もあり、13点差で敗れたものの、第2戦でアレンとロンドが大爆発。アレンは前半だけでNBAファイナル新記録となる7本の3ポインターを決め、試合全体でも8本を決めてリーグ新記録(当時)を樹立し、ゲームハイの32得点。ロンドは19得点12リバウンド10アシストのトリプルダブルを達成し、シリーズを1勝1敗のタイへ引き戻す。

 ところが、ホームに戻った第3戦でアレンはデレック・フィッシャー(元レイカーズほか)らを中心とするレイカーズのディフェンスの前に沈黙。フィールドゴール13本(うち3ポイント8本)をすべてミスしてしまい、フリースローのみの2得点に終わってしまう。この2試合でアレンが味わった“天国と地獄”は、バスケットボールというスポーツの恐ろしさを表していた。

 その後のアレンは、2ケタ得点を残すも、20得点以上を挙げるには至らず。シリーズはセルティックスが3勝2敗と王手を懸けるも、パーキンスが第6戦で負傷離脱してしまったこともあり、レイカーズが逆王手。第7戦では最後の力を振り絞って奮闘するも、最後にガス欠してしまい、レイカーズの前に散った。

 翌10−11シーズン。アレンはプレーオフで平均18.9得点、3ポイント成功数(平均3.6本)、成功率(57.1パーセント)と好調だったものの、チームはイースト準決勝でレブロン率いるヒートに1勝4敗、11−12シーズンはイースト決勝まで勝ち進んだものの、ヒート相手に3勝4敗と敗れてしまい、ファイナルの舞台に舞い戻ることはできず。

 ディフェンスに定評のあるエイブリー・ブラッドリー(現ロサンゼルス・クリッパーズ)の台頭により、アレンは11−12シーズン終盤にベンチスタートへ降格。プレーオフではブラッドリーの負傷離脱によって途中から先発に復帰したものの、アレンはすでにピアース、ガーネット、ロンドに続く4番手になっていた。

■ヒート時代(2012−13から13−14シーズン)

◆スモールボールに不可欠なシューターとしてヒートへ加入

 すると12年夏、アレンはボストンのファンへ感謝を告げるメッセージを寄稿。そして新天地には前シーズンのプレーオフで敗れたヒートを選択。

 ヒートはレブロン、ドウェイン・ウェイド、クリス・ボッシュ(現未所属)を中心にスモールボールを有効活用して12年のファイナルでオクラホマシティ・サンダーを4勝1敗で下して優勝したチーム。アレンはベンチからレブロンやウェイドにスペースを与えるシューターとして期待されていた。

 12−13シーズン。アレンは79試合すべてにベンチスタートし、平均25.8分の出場でチーム4位の10.9得点、3ポイント成功率41.9パーセントと破壊力抜群のシューターとしてプレー。ヒートは絶好調レブロンの活躍もあり、13年2月から3月下旬まで怒とうの27連勝。レギュラーシーズン最後を8連勝で締めくくると、リーグトップの66勝16敗でポストシーズンに突入。

◆ファイナル第6戦終盤で沈めた、歴史に残る同点弾

 ミルウォーキー・バックスとの1回戦、アレンはレブロン(平均24.5得点)に次ぐチーム2位の平均16.5得点を挙げる活躍でスウィープ突破に貢献。ヒートはシカゴ・ブルズとのイースト準決勝を4勝1敗で切り抜け、連覇に向けて順調な勝ち上がりを見せた。

 そんなヒートにインディアナ・ペイサーズが大健闘を見せる。イースト決勝へと勝ち進んだペイサーズは、ポール・ジョージ(現サンダー)とロイ・ヒバート(現未所属)を中心にタフでフィジカルな戦いを挑んできた。延長にもつれ込んだ初戦をレブロンのブザービーター(ドライブ)でヒートが制すと、互いに勝ち星を奪い合う。しかし最終戦でヒートが圧倒し、2連覇を懸けてスパーズとのファイナルへ。

 シリーズ初戦。トニー・パーカー(現シャーロット・ホーネッツ)に決勝ジャンパーを決められて敗れたヒートは、翌第2戦でリベンジを果たすも、互いに試合を制していき、第5戦を終えてスパーズが3勝2敗と王手をかける。

 ヒートのホームで行われた第6戦は、07年以来の優勝を狙うスパーズが好発進。ティム・ダンカン(元スパーズ)が前半だけで25得点を挙げるなどリードを広げ、第3クォーター終了時には10点差を付ける。負けられないヒートは、レブロンが第4クォーターだけで16得点の集中砲火をスパーズに浴びせるも、残り28.2秒で5点ビハインド。

 ロッカールームではスパーズの通算5度目の優勝の準備が進む中、レブロンが長距離砲を沈めて2点差に。すると今度はカワイ・レナード(現トロント・ラプターズ)のフリースロー1本が決まり、残り19.4秒でスパーズが3点差へと広げた。

 2連覇へ望みをつなぎたいヒートは、レブロンが再び長距離砲を放つもミス。絶体絶命の窮地に陥る中、ボッシュが値千金のオフェンシブ・リバウンドを奪う。するとバックステップで右コーナーへ移動したアレンに最後の希望を託す―――。

 パーカーの手の上から放たれたアレンのショットは綺麗な弧を描き、世界中のバスケットボールファンが固唾をのんで見守る中、見事リングに吸い込まれ、残り5.2秒でヒートが同点に追いつくと、延長戦を制して逆王手をかけた。

 第7戦は37得点12リバウンドを挙げたレブロンの大活躍もあり、ヒートが接戦を制して2連覇達成。この試合でアレンは無得点に終わったものの、その存在感は格別。コートにいるだけでスペースを作り出すことができる貴重な存在感は見事で、自身2度目の優勝を手にした。

 このシリーズ。アレンはプレータイムこそ平均27.5分で10.6得点だったものの、フィールドゴール成功率(54.3パーセント)、3ポイント成功率(54.5パーセント)ともに高確率を誇り、ヒートの連覇に大きく貢献。

 事実上、最後となった13−14シーズン。アレンはヒートのシックスマンとして2年連続のファイナル進出に貢献するも、スパーズが前年のリベンジを果たすべく立ちはだかり、1勝4敗で敗退。その後フリーエージェント(FA)となるもNBAチームと契約するまでには至らず、16年11月2日(同1日)に現役引退を表明した。

◆殿堂入りを果たしたNBA史上屈指の3ポイントシューター

 バスケットボール殿堂入りの資格が引退後4年に早まったことで、14年を最後にコートから遠ざかっていたアレンは、今年の殿堂入りメンバーに名を連ねた。2度の優勝、10度のオールスター選出に加え、レギュラーシーズン(2,973本)とプレーオフ(385本)における通算3ポイント成功数で歴代トップにランクしているアレンは、殿堂入りにふさわしい実績を残してきたことは間違いない。

 今年3月には自伝『From the Outside〜My Journey through Life and the Game I Love〜』を発売し、現役時代のエピソードを赤裸々に書いたアレン。ロンドらセルティックス時代のチームメートたちとの関係など、アレンの視点で書かれた自伝は大きな注目を集めていた。中にはアレンに対して批判の目を向ける人々もいるが、本の中でアレンがありのままをさらけ出したことで、『ニューヨークタイムズ』のベストセラーにもなったのだろう。

 殿堂入りを果たしたレジェンド、アレンは10月10日に来日し、「NBAパブリックビューイング レイ・アレン トークイベント」でWIRED HOTEL ASAKUSA(東京都台東区)に登場。そしてCLUB CITTA(神奈川県川崎市)で行われる3×3のイベント「NBA Fan Meeting With Ray Allen Presented by RakutenTV」に姿を現すこととなっている。

 アレンが日本でどんなパフォーマンスを見せてくれるのか。とても楽しみである。


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