【東京・麹町発】私は山が好きで、ほぼ毎週末、登りに行く。今年の正月明けも、西武鉄道の特急に乗って秩父方面へ向かおうとしていた。ふと、西武池袋本店のウインドウに目が止まった。「百貨店が売っていたのは希望でした」と。思わず、15分くらい立ち止まってしまった。コロナ禍においてモノが動かずどん底が続くなか、このメッセージ広告を作った人はどんな思いで、誰に向けて? ポジティブに何かを変えていく姿勢や幸せ感って? そのようなことを尋ねてみたい。百貨店という業態の存在についても。私が撮ったウインドウ広告の写真を持って、当事者のそごう・西武広告・宣伝担当の後貴芳美さんを訪ねた。
(本紙主幹 奥田喜久男)

●売り上げにフォーカスしたら
ストーリーができた


 今年の年頭に出された「百貨店が売っていたのは希望でした」という企業メッセージは反響を呼びましたか。どんなメンバーで作ったのでしょうか? 経営層も一緒に考えるのですか?
 はい、社長と社長室、広告・宣伝担当の上司たちと私の5人。そして外部のクリエイターたちです。
 あの言葉って、すごく力が強いんですよね。言葉を作るにはその思いをクリエイターに伝えるわけでしょうが、源は5人の方々の頭脳から出てきているのですか?
 もとはそうですが、ディスカッションしながら気づいていったのです。毎年出している年頭の広告について、何をモチーフにするか、何のファクターでいくかなど、昨年の夏くらいから考えあぐねていました。売り場から「マスクをしているというのに口紅が売れている」「お祭りに行けないので浴衣を着て家で花火をするとおっしゃっていた」「おでかけできないけど、気分を上げるためにハイヒールは買いたい」などと、お客様のさまざまな声が届いたのです。
 時を同じくして、あるコラボ企画でご一緒していた美容家さんも「マスクだからこそ、いつもつけられない口紅の色に挑戦できる」と。
 少ない外出機会を、前向きな気分で過ごしたいというマインドがお客様にあるのだと気づきました。コロナ禍で不要不急と言われてきた百貨店の買い物を肯定してくれたのだと、とても勇気づけられたのです。そして売上実績にフォーカスしてみたらストーリーが見えてきたんです。
 これまでのセゾンのカルチャーにならって、クリエイティブな広告を頑張って作ろう、という意見もあったのですが、今年は素直にお客様に感謝を伝えたいと考えました。とにかく、皆、心が弱っていたので……。
 それをレシートに表そうとしたのですね。人をモチーフにするのではなくモノに。これこれ、このコピーです。
 広告は、緊急事態宣言による休業明けの2020年6〜11月の販売実績を基に作成した1枚のレシートを掲出したシンプルなものです。コロナ禍で、お客様や従業員がさまざまな不安を強いられましたが、「お客様の希望のリストを叶えるお手伝いをしていきたい」という思いを表しました。
 あの5品はなぜ選んだのですか?
 あえて、「コロナ禍で不要不急と思われるもの」といったものにフォーカスしました。売れているものも売れていないものもそれぞれたくさんありましたが……。表記した数字は、とある1店舗の実数だったり、全店だったりで、弊社のホームページにエビデンスを掲載しました。
 ドラマだね。
 そう、ドラマを感じるものにしました。いつもはひと言で伝える広告が多く、刺激的で攻めのモノも多かったのですが、今回は攻めるモノがなくて、ストレートでした。過去に広告を作ってきたメンバーにしてみたら、すごく心配でした。

●装飾で驚きを与え、「コレ欲しかった」という
潜在意識を引き出す


 後さんはずっと広告・宣伝担当ではないのですか?
 実は販売促進に関わる部署には所属していたのですが、装飾ディスプレイのほうが長く、広告は2019年からです。
 広告と装飾はどう違うのですか?
 広告はお金をかけてもそれが呼び水になる可能性があるのですが、装飾って、直接的にはお客様を呼ぶことはできないのです。来ていただいて初めてウインドウを観ていただけます。
 だからといって、そこにお金をかけることがムダと思われたくないので、仕事には熱が入ってましたね。
 装飾というと、私が西武池袋本店で見たレシートのディスプレイみたいのね。
 そうです。たとえば、レシートを巨大に見せてインパクトをだそうとか、レジスターからジージーと出ているほうが違和感があるのではないか、とか。お客様が足を止めてくださるには、どうしたらいいのかを考えるのです。お客様が百貨店に足を運ぶ意味って何だろうということも考え続けています。
 いつ頃から考えました? 
 2011年に装飾を始めた頃でしょうか。今、インターネットで何でも買えますし、私も買います。でも、顕在的に欲しいと思っているモノは見つかるのですが、潜在的に欲しいと思っていたものは、探すことがどうしてもできない。 
 そのようなとき、百貨店のディスプレイというのは「こういうモノ欲しかった」と、お客様の潜在意識を引き出すことができるのではないか、と感じていました。なので、いい意味で「人を裏切る」つもりで装飾をやってきました。お客様に「え!? なにこれ」って驚きを与えたり、ショックを与えて、それを通じてモノが欲しいと思っていただけることは大事なことではないか、と。最終的には買っていただかないといけませんから。
 そのほかにはどのような仕事をされたのですか。
 一つのプロモーションをやる際に、「このアーティストさんを呼ぼう」となったらその方にコンセプトを説明して、どういうものを作っていくのかをディレクションしていくなどです。
 広告担当になる前の2016年に、ニューヨークのおしゃれなマダムたちを写真家アリ・セス・コーエンが撮影した写真集「アドバンスト・スタイル」の写真展に取り組みました。60アッパーのおばあちゃんの「自分らしく生きてる様」を写真におさめた展示だったのですが、10〜20代の方たちがSNSで盛り上がって、お客様としても一番来てくださいました。これは、後に企業の方向性を示すメッセージ「わたしは、私。」につながることになりました。
 それまで弊社ではそういった企業メッセージを作ってきませんでした。「“年齢に囚われず、自分らしく生きていこう”というメッセージは、当社が発信すべきフィロソフィーではないか」ということになり、その催事をきっかけに全社でスタートしました。
 「私らしく生きる」にフォーカスして広告を打ち、17年は『年齢を脱ぐ、冒険を着る。』、18年は『正解はない。「私」があるだけ。』、19年の『女の時代なんていらない?』、20年の『さ、ひっくり返そう。』、そして今年はレシートによって「わたしは、私。」を表現していったのです。
 装飾の仕事時代に、広告担当になる伏線を張っていたのですね。(つづく)

●バイブルにしている西武の
『クリエイティブワーク』


 売っているのは「モノ」だけではなく「文化(カルチャー)」なんだという作品集。後さんにとって、もっとも大きな幹の部分の考え方を、いつでも振り返らせてくれる大切なもの。
心に響く人生の匠たち
 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。
 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。
奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長)
※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。