日々問題なく働いている人でも、いつ労働トラブルに巻き込まれるかわかりません。パワハラ、労災、長時間労働などのトラブルは今もなくなっていないのが現状です。

トラブル発生に備え、過去の裁判例を通じて、実際に発生した労働トラブルとその結末を知っていれば、いざという時の助けになるかもしれません。

今回紹介するケースは、生物学的性別が男性で性自認は女性というタクシー乗務員が、会社から「そのメイクで仕事したらあかんで」などと言われたうえ乗務を禁止させられたなどとして賃金支払いの仮処分を求めて提訴したという事例です。林孝匡弁護士の解説をお届けします。

●事案の概要

こんにちは。
弁護士の林孝匡です。
裁判例をザックリ解説します。

タクシー会社で起きた事件です。
ある乗務員が化粧をして運転していました。
その乗務員は生物学的性別は男性ですが性自認は女性でした(以下「Xさん」)。

そのXさんに対して上司が以下の言葉を浴びせました。

「そのメイクで仕事したらあかんで」
「不快な思いさすからや、苦情来んねや」
「会社として乗せられへん」
「当たり前の話や」

そしてある日を境に会社はXさんの乗務を拒否。
Xさんは賃金支払いの仮処分を求めて提訴しました。

〜 結果 〜

Xさんの勝訴です(淀川交通(仮処分)事件:大阪地裁令和2年7月20日決定)。
以下、詳しく解説します。

●当事者

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▼ 会社
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タクシー会社

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▼ Xさん
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・タクシーの乗務員(当時60歳前後)
・性同一障害の診断を受けていた
 生物学的性別:男性 性自認:女性
 ホルモン療法を受けていた
・日々の生活
 女性として過ごしていた
 口紅を塗り、眉を描き、女性的な衣類を着用
・タクシー乗務員として働いているとき
 化粧をしていた

●どんな事件か

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▼ 客からの苦情
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ある日の午前4時ころ、1本の苦情が入りました。
「Xさんから男性器を舐められそうになった」という苦情です。

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▼ 上司との面談
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上司3名はXさんと面談を行いました。
面談の中で上司は客から入った以下の苦情を伝えました。

・「あなたから男性器を舐められそうになった」
・乗車拒否をされた
・運賃について過大な金額を説明された

Xさんは「これは真実ではない」と否定しました。
しかし上司たちは聞く耳を持ちません。
以下のような言葉をXさんに投げかけました。

・「このような内容の苦情を客から受けることはなく【火のないところに煙は立たない】ので苦情の内容は真実であると考えることもできる」
・「いずれにしろ、苦情の内容が真実であるかどうかは問題ではなく、あなたが上記内容の苦情を受けることが問題である」
・以前にも客から「(Xさんが)自分の膨らんだ胸を触らせてきた」という苦情を受けた
・今回の苦情で性的な趣旨の苦情が2度目だ

そして「あなたをタクシーに乗車させるわけにはいかないと考えている」と伝えました。

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▼ 上司たちが投げかけた言葉
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面談で上司たちはXさんの化粧についても指摘しました。
投げかけた言葉は以下のとおり(決定文より一部抜粋)。

「身だしなみで化粧はないやん。男性やねんから」
「濃いなあ。思いっきり濃い。分かるぞ」
「はっきり言うて、普段業務してるときもっと濃いで。眉毛バッチリ描いてんねんから」
「あのときから今くらべたら、かなり、やっぱり違和感があるって」
「違和感ある人、お客さんが乗ってきてや、不快な思いさすからや、苦情来んねや」
「会社として乗せられへん。当たり前の話や」
「そのメイクで仕事したらあかんで。誤解招くて」

Xさんはその日以降、会社で業務していません。

●仮処分を申し立てる

Xさんは「とりあえず早く給与を支払ってほしい」という仮処分の申し立てをしました。
仮処分とはザックリいうと【とりあえずスピーディーに】判断する手続きのことです。
Xさんの主張はザックリ以下のとおり。

・働くことを拒否された。
・拒否に正当な理由はない(会社に帰責事由がある(民法536条2項))
・なので早く給与を支払ってほしい

●裁判所の判断

画像タイトル

Xさんの勝訴です。
裁判所は「拒否に正当な理由はナイね。給料の一部である月額18万円を払い続けなさい。1審判決までず〜っと」と命じました。
以下、順に解説します。

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▼ 働くことを拒否したのか?
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裁判所は「就労を拒否したことは明らか」と認定。
会社は「Xさんに反省を促し、今後の行動についてXさんの自主性に委ねる趣旨のものであり就労を拒否していない」と主張したんですが、裁判所は「面談時の発言などと整合しない」として一蹴。

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▼ 就労拒否に【正当な理由】はあるのか?
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裁判所は「就労拒否に正当な理由ナシ(=会社に帰責事由あり)」と判断しました。

■ 苦情について
裁判所は「真実かどうかを調査した痕跡がない」などとして、苦情を理由に就労を拒否することに正当な理由はないと判断。

■ Xさんの化粧について
会社の主張は「Xさんが極めて濃い化粧をして乗務しており、乗客に違和感や不快感を与えている。なので就労を拒否する正当な理由がある」というもの。以下の身だしなみ規定に基づく主張です。

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【身だしなみ規定】
身だしなみについては、常に清潔に保つことを基本とし、接客業の従業員として旅客その他の人に不快感や違和感を与えるものとしないこと
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裁判所は「身だしなみ規定の目的自体はOK。だけど身だしなみの無制限の制約はダメ。業務上の必要性に基づく合理的な限度でのみOK」との判断基準を定立。
そして本件について以下の通り判断しました。

・女性乗務員の化粧はOKである以上、男性であることを理由に異なる扱いするにはその必要性や合理性を慎重に検討する必要がある
・上司たちは化粧の濃さを問題にしていたのではなく【化粧していること自体】を問題視している
・一般論としては、サービス業において、客に不快感を与えないとの観点から、男性だけに対して業務中に化粧を禁止すること自体が直ちに必要性や合理性が否定されるものではない。
・しかし、Xさんは医師から【性同一性障害】との診断を受けていた
・外見を可能な限り女性に近づけ女性として社会生活を送ることは自然かつ当然の欲求
・Xさんが自分の個性や価値観を過度に押し通そうとしたと評価すべきものではない
・現在、乗客の多くが性同一性障害を抱える者に対して不寛容であるとは限らないため、会社が性の多様性を尊重しようとする姿勢をとった場合に、乗客から苦情が多く寄せられ、乗客が減少し、経済的損失などの不利益を被るとも限らない

以上の理由などを述べて裁判所は「化粧しての乗務を禁止することに必要性も合理性も認められない。そうである以上、就労拒否についても必要性も合理性も認められない。よって就労拒否に正当な理由ナシ」と結論づけました。

そして月額18万円の限度で支払いを命じました。
Xさんは月額33万円を請求してましたが、保全の必要性は18万円のみと判断されました(ザックリ言えば、新型コロナウイルスが蔓延してた時期なので割増賃金や歩合給は支払われる見込み低いよねってことです)。

●ほかの裁判例

最近の裁判例を1つご紹介します。
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▼ 国・人事院(経産省職員)事件
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上司の発言が違法と認定された事件です。
上司は従業員(生物学的性別は男性、性自認は女性)に対して「なかなか手術を受けないんだったら、服装を男のものに戻したらどうか」と言いました。従業員は性同一性障害と診断されていました。

<裁判所の判断(東京地裁令和元年12月12日判決)>
性別によって異なる様式の衣服を着用するという社会的文化が長年にわたり続いている我が国の実情に照らしても、この性別に即した衣服を着用するということ自体が、性自認に即した社会生活を送る上で基本的な事柄であり、性自認と密接不可分なものであることは明らかであり、......個人がその自認する性別に即した社会生活を送ることができることの法的利益としての重要性に鑑みれば、......室長の当該発言は、原告との関係で法的に許容される限度を超えたものというべきである。

●さいごに

ここ数年で風潮がガラっと変わりましたね。ありのままの個が尊重されるという当たり前の話なのですが、時代がやっと個に追いついてきた感じです。「男性だから」「女性だから」という発言はアウトになる可能性が極めて高くなっています。

私も気をつけます。皆様も気をつけましょうね。

今回は以上です。
これからも働く人に向けて知恵をお届けします。
またお会いしましょう!

【取材協力弁護士】
林 孝匡(はやし・たかまさ)弁護士
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。働く方に知恵をお届けしています。HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1
事務所名:PLeX法律事務所
事務所URL:https://hayashi-jurist.jp