日々問題なく働いている人でも、いつ労働トラブルに巻き込まれるかわかりません。パワハラ、労災、長時間労働などのトラブルは今もなくなっていないのが現状です。

トラブル発生に備え、過去の裁判例を通じて、実際に発生した労働トラブルとその結末を知っていれば、いざという時の助けになるかもしれません。

今回紹介するケースは、残業続きの激務でうつ病になった会社員が欠勤したのち「休職命令→解雇」となったため解雇無効を争い提訴したという事例です。林孝匡弁護士の解説をお届けします。

●事案の概要

こんにちは。
弁護士の林孝匡です。
裁判例をザックリ解説します。

・社員がうつ病になり解雇される
・12年にもわたる裁判
・会社に5000万円の損害賠償を命じる

概要は以下のとおり。
約80時間の残業が5カ月も続きました...。
なのに上司は部下の仕事を減らさず、体調にも配慮せず。

うつ病になった女性社員が休職します(以下「Xさん」)。
約1年8カ月、休職していたところ、会社が解雇を通告。
Xさんが提訴。

裁判所は最終的に「解雇は無効」「約5000万円を払え」と判断しました(東芝(うつ病・解雇)事件:最高裁平成26年3月24日判決)。

以下、本質を損なわない程度に事案や裁判所の判断を簡略化してお届けします。

●事件の当事者

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▼ 会社
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東芝

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▼ Xさん
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・解雇当時おそらく36歳(入社10年目)
・仕事にマジメに取り組む努力家
・住んでいたのは会社の寮(チャリで15分)
(以上は裁判所が認定)

●12年の戦い

この裁判で両者は約12年の戦いを繰り広げました。
経緯は以下のとおり。

解雇(平成16年9月)
訴状を提出(平成16年12月)
地裁判決(平成20年4月)
高裁判決(平成23年2月)
最高裁判決(平成26年3月)
差戻し高裁判決(平成28年8月)

うつ病を抱えての12年にもわたる裁判でした。
裁判ってマジでストレスがかかるんですよ(補足ですが、Xさんは労災を申請して却下されてたんですがそれも提訴して勝訴しています。完全勝利です)

●解雇になるまでのザックリ経緯

まずは経緯をザックリ示します。

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新プロジェクトが発足(平成12年10月)

Xさんがリーダーに選ばれる

※ 約6カ月の激務 ※

うつ病を発症(平成13年4月)

がんばって仕事を続けるが、

休みがちとなり

欠勤することに(平成13年10月〜)

カウンセリングを受けたりするが、治らず

休職命令(平成15年1月)

解雇(平成16年9月)
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以下、具体的に見ていきます。

●新プロジェクトが発足

Xさんがチームのリーダーに選ばれたプロジェクトの内容は、液晶ディスプレイの製造ラインを作るというもの。

会社の目標は1年5カ月程度で成功させることでした。
裁判所は「かなりハードなスケジュール」と認定。

ここからXさんの激務が始まります。激務っぷりは以下のとおり。
・夜11時を過ぎて帰宅することが増える
・寮までの社バスがなくなり、歩いて帰宅することも
・休日出勤することが多くなる

●体調が悪化していく..

プロジェクトが発足して約2カ月後。Xさんの体調に頭痛や不眠など異変が生じます。
さらに仕事をしているときに車酔いしたような症状に襲われていました。

Xさんは社内の「こころのほっとステーション」にTEL。
さらに民間の神経科クリニックを受診しました。
「神経症」と診断されています。

その後、プロジェクトの工程でいろいろなトラブルが発生します。
すると会議が開かれ、上司がXさんに対してスケジュールの前倒しを指示。

Xさんは物理的に不可能であると答えましたが・・・
会議にいた人は誰も助けてくれず。
追い詰められていきますよね。

Xさんはその後、午前1時をすぎて退社することも多くなりました。
体調もさらに悪化したようです。
会社の〈時間外超過健康診断〉を受けて頭痛、不眠を訴えました。
この時の労働時間は、月に258時間...。

民間のクリニックを受診したところ【うつ病】と診断されました。
その後、1週間休むことになりました。

復帰後も再び体調が悪化し〈時間外超過健康診断〉を受診。
この時の労働時間は、月に254時間...。
会社はXさんの体調にまったく配慮してませんよね。

●産業医がスルー

Xさんは会社の産業医に助けを求めます。
「課長からもう大丈夫でしょと言われました、仕事を増やされました」と訴えました。

しかし産業医は「まあ。1週間休んだということで」とスルーしました。
当然これまでのXさんの労働時間や体調悪化の経緯を把握したはずなのにテキトーすぎやしませんか?

裁判所も「積極的な対策はしなかった」と認定しています。
安全配慮義務違反を基礎づける事実になってると思います。

●上司が鬼

Xさんは上司に対して「体調がすぐれないので異種製品の開発業務はできません」と訴えたのですが、上司は「了解できません」と一蹴。

さらにXさんは「精神科に通っています。仕事ができないので、新しいリーダーを決めてもらえませんか」と訴えました。
しかし上司は自宅で休養しているXさんに電話をかけて会議に出席するよう要請しました。

Xさんはこの頃、会社にいくと訳もわからず涙が止まらないような状況でした。
それからは有給休暇をとったり出勤したりの繰り返しが続き、その後欠勤するようになりました

●休職命令 → 解雇

欠勤期間が就業規則に定める期間を超えたため、会社はXさんに対して休職命令を出しました。
そして休職してから約1年8カ月後、会社はXさんを解雇しました。

●裁判所の判断

画像タイトル

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▼ 解雇は無効
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裁判所は「解雇は無効だ」と判断。
理由をザックリいうと「激務が原因でうつ病になってるじゃん(業務上の疾病)」というもの。

【仕事が原因で(業務上の疾病)】療養している間は解雇はできないんです。
↓ 解雇しても無効になります。

<労働基準法19条1項> 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。

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▼ Xさんの体調に配慮してねーよな
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さらに裁判所は「会社はXさんの心身の健康が害されないように注意すべきなのに配慮もしてないよね(安全配慮義務違反)」と判断。

会社は従業員の体調に配慮せねばならんのです。

<労働契約法5条>  使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

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▼ 休業損害
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裁判所は約12年分で約5000万円の休業損害を認めました(+慰謝料などもろもろ)。

■ 高裁では低めの賠償
詳細は割愛しますが高裁からの大幅アップでした。
高裁では以下のとおり何だかんだ差し引かれていたんです。
・2割の過失相殺をする
 Xさんは会社に病状を伝えてなかったよね
 もともとちょっと心が弱いよね
・Xさんは傷病手当金をもらってるから差し引くね
・将来もらえる分の労災の給付も差し引くね

■ 最高裁で大幅アップ
しかし最高裁は以下のとおり判断。
・過失相殺しちゃダメ
・傷病手当金を差し引いちゃダメ
・労災給付まだもらってないじゃん。差し引いちゃダメ
結果、損害をまるまる認めてくれて約5000万円となりました。

●さいごに

激務で心身に不調を感じている方は受診して診断書を書いてもらいましょう。

さらに働いた時間も記録しておきましょう。
タイムカードを押した後も働かされている方は独自に記録しておきましょう。
裁判官は「うつ病になる直近6カ月の激務ぶりはどんなものやろか?」を見ます。

今回は以上です。
これからも働く人に向けて知恵をお届けします。

【取材協力弁護士】
林 孝匡(はやし・たかまさ)弁護士
【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。コンテンツ作成が専門の弁護士です。働く方に知恵をお届けしています。HP:https://hayashi-jurist.jp Twitter:https://twitter.com/hayashitakamas1
事務所名:PLeX法律事務所
事務所URL:https://hayashi-jurist.jp