東京シューレ性暴力事件の裁判は、2016年に提訴され、2019年に和解に至った。一般的に、裁判で「和解した」と聞けば、解決済みという印象を持つ人は少なくないだろう。

また、今年1月に開催中止となった「不登校特例校(*1) 全国の集い」の事務局が置かれていたのは、性暴力事件が起きたNPO法人東京シューレではなく、学校法人東京シューレ学園(以下、学園)だった。

イベントが中止になったことを受けて、Twitterで「何か筋違いなクレームがついたため、急遽中止になったようだ。理解に苦しむ」と投稿した元文部科学事務次官の前川喜平氏も、この2点を理由として挙げている。

文科省も、抗議をおこなった被害者や市民団体に対して、当初は同様の見解だったものの、今回は「特段の事情がある」として中止の判断をしたと述べていたことが取材でわかっている。(ライター・黒部麻子)

「二次加害だ」批判された文科省イベント中止、有名フリースクールで起きた「性暴力事件」とは?

公認心理師・臨床心理士の信田さよ子氏はどう向き合った? 有名フリースクールの性暴力めぐる「二次加害」を考える

●東京シューレからの回答

事件の被害者であり、元原告のAさんは、これまで一貫して「シューレ性暴力事件はまだ解決していない」と訴えてきた。

和解してもなお、解決していないとは、どういうことだろうか。また、事件の責任はNPO法人東京シューレのみにあり、別法人である学園には関係のないことなのだろうか。

こうした疑問から、NPO法人東京シューレ、学校法人東京シューレ学園、そして被害者Aさんの三者に取材の依頼をおこなった。

NPO法人東京シューレからは「本件に関して対外的に発信するには、事前に被害者の方との意思疎通が必要であり、また、そもそも私たちはまだ取材を受けられるような段階にない。被害者とのプロセスを大事にして、優先順位が何にあるかということを踏みまちがえないよう対応していくことが求められている。社会に発信する前に、クリアしなければいけない課題がある」といった理由で、取材には応じられないとの電話があった。

学園からは、文書で回答があった。性暴力事件に対する受け止めを尋ねたところ「子どもの居場所であってはならないことであると考えております。ただし事件そのものは別法人のNPO法人東京シューレにおいて起き、提訴された事件であり、『学校法人東京シューレ学園』としてご説明する立場にはございません」との回答だった。

なお、NPO法人東京シューレの2021年度活動報告書には、このような記載がある。

「調査検証・再発防止の取組は、NPO・学園両法人の共通課題として位置付け合同で取り組んできましたが、学園より元原告被害当事者OGの方との対応と再発防止の合同での取組から離脱する方針が示されました。しかし、東京シューレとして共同して対応すべき事案であると調整中です」

「離脱」した理由と今後の方針を学園に尋ねたところ、「『離脱』という言葉はNPO法人東京シューレの活動報告書の言葉であり、当法人の表現ではございません。その点ご理解ください」と回答。今後、学園としてどのように対応していく方針であるかは示されなかった。

東京シューレ創業者で、事件の責任を問われて、2021年6月にNPO法人の理事長を退任した奥地圭子氏は、現在も東京シューレ学園で学園長を続けている。

奥地氏が「私は、NPO法人東京シューレの人権委員会報告書を認めていないし、NPO法人東京シューレを退いた経緯も納得できないが、責任は感じている」と発言していたことがウェブ上で確認できる。

奥地氏がそのように考えている理由を学園に尋ねたところ、「該当の発言は、多様な学び保障法を実現する会の解散に当たってのものであり、取材のお願いにある趣旨である今回の不登校特例校全国の集いに関係あるものではなく、お答えの必要を感じません」とのことだった。

では、Aさんは、どのように感じているのだろうか。長時間にわたるインタビューに丁寧に応じてくれた。

●「和解のときに恐れたことが今起きている」

――Aさんは2016年に、加害行為をおこなった元スタッフとNPO法人東京シューレを相手取り、損害賠償を求めて提訴し、2019年に裁判は和解しました。そのときの気持ちなどをお聞かせください。

Aさん:和解するかどうかを弁護団と相談しているときに、私は「和解してしまったら、世間には解決したと勘違いされるかもしれないので、とても怖いです」と伝えました。弁護士のみなさんからは「それはない!」と言われたのですが、今、和解当時に私が恐れていたことがそのまま現実に起きているなと実感しています。

弁護士さんたちは、私を安心させるために善意でそう言ってくださった。判決を争うという選択をしてほしくないという思いで、和解をすすめてくださったのだと思います。

私が和解を選んだ理由は2つあります。

1つは、再発防止をどうしてもシューレに求めたかったということです。判決だと、お金だけでの解決になってしまうので、再発防止は求められません。

もう1つは、判決を争うとなると、相手側の代理人から尋問を受けること。尋問では、本当に被害者の心をえぐるような、ひどい質問をされるのだそうです。弁護士さんが「これ以上、あなたに傷ついてほしくない」と泣いて説得してくださいました。ワンストップセンターから紹介された弁護士さんたちなので、きっと尋問で傷ついた人たちをたくさん見てこられたのだと思います。

悩みましたが、その気持ちをありがたく受け止めたい、傷つきを避けたほうがいいのかなと思うようになりました。

和解の時に損害賠償金を受け取りましたが、そのことで今も苦しんでいます。そのお金は、もともとシューレに集まった寄付や会費です。不登校の子どもたちのために、保護者やシューレのOB・OG、応援したいという気持ちの人たちが出したお金です。そのお金を性暴力事件の解決に使うというのがとてもつらい。

「お金をもらったんだから」と言われることもありますが、もらうことにも使うことにも、すごく罪悪感があるんです。相手が悪だと思えるような団体だったらそんなふうに思わないのですが、そもそも人の善意で集まってきたお金です。「よきこと」をする団体の中で起きたことだからこそ、こんなに罪悪感が消えないのかもしれません。

本当は、お金はもらえなくていいから、被害に遭わない人生がほしかった。私の被害ってこの金額だったんだと思うこともつらいです。

●「置き去りにされた」検証活動

――事件の検証と再発防止について伺います。シューレによると、2019年7月の和解後、和解条項に基づいて「子ども等の人権の保護に関する委員会(以下、人権委員会)」(委員長:大谷恭子弁護士)が設置されました。その後、人権委員会に「検証部会」が設置され、これがAさんの要望を受けて、外部委員のみで構成される「第三者調査検証委員会」に改組されたとのことです。Aさんが「事件はまだ解決していない」というのは、これらの作業が終わっていないということでしょうか。

Aさん:はい。再発防止のために人権委員会を設置することと、そのメンバーは、少なくとも1人はシューレと利害関係のない外部の有識者にしてほしいと求めました。しかし、人権委員会として選ばれたメンバーを見ると、外部と言えるのは本当に大谷弁護士1人だけで、ほかは奥地圭子理事長(当時)をはじめ、シューレ運営側のメンバーでした。そのため、メンバーがあまりにも偏っているということで、代理人弁護士から意見書を送ってもらいました。

また、この人権委員会は性暴力事件をきっかけに原告側から求めて発足したにもかかわらず、2019年11月にシューレのホームページで、「私たち東京シューレは、設立以来、不登校を中心に、子どもの人権尊重、権利擁護・拡大に取り組んできました。現在、直面している課題、よりフリースクール等が社会的に必要とされる時代の到来、子どもの権利条約採択30周年・日本批准25周年を契機として」人権委員会を設置したと、あたかもPRのように発表されてしまいました(現在は削除)。

その後、2020年2月に、朝日新聞が東京シューレの名前を出して報道したことで、やっと事件が知られるようになり、「シューレはきちんと検証すべき」との声があがりはじめました。

大谷弁護士から検証の説明が届いたのが同年10月でしたが、同時期に、シューレが検証のためのアンケートをログの元参加者と保護者たちに送っていることを、OGの1人がTwitterに書いてくれたことで知りました(私にはアンケートは届いていませんでした)。アンケートの画像をTwitterにアップしてくれていたので、それを参考にアンケートの内容や方法についての問題点を指摘し、被害者の推薦委員を含めた外部委員のみによる第三者委員会をつくるよう、要望書を送ったのが2020年10月末でした。

その後、第三者委員会を立ち上げるとのお返事をいただき、代理人弁護士を介してやりとりが続いたのですが、推薦委員を決める過程でも、後遺症のある被害者にとっては負担の大きいスピードが求められ、ストレスが募る中、11月末には、第三者委員会のメンバーや検証内容等がシューレのホームページで公開されてしまいました。そのメンバーの中にも、第三者とは言えないのではないかと思われる人も含まれていましたし、何より、一方的な進め方にとても傷つきました。

私は、学校であればどのような検証をするかと考え、いじめ防止対策推進法のガイドライン(「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」)を参考にしていました。そこには「調査結果を公表する場合、公表の仕方及び公表内容を被害児童生徒・保護者と確認すること」と書かれています。このように、本来であれば、事前に被害者の了承を得てから公表するというのが、あるべき対応なのではないでしょうか。

こういう中で、じわじわと置き去りにされているという気持ちが強くなっていき、年末までに私がバーンアウトしてしまいました。それまで投薬治療はほとんどなく、あっても漢方程度だったのですが、それ以降、うつの薬が必要となり、文字の読み書きが困難になってしまい、問題点をまとめるのに時間がほしいとお願いしました。

それでも私はずっと、検証委員や検証プロセスの問題点を書いては消し、書いては消す作業を体調をみながら続けていました。前述のガイドライン等を参考にしながら、どのような検証が必要かを必死に考えていました。

――その後、検証はどのように進んだのでしょうか?

Aさん:11月末の発表はこちらからお願いして、翌日には非公開にしていただきました。

2021年3月に大谷弁護士から、第三者員会で検証をしていることの告知をするが、委員の名は記載しないという連絡がありました。私は、委員の選出プロセスに問題があれば選び直していただきたかったので、ほっとしました。また時間をもらえたなと思って、先ほどお話しした問題点の続きを書いたり、推薦委員との面談のお話もあったので、いつお声がかかるかなと思って待っていました。

ところが6月24日に「人権委員会検証報告書(最終)」と題したものが、代理人のもとに突然送られてきました。

同日、シューレのホームページで、この報告書の抜粋と奥地氏の辞任が発表されました。私のもとに報告書が転送されたのは翌日だったので、ホームページで初めて知ったのですが、あまりに突然のことで、私の気持ちをまったく無視して進められているということに心底傷つきました。私が、シューレの対応のことを不誠実であり、検証という名の二次加害だと言うのは、こういうことなんです。

あとから聞くと、大谷弁護士の人権委員としての任期が6月までだったそうです。急いでいたのはそれもあったのかということもショックでした。

私はもちろん、検証のやり直しを求めていますし、シューレからも新たな検証をやるので、その構成委員について相談したいと言われています。しかしその前に、同じことを繰り返さないよう、なぜこんなことをしたのか、何が問題だったのかということを洗い出してほしいです。

●複数の被害者、事件当時の被害通報

――先ほど言われたように、2021年6月、シューレのホームページで奥地理事長の辞任と、検証報告書の概要が公表されました(現在は削除)。そこには、被害者はAさん1人ではないこと、また加害者も複数いる可能性があると書かれていました。

Aさん:そうです。2001年にログハウス事業が終了したときに、私は加害者Xから電話で、私とは別のある子が性被害を親に相談したことで発覚し、そのためにログが閉じられたと聞いていました。私は当時、Xの愚痴を聞かされる「慰め役」のような立場に置かれていました。

でも、それとは別の経緯が検証報告書には書かれています。いずれにしても、私以外の被害者も複数います。私が知っている数より少ないですが、それでも検証で、複数の被害者が特定されたことが報告されています。別のスタッフからの性暴力被害の話も複数聞いています。

――奥地氏は、事件当時に被害通報を受けていたにもかかわらず、ログハウス事業を突然休止して被害を曖昧にしたこと、提訴されたことも理事会に知らせず、理事長と事務局長とで進めてしまったことも、上記ホームページに書かれていました。「和解に口外禁止を盛り込んだこと、これが原告の要請ではなくシューレの強い要請によるものであること、この事実でさえ、奥地理事長は秘匿し、かつこれを人権委員会が指摘してもなおかつ認めようとしなかった」とも書かれています。

Aさん:奥地氏はこれまで、シューレの責任者でありながら、そういうことを繰り返してきました。また、人権委員会からの指摘や、NPOを退いた経緯も納得していないという発言をしています。

周りはそういうことをわかっているはずなのに、学園では学園長の立場に就いています。子どもの人権をないがしろにしたことの重大性を今も理解できているとは言い難い人を、どういう理由で学園長に置き続けているのでしょうか。

奥地氏以外にも、事件当時、東京シューレで私たちを見守る責任があった人たちが、学園の校長や教員をしています。最低限、その人たちは見解を表明する責任があるのではないでしょうか。

●繰り返された「グルーミング」

――その意味では、この検証報告では大事な指摘もなされているんですね。

Aさん:そうですね。ただ私はログハウス事業が始まった1998年からではなく、シューレが始まった1985年当時からさかのぼって検証してほしいということをずっと求めてきました。というのも、加害者も、かつて不登校を経験し、シューレで育ってシューレのスタッフになった人だからです。

シューレ育ちのスタッフというのは、スタッフの中でも「エリート」のような存在だなと、当時私は感じていました。発言権が強い感じがあり、「Xに嫌われたらここにはいられないね」という話を、当時子ども同士で話していました。

私は当時Xから、しょっちゅうブラジャーのホックを外されていたのですが、Xが育ったシューレではそれが挨拶代わりだったという話を自慢話として聞かされていました。

別の加害者は、ご飯のときに、「いただきマウス」のようなノリで「いただき・・・」と女性器の俗称を言ってふざけていたこともありました。男の子への言葉による性暴力もたくさんありました。マッサージと称して、身体接触に抵抗がないよう距離を詰めていたこともありました。

こういうことを大人であるスタッフが子どもに対して日常的にするということは、これは遊びなんだ、被害者意識を持つようなことじゃないんだという「教育」的な意味をもっていたと思うんです。こういうグルーミング(*2)の中で、被害を被害として認識できないまま、被害が長期化し、レイプをされても警戒心がなかった自分が悪いんだと、ずっと思いこまされていました。

シューレは、子どもと大人は対等だという理念を大事にしてきました。それは、子どもの意思を尊重するという意味ではとても大切なことですが、一方で、本当は大人が責任をもつべきところまで子どもに任せてしまう、自分の身を守ることも自己責任であるかのような空気につながっていたと思います。

加害者たちも、子どものころにシューレの大人たちからそうした行為は性暴力であると適切に指導してもらっていたら、あるいは大人になってもそのような問題行動を続ける人物にシューレのスタッフをさせていなかったら、私たちの被害は防げた可能性があります。

だから、シューレの発足時から、きちんとさかのぼって検証して、大人と子どもには圧倒的な力の差があるということをシューレに理解してもらうことが、再発防止の第一歩だと思っています。

●「シューレOG」と名乗る意味

――被害の後遺症である「複雑性PTSD」に苦しみながら、和解後も粘り強く、問題点を指摘し、検証と再発防止を求めてきたんですね。仕事よりもずっと大変な作業だなと感じました。

Aさん:それは、私はシューレからお金(損害賠償金)をもらっている唯一の被害者だからです。救済されていないシューレの性被害者は他にもたくさんいて、今でも死にたいくらい、その記憶がつらいと苦しんでいる話を聞きました。シューレが自ら他の被害者たちの話も聞くよう動いてくれればいいのですが、今、シューレが建前でも耳を傾けざるをえない立場にいるのは、法的に被害が認められた私しかいません。

サバイバーズギルトと言いますが、私だけ「救済」されてしまったことへの罪悪感が消えません。他の被害者たちのところにまで、きちんとシューレの検証のための聞き取りが届くようにするために、私は苦しくても声を上げつづけなければいけないと思っています。

フリースクール業界の中では、東京シューレの出身者というのは、ちょっと一目置かれるポジションだと感じています。私は今あえて「シューレOG」と名乗っていますが、そう名乗ることで、シューレ出身者にもいろいろな人がいることを知ってもらいたい。シューレにとって好ましい成長を遂げた人だけでなく、学校で苦しみ、居場所を求めたフリースクールでもさらに苦しめられた人間もいるんです。

フリースクールは、資格がなくても誰でも立ち上げることができます。そこで何か問題が起きて内部で解決できない時に、裁判以外にも被害者を救済できる仕組みが必要だと思います。東京シューレのように歴史の長い、大きな組織の中でもこういう事件が起きたということは、全国でも起こりうるということを知ってほしいと思います。

最後に、本件と直接の関係はないかもしれませんが、性暴力被害の話をすると、トランスジェンダーの人たちへの差別に結びついてしまいがちな現状を悲しく思っています。私はトランスジェンダーの人と共にありたいと思っています。また、先ほど朝日新聞の名前を出しましたが、それにも実は葛藤があります。朝日新聞社の元記者で、取材中に性被害に遭い、退社後もずっと苦しんでいる人がいることを知っているからです。私は、あらゆる人の尊厳が守られる社会になることを望んでいます。

(*1)不登校特例校……不登校の児童生徒に配慮した特別な教育課程を組める学校のこと。小学校から高校まで、全国で公立・私立あわせて24校が指定されている。 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1387004.htm

(*2)グルーミング……わいせつな行為をする目的を隠して若年者に接近し、懐柔する行為。「手なずけ」とも訳される。5月30日、衆議院本会議で可決され、参議院に送られた刑法改正案では「性的グルーミング罪」の新設も盛り込まれた。