さいたま市のJR大宮駅前に「繋」と書かれた白いのれんをかけた居酒屋がある。きらびやかなネオン街の中では目立ちにくい佇まいだが、外からは分からない熱い誕生の物語があった。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

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●「人は稼げてなんぼ」

「稼げる職場を作りたい。人って稼げてなんぼ。そこが大前提です」

そう話すのは、大阪出身でこの居酒屋を経営する株式会社「りすたーと」の藤田茂治社長(51)。

藤田さんはもともと、別の会社で精神科に特化した訪問看護事業に取り組んできた。

自らも看護師や公認心理師の資格を持ち、精神疾患を抱えた人たちの社会復帰を支援してきた。

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●「精神障害者には生きる価値を見出せる場がない」

そんな中、日頃サポートする精神障害者の病状が落ち着いても、その後に自分で生活できるようになるための働く場が十分にないと感じるようになったという。

「どれだけ幻聴やオーバードーズがおさまっても、その先どうするのか?生きる道がないと人は頑張れません。精神障害者には生きる価値を見出せる場が用意されていないんです」

そこで自ら就労の機会を作り出そうと、2023年10月に「おでん割烹 藤井」をオープンさせた。業種にこだわりはなかったが、素人でも参入しやすい飲食店で勝負することにした。

今年4月、店名を「能登のお出汁と旬魚 〜繋 KEI 〜」に変更。年始の地震で大きな被害を受けた能登半島で作られただしを使ったおでんや石川県七尾市から仕入れた牡蠣、大分産の魚料理を提供するほか、こだわりの日本酒も取りそろえている。

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●ODや自殺未遂を繰り返していたスタッフ

接客スタッフとして働く加藤陽子さん(41)は、パニック障害やうつ病などを抱える精神障害の当事者だ。

子どもの頃から親との関係が悪く希死念慮があったという。20代半ばから薬を飲むようになり、オーバードーズや自殺未遂を繰り返した。

「もう死んじゃうんじゃないかな」。そう思っていた時、強制的に入院させられる措置入院に。良い医師に出会ったことで体調が落ち着き、以前から藤田さんの訪問看護支援を受けていた縁で声をかけられ、店のオープンからスタッフとして働き始めたという。

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●「今は働けて充実」 2号店も視野に

加藤さんは現在、社会復帰に向けた訓練として1日6時間、週3〜4日のペースで働き、注文取りや料理の提供、会計までをこなす。

加藤さんは「措置入院になる前は薬ばかり飲んでいて働くことを考えられず、どうやったら死ねるんだろうかと思っていました。でも今は働けて充実しています。薬のことを考える時間がなく、毎日外に出られるようになりました」と笑顔を見せる。

これに対して藤田さんは「彼女が『私の人生なんてどうでもいい』とわめいていた姿を知っているので、仕事でお金を稼ぐことが人をこんなにも変えるのかと驚いています」と話す。

障害があっても夢や希望を感じて働ける場所を広げるため、藤田さんは2号店のオープンに向けて動き出している。